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西和彦氏がのめり込むIoT 原動力は「アスキー時代の反省」

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西和彦氏=川口宗道氏撮影

 東京大学工学部の「IoTメディアラボラトリー」は、東京都文京区の本郷キャンパスにある。西氏の現在の肩書は、「東京大学工学部IoTメディアラボラトリーディレクター」。最新のIoT技術の研究をするかたわら、教育もかねて学生らといっしょに様々な機器を開発している。

「たとえば」と西氏がおもむろに指さしたのは、研究室の片隅に置かれていた開発中の機器。離れた別の部屋でコーヒーができると、機器に仕込まれたニクロム線がコーヒー豆を熱し、コーヒーの香ばしい香りを発して知らせてくれるという。
学生が市販のコーヒーメーカーを改造して作った。
「面白いでしょう? 完成したらコーヒー会社に売り込みに行くよう言ってあります」

 去年は、『犬用の熱中症防止ベスト』も作った。ペットの熱中症を把握するのは簡単ではない。「犬は人と違って文句を言わないですからね(笑)。犬の体温をモニターして、一定温度以上になったら溶ける物質をつかって体温を下げる。GPSもついているから、迷い犬防止にもなる」
「小さな機械がインターネットにつながっているというのがIoTの基本。だから、日本中にケーブルを張り巡らせるような大規模なインフラがなくても、アイディアひとつで誰でも何でも作れてしまうんです」

学生が開発したセンサー付きのベスト(東京大学IoTメディアラボラトリー提供)
着用者の体温と位置情報をリアルタイムで検知してパソコンの画面で見ることができる(東京大学IoTメディアラボラトリー提供)

 西氏は、1977年にアスキー出版を創業し、パソコン専門誌を発行。創業間もないマイクロソフトのビル・ゲイツ氏とも交流し、78年に同社が日本に進出する際に販売代理店契約を結んだ。インターネットの黎明期から社会の変遷を見つめてきた。
アイディアひとつで新しい商品が次々と生み出される状況は、かつてパソコンというものが世に生み出されたころに似ているのかもしれない。そう問いかけると、西氏はこう語った。

「80~90年代はパソコンの時代で、2000年代からは携帯電話とスマートフォンの時代。そして2020年以降、次に主流になる技術がIoTだと考えています」
「IoTは今、離陸寸前の飛行機のような状態。パソコンが便利な表計算ソフトの登場によって爆発的に普及したように、IoTにおける『キラープロダクツ』が出てきたら変化は速いでしょう。それが何なのかはまだ答えが出ていない状況ですが、この流れはもう止まらない。これからの企業は、IoT技術を無視していては存続していけなくなると考えています」

 ひとくちにIoTと言っても、適用される分野はあまりにも広い。そのことがIoTのイメージをつかみにくくしている面もある。以下はIoTの利用価値がある分野についての、西氏独自の分類だ。

① 人体に関するもの
② 家と庭に関するもの
③ 都市に関するもの
④ 地球や宇宙に関するもの

 これらそれぞれに、センサーで情報を感知する「入力系」と、その情報をもとに、機器が外部に何らかの作用を及ぼす「出力系」の2系統の技術があるため、IoTの技術は計8種類。それぞれの分野で、今後、「キラープロダクツ」が生まれてくる可能性があるという。

西和彦氏=川口宗道氏撮影

 例えば、①の「人体に関する分野」で有力なのは「バイオメトリクス」。体温や心拍、血液の成分など様々な生体情報をセンサーで読み取ってデータをインターネットで送信し、集めた情報を様々なかたちで活用する技術だ。
 病院や介護施設で活用すれば、多くの患者の状態をリアルタイムで把握し、医師や看護師の業務を効率化することができる。また、個人が利用する活動量計や体脂肪計などから得られるデータをクラウドに収集し、生活習慣病予防の研究などに役立てることもできる。

