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メール禁止はつらいよ バカンス大国フランスの「つながらない権利」険しい道のり

LifeStyle 更新日: 公開日:
弁護士のフロリアーヌ・クルシェ(左)と、彼氏でITベンチャー社長のケビン・シャンタクレール=パリ、玉川透撮影

燦々(さんさん)と太陽が輝くビーチで、仕事のことはすっぱり忘れてのんびりと過ごす ――。そんな優雅なバカンスを楽しむイメージが強いフランスの人々。ところが、それも過去の話になりつつあるようだ。インターネットやスマートフォンなどテクノロジーの急激な進歩で、「仕事」と「プライベート」の境界線があやふやになり、事実上の労働時間が延びていると言われている。もはや、二つのつながりを断ち切ることは無理なのか。「法」で解決しようともがく「バカンス大国」フランスを歩いた。

仕事とプライベートはきっちり分ける。それが、フランス人弁護士フロリアーヌ・クルシェ(28)のポリシー……のはずだった。

パリ中心部の瀟洒(しょうしゃ)な外資系ローファームで働き始めて2年。仕事は楽しいけれど、海外のクライアントも多く、目の回る忙しさ。帰宅が午後10時を過ぎることも珍しくない。それでも、終業後は仕事のメールや電話はシャットアウト。上司もそんな彼女に気を使って、よほどのことがなければ夜間や休日はメールは送ってこない。

今夏、ITベンチャー社長の彼氏、ケビン・シャンタクレール(29)とインドネシア・バリ島に2週間のバカンスに出かけた。日常を忘れた楽しい日々。仕事と24時間「つながりっぱなし」のケビンも、今回は本気で疲れを癒やしたいと、バカンス中のネット断ちを決意。部下を信頼して全ての業務を任せ、なんとかやってのけた。

弁護士のフロリアーヌ・クルシェ(左)と、彼氏でITベンチャー社長のケビン・シャンタクレール=10月4日、パリ、玉川透撮影

「休みたい時はあえて意識して仕事とのつながりを断ち切る。やればできると悟りました」

ところが、「きっちり分ける派」のフロリアーヌは、初日から抑えがたい衝動に駆られる自分に驚いた。会社がどうなっているか気になって、毎晩メールをチェック。「バカンス中は一切働かないつもりだったのに、返信も一度してしまいました。同僚がファイルを探していたので、仕方なく……」

「仕事とプライベ-ト? そりゃ、分けられませんよ。だって、どちらも人生の一部ですから」ケビン・シャンタクレール(ITベンチャー社長)
「私は分けたいですね。趣味や週末に何をしているかなんて、職場の同僚にも知られたくない」フロリアーヌ・クルシェ(弁護士)

■ミシュランは「夜メール禁止」、でも違反者続出

就業時間外や休暇中に、仕事関係の電話やメールをやりとりする ――。日本ではふつうに行われている行為が今、フランスでは問題になっている。2017年1月施行の改正労働法で、労働者の「つながらない権利」が明記されたからだ。従業員50人以上の企業では、就業時間外に仕事上の連絡があっても労働者が拒否できる。罰則こそないが、実現するための取り組みを労使で協議することも義務づけられた。

白くてモコモコしたマスコットでおなじみの大手タイヤメーカー「ミシュラン」。フランスの本社で4月から、計6162人のホワイトカラーに夜9時から翌朝7時まで、会社サーバーを介したメールのやりとりを禁じた。違反が月5回を超えれば、自動的に本人と上司に連絡が行く。上司との面談で改善を求め、2回目以降は人事部も交えて対応を検討する。

しかし、制度を始めた4月の違反数は計782人。その後も5月は837人、6月は920人と、逆に増えた。役職別に見ると、中間管理職が20%、上級幹部が50%を占めており、役職が上がるほど、就労時間外のメールのやりとりが多くなる傾向があることも分かった。

「6月に人員削減などで約970人のホワイトカラーが減り、今後1人当たりの仕事量がますます増える。海外の取引先との連絡や、それぞれの家庭の事情もあり、強制はできない。一朝一夕にはいきません」と、ミシュランの担当者は言う。

■「燃え尽きる」前に手を打て

「バカンス大国」と呼ばれるフランスだが、実際、労働時間は原則週35時間、有給休暇の支給日数は世界最高水準の年30日。旅行サイト大手・エクスペディアの調査によれば、有休消化率はじつに100%に達する。数字だけ見れば、50%の日本人にはうらやましい。

ところが、デジタル機器の進歩に伴って実態は変わりつつある。最もしわ寄せを受けているのが、労働時間規制の対象外となるホワイトカラーの管理職だ。得意でもないデジタルツールで仕事とつながりっぱなし。厳しい労働規制の下、部下の終業時刻や休暇までに自分の仕事を終わらせなくてはいけない。

彼らにひたひたと忍び寄るのが、バーンアウト(燃え尽き症候群)だ。近年フランスでも社会問題になっており、仏コンサル会社の14年調査によると、予備軍を含めれば、総労働力人口の1割強に当たる320万人に及ぶといわれている。

「休み」をこよなく愛してきたフランスの人々は今、「つながらない権利」を掲げて、あやふやになった仕事とプライベートの境界に太い線を引き直そうともがいている。そんな風にも見える。

だが、道のりは険しい。改正労働法施行から1年8カ月が経った今年8月時点の調査で、就労時間外に仕事メールに返信したと答えた人は45%。休暇中に仕事をした人も63%に達した。

70以上の企業で働き方改善を指導する仏コンサル会社「CHANGE FACTORY」CEO、ジャン=ノエル・シャントレイユ(38)は、休みの観念を法律やルールで縛るべきではないと指摘する。

「つながらない権利」法制化に反対の人材コンサルCEO、ジャン=ノエル・シャントレイユ=9月25日、パリ、玉川透撮影

「『つながらない権利』はスマホやメールなどデバイスの使い方を規制しているに過ぎない。罰則もなく、抜け道はすぐにできてしまう。職場の意識そのものを変えなければ、根本的な解決にはならない」

その上で、彼はこう説く。「グローバル化と職種の多様化で、仕事とプライベートの使い分けが個々人でだいぶ異なる時代になった。『はい、この時間から携帯はダメ』と一律に規制するのは、あまりに労働者を子供扱いし過ぎではないか。法律や会社が上から押さえつけるのではなく、自分の時間をコントロールし、デバイスに振り回されない術を身につける教育こそ求められている」

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