■人間にできてAIにできないこと、ない
人間の知性って、実は人間自身が思っているほど高くないと思います。人間同士のコミュニケーションは大抵、場当たり的だし、数学者の新井紀子さんが著書「AI vs.教科書が読めない子どもたち」で明らかにしたように、読解力や論理的思考力を人間はそれほど持っていない。人工知能は現時点でも、大抵の人の知的水準をかなりの部分で上まわっているのではないか。
20年後には、AIはもう相当世の中に入ってきているでしょう。あらゆる意味で人間の知性を超えるAGIの可能性については見解が分かれていますが、遅くとも今世紀中には実現されるでしょう。
まだ人間の仕事は残っているけど、基本的には消えていく過程にある。人間にはできるけどAIにはできないことって、正直ないと思います。
■一人一人が自分だけの仮想世界を持つ時代に
それと同時に進むのが、人間の活動の比重が、現実世界から「もう一つの仮想現実」へと移行していくことです。
ツイッターやフェイスブックでは基本、友達の発言しか表示されないし、不快な情報があったらミュート(非表示)にして、世界から消すことができる。ネット上で「自分にとって心地よい世界」をカスタマイズできるようになってきているんです。今後、そうした傾向はさらに加速します。
ハリウッド映画「レディ・プレイヤー1」では、現実よりもはるかに刺激に満ちたバーチャルリアリティー(VR)の世界に没入する人々が描かれました。あの映画では、一つの仮想現実を多くの人々が共有していましたが、僕が予想するのは、最終的には一人ひとりが「自分がもっとも幸せになるようにAIによってカスタマイズされた」仮想現実の世界に住むようになることです。現実社会では大抵の場合、努力は報われないし、自分のことも認めてくれない。仮想現実でこの両方が満たされるとしたら、なんで現実の方を重視する必要があるのか。
ただし、実体経済だけは、個々人に都合のよい現実は見せられない。仮想現実に没入する人々も、食べられなくなれば我に返らざるを得ない。だけど、今後AIが普及すれば、社会全体の生産性はどんどん上がる。全員に一律のお金を支給するベーシックインカムで、働く必要はなくなる。誰もが仮想現実上では豊かな生活を送れるようになるでしょう。お金自体の価値もなくなっていき、資本主義は個人にとっては形骸化するでしょう。
■仮想現実の快適な世界、楽しめばいい
人間は仮想現実の中で、今よりもずっと快適に、幸せに生きるようになり、現実社会はAIの方でどんどん進めていく。社会の主役はAIとなり、人間の歴史は終わるんです。今はそれに向かう過渡期、という実に珍しい時代で、それを生きられる僕たちは本当に幸運です。その過程を存分に楽しめばいい。
20年後に生まれる子どもらは、初めから仮想現実の世界にいて、労働や現実の生活に価値を見いだす僕らのことは全然理解できなくなるでしょう。違う人類になるんです。それはもう、しょうがないことだと思っています。
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AIは本当に人類から「歴史の主役の座」を奪ってしまうのか。
川上氏をインタビューして刺激を受けた太田記者が、米西海岸やヨーロッパのAI研究最前線を直撃した。