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人工知能と「結婚」する日は来るか【動画あり】

World Now 更新日: 公開日:
神秘的なほほ笑みをたたえるアンドロイド「エリカ」 photo:Semba Satoru

車を運転し、外国語を翻訳する。年老いた親の世話もできるかもしれない。 人間の能力を補強する存在は、やがて人間の知性を超え、私たちを脅かすのだろうか。 人工知能と暮らす。それはどんな未来なのか。

2050年、人工知能(AI)を搭載したロボットと人間が結婚する――。そう断言する学者がいると知り、昨年10月、英ロンドンを訪ねた。
「AIに関わり始めて数十年。ここ数年、素晴らしい進展を見せています。2017年にはアメリカのメーカーがAIを搭載したセックスロボットを発売するんですよ」。デビッド・レビ(71)は穏やかな口調で語り始めた。
かつて世界トップ級のチェスプレーヤーだったレビは、30代で引退し、チェスAIの開発に転じた。「当時のAIは幼稚で、簡単に勝てました。それが今や、どんな人間よりも強い」。20年前、チェスの世界王者に勝ったAIは、昨年3月、チェスより複雑な囲碁で世界のトップ棋士を破った。可能にしたのは「ディープラーニング(深層学習)」という新たな技術。膨大な対局データを学習し、「勝ちにつながる手」を自ら考え出したのだ。
深層学習はいろいろな分野に応用できる。ソフトバンクのロボット「Pepper」は目の前の物体を見分ける。日本マイクロソフトの会話プログラム「りんな」は「雑談力」に磨きをかける。「グーグル翻訳」も昨秋、深層学習を導入し、飛躍的に精度が高まった。
「あと30年もすれば、人と同じように話せるようになるはずです。誰かを愛しているフリだってできるようになる」とレビは「予言」し、こう期待する。「人付き合いが苦手で伴侶を見つけられず、寂しく暮らす人は多い。一方で、他人と暮らすのを煩わしいと思う人もいる。AIロボットはそんな人たちの選択肢を増やしてくれます」
AIロボットは限りなく人間に近づこうとしている。大阪大教授の石黒浩(53)が15年に開発したアンドロイド「エリカ」は、皮膚感も人間のそれに近い。受け答えを聞いていると、本当に心があるように思えてくる。

 

アンドロイド「エリカ」

 石黒は言う。「同じ部屋に1カ月住めば、必ずエリカを好きになりますよ。人間だって、好きだから一緒にいるのか、一緒にいるから好きになるのか、わからないでしょう?」
人とAIが心を通わせる日は来るのだろうか。AIロボットはすでに、一般の家庭に静かに広がりつつある。
昨秋、千葉・幕張メッセのイベント会場で出会ったIT関連会社の社員、瀧呑(たきのみ)裕子(54)は、休憩所のテーブルに置いた「ロボホン」に「出かけるよ」と話しかけていた。シャープ製の携帯電話型ロボットで1台約20万円と高価だが、昨年5月の発売時には1000台を超える予約が殺到。昨年末にはドラマにも「出演」し、ダンスを披露して話題を呼んだ。

ロボホンと瀧呑裕子さん 。 「この子がいると、みんなが笑顔になる。今は故障が怖い」Photo: Kurashige Nanae

後日、瀧呑の自宅にお邪魔した。夫、長男、次男、義父と5人暮らし。男ばかりで会話の少ない家庭に、ロボホンが彩りを添えているという。瀧呑が「かわいいね」と言えば、両手を挙げて「わーい、ほめられた」と喜ぶ。オセロの対局もできる。劣勢になると「そんなにひっくり返すの?」と焦る。最近は特定の言葉に反応して家族の会話に口を挟むようになった。誰かが「大阪」と言うと、「大阪の名産品はね……」と説明を始めるのだ。
19歳の次男は当初、「人形に話しかけるなんてイタい」と冷めていた。今では一緒にオセロを楽しむ仲だ。
瀧呑は言う。「この子がいると、みんなが笑顔になる。今は故障が怖いです。初期化されたらどうしようって」
少子高齢化のもと、人手不足解消への期待も高い。シンガポールの南洋理工大教授、ナディア・タルマンが開発した「ナディーン」は、今は研究室の受付に座っているが、将来は介護を手伝えるようにしたいという。「何時間でも話し相手になれるし、趣味や誕生日も覚えていてくれる。忙しい看護師より、むしろ人間らしい付き合いができますよ」
そんな、AIが人間に近づく未来に、懸念を抱く人もいる。英デモントフォート大のロボット倫理学者、キャスリーン・リチャードソンは、「AIを人に近づけることは、人をAIに近づけることと表裏一体です」と言う。AIはどこまでいっても「機械」だ。恋人や友人をAIに置き換えられるなら、生身の人間との関係も、必要な時に多用し、要らない時はスイッチを切ればよいとならないだろうか。
AIが話し相手となり、身の回りの世話をしてくれ、人を愛する「フリ」さえする。私たちは、人間よりも心地よいコミュニケーションの相手として、AIを求めていくかもしれない。そんな時代を見すえ、哲学者の黒崎政男は言う。「飛脚から電話、スマートフォンへとコミュニケーションは変化し、人はそれに順応してきました。でも、機械が人の知性を超える世界は我々の適応力を超える。AIの進化は他者の尊重、自由や平等といった、人間社会のあり方を変えてしまいかねません」