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日本を「休める国」に変えるには バカンス大国フランスに学ぶ「休暇のマネジメント」

LifeStyle 更新日: 公開日:
フランスではバカンスを過ごす観光地が整備されてきた=髙崎さん提供

髙崎さんがフランス人の「バカンス」を本格的に取材しようと思ったのは、フランスの家族政策についての著書(「フランスはどう少子化を克服したか」新潮新書)を書いたことがきっかけでした。

出生支援と男女平等のために家族政策 を作り、日本より高い出生率を保つフランス。そのなかでもいわゆる「男の産休」など、親に育児時間を与える制度が普及している、休暇が権利として定着していることや「休みを取らせるのは上司の責任」となっていることなど、「すべて働き方と直結している」と感じたといいます。そこで、様々な職種の人に「バカンスの取り方」を取材し、「休暇のマネジメント 28連休を実現するための仕組みと働き方」(KADOKAWA)を出版しました。

始まりは1936年 法律制定の思想に「人間の尊厳」

フランスで周りの人々がバカンスを心待ちにして、バカンスのために働いている様子を20年以上眺めてきた髙崎さん。しかし、実際仕事をどうやりくりしているのか具体的には分からず、「そんなに休んで仕事はどう回すのか?」「経済は悪くならないのか?」と疑問でした。フリーランスで働く髙崎さん自身は連続1週間以上の長期で仕事を休んだことはありませんでした。

歴史をひもとくと、フランスでバカンス制度の基盤が生まれたのは1936年のこと。全国の労働者に「年に1回、原則連続取得で15日間取得させる」という年次有給休暇が法律で保障されました。

髙崎さんは「この法律のポイントは、15日間のまとまった休みだという部分」と話します。日本は祝日などの日数は多いけれど、「細切れの休みではだめなんです。1日、2日だと『休養』や『家事』ですぐに終わってしまう。自分がやりたいことができる、まとまった自由な時間が人間には必要だというのが、法律の理念なんです」。

当時、長期休暇の運用支援を推進した閣僚の言葉に「余暇を通して、生きる喜びと、人としての尊厳の意味を見いだしてほしい」という言葉があり、驚いたそうです。

「いやまさか、そんな深いビジョンが出発点だったとは。でも取材を進めるうちに、この理念が最初にあったことが、その後バカンスが定着していくのに、非常に重要なんだと思うようになりました」

「休暇のマネジメント」(KADOKAWA)

制度つくるだけでなく運用も国が主導

それまでフランスでは富裕層や一部の人たちの特権だったバカンス。長期休暇は人間の尊厳のために必要だという崇高な理念をもとに、庶民、労働者たちも楽しめるようにと定めた法律だったが、庶民が喜んで飛びついたわけではありませんでした。この法律に当の庶民から反発があったのです。

「休暇明けには仕事がなくなっているのでは?」という疑心。そして「遊びに使う金がない」という金銭面に加え、「働かずに余暇にいそしむのは金持ちの道楽」という心理的な側面。そしてそもそも経験したことのない長期休暇の価値や意味が分からなかったため、と髙崎さんは解説します。

当時の庶民は、休みの日には親戚の農作業や商売を手伝うなど、別の仕事をする人も多く、「フランス人も日本人のように休み下手だったんです」。

そこで政府は国が主導して長期休暇の運用支援に乗り出します。バカンスを担当する省をつくり、実際に利用できるよう様々な施策をとった。遠距離の電車賃の大幅値引き、観光施設や美術館、劇場などの文化施設への後援や割引支援などです。

第二次大戦中も規模は小さくてもバカンスは続けられ、1970年代末には、あらゆる職種を含むフランスに住む人の6割が「年に1回は自宅以外でバカンスを過ごす」ようになりました。

でも、そんなに一度に多くの人が休んで、経済に悪影響はないのでしょうか。

髙崎さんによると、何千万人もの人が、毎年決まった時期に、およそ月収の一カ月を消費するバカンスは、むしろ一つの国家的な経済モデルになってきたといいます。

バカンスの典型的な過ごし方は、日常から離れ、自宅から遠く離れた場所に滞在するというもの。人が動くとお金も動く。観光業はもちろん、1950~1960年代には高速道路の整備やリゾートの再開発などのインフラ整備が行われました。1980年代の不況期には、雇用対策のワークシェアという効能も加わります。

