ドイツのデュッセルドルフで4月下旬、取材先に向かうため地下鉄駅に着いた私は嫌な予感に襲われた。妙に人気がない。電光掲示板を見て思わず「あ!」と叫んだ。不慣れなドイツ語でもわかった「ストライキ中」の文字。その日、市内の地下鉄は終日、運行を休止していた。
ドイツで交通関係のストライキに遭うのは2度目だ。以前は航空会社のルフトハンザのストに遭い、危うく帰国日程が狂うところだった。しかし、地下鉄が止まっては取材日程に支障が出る。ホテルに戻ってフロントで愚痴をこぼすと、「気の毒ですがたまにあること」とあまり意に介していない様子だった。
ドイツは伝統的に産業別労働組合の力が強い国だ。地域ごとに経営者団体と賃金交渉に臨み、必要とあれば日本では珍しくなったストライキも果敢に打つ。ただ、盤石な労組があるかというと、近年は事情が変わってきている。
ドイツを代表する労働組合系シンクタンクWSIのラインハルト・ビスピンクは「最近は職種によっては会社ごとの交渉が増えている」と話す。ビスピンクによると、90年代以降、組合員数が急激に減り、各産別労組の組織率は20%に満たない。
ドイツではこれまで、他の欧州諸国のように賃金は労使で話し合って決めてきた。しかし、労働環境が複雑化した結果、労使のみで対応しきれずに政府が介入する事態に至った。「最低賃金」の法制化だ。昨年、初めて法律で時給8.5ユーロの最低賃金が規定された。
こうした現状に、ケルン経済研究所のハーゲン・レシュは「ドイツは労使で自由な労働環境を築いてきたプライドがあるが、近い将来、行政がより介入してくる可能性はある」と話す。
ただ、政府と労使の立場は対立するばかりではない。労使と政府が一体となって次世代を見据えた施策づくりにも乗り出しているのだ。
ロボットや人工知能、IoTなどを活用して生産性を上げる「第4次産業革命(インダストリー4.0)」に取り組むドイツ。産業構造の変化に対応しようとする労働政策が「レイバー4.0」だ。時間や場所に縛られない働き方が増える可能性などを考え、必要な法律の見直しなどを急ぐ。
旧ルール工業地帯で多くの企業を抱えるノルトライン=ヴェストファーレン州の労働省幹部のアンヤ・ウェーバーは「ロボットと人間で仕事を分け合う時代に、実際に何が起きるかはまだ誰も分からないが、仕事の仕方はより柔軟性を増すのは間違いない。公平で良い労働環境が担保されるよう早くから議論することが大事だ」と話す。