②「家と庭」に関する分野では、家の中にある家電製品を一括管理し、照明や温度・湿度を自動で調整する「スマートマンション」の技術だ。西氏はこう語る。
「現在の普通の家を考えると、照明やエアコンはそれぞれの部屋に一つずつあって、人が移動するたびに毎回リモコンやスイッチで操作する。これって、無駄じゃないかと。人がいる時だけ自動的に電源をつけて、いなくなったら消えるようにすればはるかに便利ですし、電気代の無駄もなくなります」
「他にも除湿器、空気清浄機、掃除機など無数にある機械を自動でコントロールして、環境を一定のクオリティに保つ。今よりはるかに人の生活は便利になります。こうした分野は、これから間違いなく普及していくと思います」

 IoT技術は他にも、私たちの暮らしをより安全にする方向でも進化する、と西氏は予測する。防犯カメラを利用した都市のセキュリティの強化などだ。先ほどの分類では、③都市に関する分野だ。

「カメラはどんどん小型で安くなっていますから、すべての家の玄関に防犯カメラがつくのも時間の問題だと思います。警察が各家庭に配る防犯シールのようなものに超小型カメラを入れることだってできるでしょう」
「問題は、集めた膨大なデータをどう使うか。防犯カメラを1週間回して、見るのにもう1週間かかるのでは話にならない(笑)。人が通った時など、重要な状況だけを感知して録画するなどの技術を開発していく必要があります」

 こうしたIoT技術が普及していくことで、私たちの社会にどんな変化が起きるのか。生活は今より便利になるだろう。では社会の持続可能性を高めるなど、よりよい世界を実現していくことにつながるのだろうか。西氏はIoTが生み出す「経済合理性」がカギだという。

「『持続可能性』といったスローガンだけでは、なかなか社会は変わらないと思います。人類は快適さを求める生き物ですから」
「私はビジネスの世界にいたから、セオリーだけではなく実践も必要だという思いが強い。たとえばIoTを導入することで家庭の電気代が下がれば、結果的に社会全体の省エネにつながります。経済合理性があると多くの人が考える技術ならばビジネスとして成り立ち、雪だるまが坂を転げ落ちながら大きくなるように自動的に社会に普及していく。結果的に、それが社会の持続可能性を向上させることにもつながっていくということではないでしょうか」

 ところで、パソコン黎明期から技術の発展を目の当たりにしてきた西氏は、IoTブームとも言えるような今の時代を、当時から予測できていたのだろうか。そう問いかけると、「そんなもん、わかるわけないでしょう」ときっぱり。
「パソコンの時はパソコンしかなくて、次にスマホが来るかもわからなかった。僕はパソコンを今のスマホくらいの大きさにしたらいいと言っていたけれど、当時の技術では無理だったね」
「あの頃は出版社(アスキー)の経営をしていたから動けなくて、スマホのブームに乗り遅れましたね。あの時思い切って、パソコンをスマホのように小さくするプロジェクトをやっておくべきだった。その気持ちが、いま私がIoTをやる原動力になっているんです。ビル・ゲイツもスマホには乗り遅れたけど、彼はもうお金があるからいい(笑)。私は、もうひと暴れしなければ、と思っています」

 語るほどに、西氏の眼に次第に"起業家"の光が宿り始め、語り口も熱を帯び始めた。

「日本はこのままではお先真っ暗だと思う。世界に負けていますよ。センサーの会社はたくさんあるし、ロボットでも強い会社はあるけれど、IoTはそうした技術の組み合わせ。組み合わせて総合的に強い会社があるかというと疑問です。ただ、まだまだチャンスはあります。世界で自分しかできないという技術を持っていれば、セールスに行かなくても世界中からお客さんは来てくれる。世界は狭いですからね」

西和彦/東京大学大学院IoTメディアラボラトリー・ディレクター

にし・かずひこ/1956年、神戸市生まれ。77年、早稲田大学理工学部在学中にアスキーを設立し、パソコン雑誌「アスキー」を創刊。79年、米マイクロソフト副社長。98年にアスキー社長を退任後、米マサチューセッツ工科大学メディアラボ客員教授などを歴任し、2017年から現職。須磨学園学園長。

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