バカンスの定番。海で過ごす=髙崎さん提供

また生産性を高めるという意味でも、長期休暇はその効用が認められています。経営者たちに話を聞いても、「長く働いてもらうには長期休暇が必要」「しっかり休ませ、効率良く働いてもらう」という意識が根付いていました。

「私も一昨年、初めて長期休暇を取りましたが、パソコンを2週間封印して自然のなかで過ごした後、仕事に復帰するときのあの新鮮な気持ち」と生産性への効能を髙崎さんも実感したといいます。

「休暇を取らせる」のは雇用主や管理職の職務

バカンスは個人にとってはもちろん、経済にとってもプラスになるものだという認識が定着しているフランス。では実際の職場で、仕事はどのように回しているのでしょう。

「業種、仕事の性格からやはりバカンスを取りやすいものと、取りにくい業種はあります」と髙崎さん。

最も取りやすいのは事務職系のサラリーマン。「業界全体で同じ時期に休暇を取ってしまう」「公務員の場合は最低限のサービスだけは残すために、時期を譲り合う」など、それぞれの仕事の特性に合わせバカンスを取っています。

「大抵どんな仕事であっても、1年から1年半ぐらい前には休暇を織り込んだ計画ができています。日本の職場で言うなら、年末進行を一年通してやっているような状況です」

逆に取りにくいのは、医療や福祉など命を扱う仕事、また農業や畜産など自然現象に左右される仕事です。それでもそれぞれ工夫して休みを取っているといいます。

医師や看護師の場合は、スタッフとの分業を徹底して雑務を減らすことや、担当医ではなく当番制にして「誰がやっても同じゴールの治療」をする、職務と責任の範囲を明確にするなど。休暇を取るという目標を掲げることが、そのまま個人に負担が偏重しない働き方につながっているのです。

もちろん、誰もが望みどおりの時期と期間、休んでいるわけではありません。
いつだれが休むのか、最終的に決めるのは管理職の権限です。その代わり、サラリーマンなら日曜祝日を除く年間30日を完全消化させるのが雇う側の義務。「給与を払うのと同じぐらい重要」だと話した経営者もいるといいます。

それぞれの職場での工夫が実際に機能するためには、長期休暇を「雇用主と管理職が取らせる」仕組みになっていることもポイントだと髙崎さん。

「休めるなら休もう、ではなくなにがなんでも休む。そして従業員に休ませるという責務を担うのは雇い主や管理職だという制度になっているし、『休めないのは契約不履行』との意識が社会全体に浸透しているんです」

日本でも可能?国の制度と雇用側の意識改革

髙崎さんがフランスの事例を取材しながら常に頭にあったのは「日本でも日本のやり方で、長期休暇を普及できるのではないか」ということでした。

労働基準法の規定では、日本でも就業者の9割は年次休暇が10〜20日取れることになっています。しかし実際の取得率は5、6割で「制度はあるのに運用が追いついていない状況。運用するためには、フランスのような実態に合わせた仕組みが必要」と髙崎さん。

そしてその前提として「何が何でも休むという決意と、休みを業務として遂行する思考」が必要だと強調します。

髙崎順子さん=朴琴順撮影

日本の場合、年次休暇を取る・取らないの判断は労働者個人の意志次第になっていて、「休みたいけど休めない状況でも、管理者の責任が問われないことは、フランスと大きく違います」。

日本でも2019年の働き方改革で、年休が10日以上付与される労働者に対して、年5日間の年休を取得させることが義務になりました。「長期休暇の文化をつくっていくには、絶好のチャンスだと思います」。

また、気の強い人ばかりが休みが取れるなど、現実の職場では不公平な状況もありがちですが「そこは職場の意識改革と工夫で解消できるはず」と、日本での先進例を探したところ、1、2週間の休暇を実現している企業や工場などがありました。

髙崎さんがそのような日本の例を取材して感じたのは、経営者たちの考えに、フランスのバカンスに対する考えと共通する部分が多かったということでした。

「休むことは権利だし、自分の権利を守るためにも他人の権利も尊重するという『お互い様』という精神ですね。そして持続可能な働き方のためには、きちんと休みが必要だということを管理職、雇用側が理解している」

そして、実際に休暇を取ってみると、全員、長期休暇の良さが分かったと語りました。「実際に休んでみないと『人間の尊厳にとって必要』という実感が沸かないのかも知れません」。

鍵になるのは休みの必要性の理解と、取得を可能にする仕組み。それらが広がることで、日本にも「休む文化」が定着する未来が来るのでしょうか。