■この流れを楽しもう 太田啓之
正直に言えば、「人工知能が賢くなって、人間の仕事が奪われるのは本当に困る」とか、「超高齢化社会を迎える中、アンチエイジングでさらに人間の寿命を延ばしてどうするの!?」とか、思わないわけではない。
だけど、米シリコンバレーの人々の「テクノロジーを進化させ、見たことのない未来を実現したい!」という取り憑かれたような熱い思いに触れると、そんな現状維持への願いは何の力も持たないことを、いや応なく実感させられる。
「技術が私たちの社会と生活を大きく変えていく」というこの大きな流れは、もうどうしたって止められないだろう。副作用を最小限にする努力は不可欠だが、基本的には「この変化を受け入れ、適応していくしかない」というのが、私なりの結論だ。
実際、今回の取材では「テクノロジーが自分をサポートしてくれている」ということも強く感じた。AIによる機械翻訳や、録音したやりとりを数分で文章化してくれるAIのサービスは、英語にかかわるストレスを激減させてくれた。遠く欧州にいる人々も、ネット会議用のソフトウェアを活用することで取材ができた。最後にものを言うのは取材力や文章力であることは従来と変わりないが、テクノロジーの力で、私の書く記事は以前よりもずっと遠く、高い場所にまで到達できるようになったと思う。
「AIが人間を追い越す」という現象は、すでに囲碁や将棋の世界では当たり前だが、それでゲーム自体の人気が衰えたわけではない。むしろ、藤井聡太七段のように、AIを自らの力量向上のために活用するケースが目立つ。
俊足のアスリートがスポーツカーと競走することがないように、仮に機械が人間の能力を追い越したからといって、私たち自身のさまざまな探求や挑戦が無意味になることはない。むしろ、テクノロジーを積極的に活用することで、私たちはより広く、深く、この世界を楽しめるようになるのではないか。
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■使われる側にいたくない 宋光祐
「世界で最も力を持っている国は、フェイスブック(FB)だ」。インドで出会ったジャーナリスト、ニックヒル・パワ(37)は私にこう言った。利用者は世界に22億人。中国の人口14億を上回る。FBがルールを変えれば、22億人の日常が左右されることになる。パワの言う通りFBは、最も影響力のある「国」になりつつあるのかもしれない。
研究が加速しているとはいえ、不老不死や人間を超えるAIなどの実現にはいましばらく時間がかかりそうだ。一方で、私たちが日々の暮らしで使うソーシャルメディアは、世の中に広まり、威力を増している。
どこかの国の権力者がFBを使って世論を操ろうとしたとき、誰がそれを止めるのだろうか。カンボジアにいるとき、そんな疑問が湧いた。ツールを提供するFBに規制を求めるべきだろうか。情報通信に欠かせないインフラとして公的な役割を担い始めたソーシャルメディアのコントロールを誰からの負託も受けていない私企業だけに委ねるのか。私には確信が持てない。
FBと民主主義について取材するために出会った人たちはみな、「未来もソーシャルメディアは私たちの日常であり続ける」と口をそろえた。ソーシャルメディアが世界に及ぼす正と負の影響を比べれば、ポジティブな方が上回るというのが共通した理由だった。誰かとつながり、自由に意見を言い合うことへの希望を捨てていなかった。
インドでは、FBが提供する無料のデータ通信サービスへの反対運動にFBが使われた。賛同者は急速に広まり、政府にサービス禁止を決断させた。
おかしなことには声を上げる─。それはテクノロジーが発達していようとしていまいと、普遍的に私たちに求められることなのだろう。問題は私たちとテクノロジーとの関係だ。「いいね!」を売るインドの業者は「ソーシャルメディアを使いこなせるのは私たちだけだ」と豪語した。そうかもしれない。技術を使う側でいるはずが、いつの間にか使われる側になっていないか。
FBの投稿からリベラルと保守どちらの情報に多く触れているかを判定するアプリを試してみた。接しているのはリベラルなメディアの情報だけ。自覚はなかった。すでに「使われる側」にいると宣告された気がした。
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