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人工知能は人類を滅ぼすのか AIが人間を超えるために必要な条件とは 

World Now 更新日: 公開日:
AIがロボットアームを使って「現実世界における物の動かし方」を学ぶ

2015年以降、グーグルの子会社でAI「アルファ碁」を開発したディープマインド社をはじめ、世界各地で人間を超える知性を持つ「AGI(汎用人工知能)」の開発を目指す企業や団体が相次いでいる。人工知能が爆発的な進化を遂げ、現在とはまったく違う世界が出現する「シンギュラリティー」の到来を予測したり、人工知能が人類を滅ぼしかねないと主張したりする識者も少なくない。一体、何が起ころうとしているのか。

「AGIの開発につながる、最新の機械学習を試みている研究者がいる」。そんな話を聞きつけて8月末、米カリフォルニア大バークリー校助教授、セルゲイ・レヴィンの研究室を訪れた。

だが、レヴィンと学生たちの実験を目にした時には、少々脱力した。AIがロボットアームを操作し、おもちゃや本を動かそうとするのだが、その動きはあまりにもぎこちなく、たどたどしい。このような実験が「人間を超える知性」の実現につながるのか。

工場のロボットは複雑で精緻な動きをするが、予めプログラムされた融通の利かない動作であり、たえず状況が変化する外の世界では通用しない。レヴィンたちはAIが自ら「モニターに映し出されたさまざまな物体を動かす」という試行錯誤を繰り返すことを通じて、「腕をどう動かせば、物体がどこに移動するか」予測させることを試みている。赤ん坊が遊びを通じて、徐々に外の世界を学ぶように。

カリフォルニア大学バークリー校で行われている、AIに物の動かし方を学ばせる実験

私たちは、天才棋士を打ち破った「アルファ碁」の実力におそれを抱く。しかし、「碁盤」という限定された場と、厳密なルールで作られた碁の世界は、私たちが生きる現実世界と比べれば、おそろしく単純だ。目標が明確で、限定された世界では、時として人間をはるかに上回るAIも、現実世界では人間はおろか、イヌやネコの知性にも及ばない。

レヴィンによれば、人間とAIの能力差が特に際立つのが「新しいことを習得する際に必要な学習量の差」だ。人間は「過去に学んだ経験」を次の学びに生かせるが、機械にとってそれは難しく、一から学び直すしかない。「学び方を学ぶ『メタラーニング』をAIに習得させる道は、まだまだ遠い」レヴィンは率直にそう話す。

UCバークリー校のセルゲイ・レヴィン助教授

AIを駆使した企業向け顧客情報管理などのサービスを世界15万社以上に提供する「セールスフォース・ドットコム」(本社サンフランシスコ)のチーフサイエンティスト、リチャード・ソーチャーも「私は、AIがあらゆる産業を変革すると強く信じている。だけど、予見できる範囲の未来では、AIは単なる道具に過ぎない」と断言する。

AGIやシンギュラリティーの可能性を信じる人々が、決まって根拠として挙げるのが「技術の指数関数的発展」だ。AIの基礎となる半導体の性能は、「倍々ゲーム」的に向上してきた。そうした爆発的な進化が続けば、AIの能力はあっという間に人間に追いつき、追い越してしまうだろう。

しかし、ソーチャーはこう反論する。「人間の子どもも、成長期には言語などの能力をすごい勢いで発展させるが、成熟すれば勢いは止まる。技術もそうであり、『指数関数的発展』の永続はあり得ない。AIをAGIへと進化させるため欠けている要素は何か、まだ全然分かっていない。AIが自ら目標を持つようになるにはあと50年、あるいは200年ぐらいかかるのではないか」

取材した他のAI研究者や経営者たちも、AGIの可能性には慎重な見方が多かった。日々AIと格闘しているがゆえに、その限界も身にしみているのか。

一方で、AGI実現に向けての有力なアプローチと考えられているのが、生物の脳を模倣することだ。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の「スイス・ブレイン・イニシアティブ」は05年から、ネズミなど齧歯類の脳の構造と機能をコンピューターによって再現し、最終的には人間の脳それ自体をシミュレートすることを目指す「ブルー・ブレーン・プロジェクト」を進めている。

プロジェクトを主導するヘンリー・マルクラムの下、シミュレーション部門の副責任者を務めるエイリフ・ミュラーは、「AGIの実現可能性について、私は何の疑いも抱いていない。ただし、実現は2050年以降になるだろう」と話す。ミュラーが担当するのは、脳の中でも新しいことの学習などの高度な機能を担う「新皮質」を解明することだ。

人工知能に革命をもたらしたディープラーニングは元々、新皮質の情報処理システムにヒントを得て開発されたが、実際の脳の学習過程は、ディープラーニングよりもずっと複雑だ。「今後5年以内に、ネズミの脳の新皮質の働きをスーパーコンピューターで再現することを目指している。ネズミの脳を理解することは人間の脳の理解につながると同時に、ディープラーニングの技術に新たなブレークスルーをもたらすだろう」とミュラーは期待する。

それは、「機械に人間のような『学び方を学ぶ力』を身につけさせたい」というレヴィンの問題意識とも重なる。ディープマインド社や、米国の投資家らが参加する「オープンAI」も、人間の脳を模倣したAGIを開発しようとしている。(取材協力:Ayako Jacobsson)