「AGIの開発につながる、最新の機械学習を試みている研究者がいる」。そんな話を聞きつけて8月末、米カリフォルニア大バークリー校助教授、セルゲイ・レヴィンの研究室を訪れた。
だが、レヴィンと学生たちの実験を目にした時には、少々脱力した。AIがロボットアームを操作し、おもちゃや本を動かそうとするのだが、その動きはあまりにもぎこちなく、たどたどしい。このような実験が「人間を超える知性」の実現につながるのか。
工場のロボットは複雑で精緻な動きをするが、予めプログラムされた融通の利かない動作であり、たえず状況が変化する外の世界では通用しない。レヴィンたちはAIが自ら「モニターに映し出されたさまざまな物体を動かす」という試行錯誤を繰り返すことを通じて、「腕をどう動かせば、物体がどこに移動するか」予測させることを試みている。赤ん坊が遊びを通じて、徐々に外の世界を学ぶように。
私たちは、天才棋士を打ち破った「アルファ碁」の実力におそれを抱く。しかし、「碁盤」という限定された場と、厳密なルールで作られた碁の世界は、私たちが生きる現実世界と比べれば、おそろしく単純だ。目標が明確で、限定された世界では、時として人間をはるかに上回るAIも、現実世界では人間はおろか、イヌやネコの知性にも及ばない。
レヴィンによれば、人間とAIの能力差が特に際立つのが「新しいことを習得する際に必要な学習量の差」だ。人間は「過去に学んだ経験」を次の学びに生かせるが、機械にとってそれは難しく、一から学び直すしかない。「学び方を学ぶ『メタラーニング』をAIに習得させる道は、まだまだ遠い」レヴィンは率直にそう話す。
AIを駆使した企業向け顧客情報管理などのサービスを世界15万社以上に提供する「セールスフォース・ドットコム」(本社サンフランシスコ)のチーフサイエンティスト、リチャード・ソーチャーも「私は、AIがあらゆる産業を変革すると強く信じている。だけど、予見できる範囲の未来では、AIは単なる道具に過ぎない」と断言する。
AGIやシンギュラリティーの可能性を信じる人々が、決まって根拠として挙げるのが「技術の指数関数的発展」だ。AIの基礎となる半導体の性能は、「倍々ゲーム」的に向上してきた。そうした爆発的な進化が続けば、AIの能力はあっという間に人間に追いつき、追い越してしまうだろう。
しかし、ソーチャーはこう反論する。「人間の子どもも、成長期には言語などの能力をすごい勢いで発展させるが、成熟すれば勢いは止まる。技術もそうであり、『指数関数的発展』の永続はあり得ない。AIをAGIへと進化させるため欠けている要素は何か、まだ全然分かっていない。AIが自ら目標を持つようになるにはあと50年、あるいは200年ぐらいかかるのではないか」
取材した他のAI研究者や経営者たちも、AGIの可能性には慎重な見方が多かった。日々AIと格闘しているがゆえに、その限界も身にしみているのか。
一方で、AGI実現に向けての有力なアプローチと考えられているのが、生物の脳を模倣することだ。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の「スイス・ブレイン・イニシアティブ」は05年から、ネズミなど齧歯類の脳の構造と機能をコンピューターによって再現し、最終的には人間の脳それ自体をシミュレートすることを目指す「ブルー・ブレーン・プロジェクト」を進めている。
プロジェクトを主導するヘンリー・マルクラムの下、シミュレーション部門の副責任者を務めるエイリフ・ミュラーは、「AGIの実現可能性について、私は何の疑いも抱いていない。ただし、実現は2050年以降になるだろう」と話す。ミュラーが担当するのは、脳の中でも新しいことの学習などの高度な機能を担う「新皮質」を解明することだ。
人工知能に革命をもたらしたディープラーニングは元々、新皮質の情報処理システムにヒントを得て開発されたが、実際の脳の学習過程は、ディープラーニングよりもずっと複雑だ。「今後5年以内に、ネズミの脳の新皮質の働きをスーパーコンピューターで再現することを目指している。ネズミの脳を理解することは人間の脳の理解につながると同時に、ディープラーニングの技術に新たなブレークスルーをもたらすだろう」とミュラーは期待する。
それは、「機械に人間のような『学び方を学ぶ力』を身につけさせたい」というレヴィンの問題意識とも重なる。ディープマインド社や、米国の投資家らが参加する「オープンAI」も、人間の脳を模倣したAGIを開発しようとしている。(取材協力:Ayako Jacobsson)