支持者と笑顔でセルフィーを撮る現場視察。海外の要人と力強く握手を交わす国際会議。ゴルフを楽しむ週末─。カンボジアで30年にわたり首相として強権的な支配を続けるフン・セン(67)のFBには日々、自らの日常を伝える投稿がいくつも並ぶ。何も知らずに写真やコメントを眺めていれば、親しみや頼もしさを感じさせる内容だ。多いときは数千個単位の「いいね!」もついている。
米PR会社が3月に実施した調査によると、世界の指導者や政府が個人や組織として立ち上げているFBのページは650件。このうち、フン・センはクメール語のみの発信にもかかわらず、インドの首相モディや米国大統領のトランプらに続く5番目に多い合計960万個の「いいね!」を獲得していた。
しかし、別の調査会社の分析では、彼への「いいね!」のうち、カンボジア国内からのものは4割しかない。地元英字紙は2年前、フン・センが国外から偽の「いいね!」を買った疑いを指摘した。記事を書いた元記者のショーン・タートン(29)は「世論調査がないカンボジアでは『いいね!』は支持率と同じ。正当性が欲しい首相にとっては買ってでも手に入れたいものだ」と話す。
7月末の総選挙では、フン・セン率いる与党が下院の全議席を手に入れ、若者がFBで野党への支持を広げた5年前と対照的な結果になった。投票日を前にフン・センへの抗議のために投票ボイコットを呼びかけた野党関係者が罰金を科されるなど、FBは監視と検閲に利用され、与党批判は封じ込められた。人権問題を専門にする英国人弁護士リチャード・J・ロジャース(49)は「独裁者が使えば、FBはウソとプロパガンダと恐怖を広める道具になる」と指摘する。
インドから世界に売る「いいね」、1つ1・6円
フン・センが「いいね!」を買った疑惑が指摘されているインドは昨年、米国を抜いてFBの利用者が世界一になった。2億7000万人のユーザーがいる国内に加え、海外も市場にして「いいね!」を売る「マーケティング」が成長している。
首都ニューデリーで、3年前から「いいね!」を売っているラジフ・アナンド(34)に会った。「いいね!」の価格は一つ1ルピー(約1.6円)。FBであらかじめ集めた協力者をグループ化しておき、依頼主の投稿に「いいね!」をつけるよう一斉に頼む。これまでに政治家からの依頼も受けた。「投稿内容ではなく、『いいね!』の数に影響される人は多い。政治家が『いいね!』を欲しがるのは、それだけ好かれている人間に見せかけるためだ」
FBも偽「いいね!」の売買を問題視して対策を進めているが、今も英語でグーグル検索すれば、「いいね!」を売る会社はすぐに見つかる。
オックスフォード大学の研究員サマンサ・ブラッドショー(27)は16年から2年間にわたって、世界各国の政府機関や政党によるソーシャルメディア上での情報操作や監視の有無について調べた。
今年7月の報告書によると、前年より20カ国多い48カ国・地域で、世論操作にソーシャルメディアが使われていた。アフリカやアジアの途上国だけでなく、オーストラリアやドイツなどでも悪用の事例があった。政治家が人気を粉飾したり、極論を多数派の意見と誤解させたりする操作が増え、それがビジネスになっているという。「対策を講じないと、ソーシャルメディアは民主主義を壊してしまう」とブラッドショーは危惧する。
ヘイト拡散、破壊的な影響力
新聞やテレビが権力から独立したメディアとして育つ前にスマホを手にした途上国の人々にとって、ソーシャルメディアの情報は時に破壊的な影響力を持つ。
ミャンマーで起きている少数派イスラム教徒ロヒンギャの迫害問題では、国連の調査団が8月の報告書で、ロヒンギャに対するヘイトの拡散にFBが決定的な役割を果たしたと結論づけ、「多くのユーザーにとってインターネットとはフェイスブックだった」と指摘した。ミャンマーでは昨年9月まで、FBといくつかの特定のサイトだけが通信料無料で使えるFBのサービス「フリーベーシックス」が提供されており、独占状態を生んでいた。調査団のメンバーが「FBが獣に変わった」と話したこともある。FBは今も途上国や新興国を中心に世界の60を超える国と地域で、「フリーベーシックス」の提供を続けている。
ハーバード大の学生のためにつくられたネットワークは今、地球の人口の4分の1を超える22億人が使うプラットフォームに成長した。FBは、世界を良い方向にも悪い方向にも動かせる力を得たようにすら見える。
一昨年の米国大統領選挙では、FBを始めとするソーシャルメディアがフェイクニュースを拡散する媒体になり、先進国にもその影響力は及んでいる。
民主主義を傷つけたり、世論をゆがめたりするような行動にFBは責任があると考えるか。メールでFBに送った質問への回答は、「コメントは差し控えたい」だった。