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「制度は立派なのに…」の日本 男性育休の先進国ヨーロッパ、何が違うのか

LifeStyle 更新日: 公開日:

ユニセフ(国連児童基金)は今年発表した報告書で、日本の育休制度を「世界1位」と評価した。なかでも父親に認められている育休の期間が長いことに言及。一方で、政府は25年までに30%の取得率を目標にするが、日本では男性の育休取得率はなかなか上がらない。 制度的には日本より順位は低いながら、男性の育休取得率が高い国もある。同報告書で「家族にやさしい政策世界一」となったスウェーデンは、男性の取得率は90%近い。さらにフランスは、最近男性育休の「義務化」を始めた。「制度はいいのに現実は……」を変えるヒントを、ヨーロッパに探った。

■取らないと損をする育休割り当て スウェーデン

スウェーデンが父親を含めた育児休業制度を導入したのは1974年で、世界初だった。だがすぐに父親の育休取得が広がったわけではなく、導入から20年超だった95年時点でも、男性の取得率は10%に満たなかった。

そこでスウェーデン政府が導入したのが「パパ・クオータ制」。クオータ(quota)とは「割り当て」の意味だ。

スウェーデンでは、子が8歳になるまでに両親合わせて480日間の育休を取れるが、そのうちの90日間は父親に割り当てられている(女性も同じ日数の割り当てあり)。クオータ制が導入されたときの日数は30日だったが、2002年に60日に、16年からは90日に延長された。

父親が取得しなければ、その部分の給付金を受け取る権利を失う。90日は男性が取らないと損をするのだ。

明治大学の鈴木賢志教授は、研究者としてスウェーデンに住んでいた17年前に現地で育休を取得した。「その頃からすでに、父親も育休が取るのが常識で取らないと『変な人』という目で見られました」と話す。

割り当て日数が伸びることで、育休をただ取るだけではなく「長く取るべきもの」という認識も広がった。今では480日のうちの3割、160日程度を男性が使うのが一般的という。

明治大学の鈴木賢志教授

「男女の取得日数を見ると、まだ女性の方が多いので、平等を目指すなら父親と母親で一律240日ずつにするべきじゃないか、という声も一部あります。ただ、カップルそれぞれに事情はあるので、とりあえずは現状でいいだろうというのが社会の雰囲気ですね」

カップルそれぞれの職種や、お互いのキャリアなどを考えながら、子が8歳になるまでフレキシブルに分けて取得でき、利用しやすい制度になっているのも特徴だ。「中にはワールドカップに合わせて育休を取る、という父親たちもいて『それはどうなんだ』と話題になることもありましたけどね」。

■「『私たち』は妊娠中」の言い回しに見る当事者意識

スウェーデンでは育休のほかに「父親の産休」とも言える「父親休暇」が10日間あるなど、出産直後から育児は夫婦2人でするものという意識が徹底していると感じるという。「出産前から、と言えるかもしれません。妊娠中に父親教室もありますし。この間スウェーデンの人と話していて気がついたんですが、彼らは『私たちが妊娠している』という表現を使うんです。日本だと夫が話す場合は『妻が妊娠している』と言いますよね。その表現にハッとしました」

日本では男性育休の取得率が上がらない理由の一つが、「取りにくい職場の雰囲気」や「会社に迷惑がかかるのでは」といった意識が上げられるが、スウェーデンでは育休時の給付金の申請は、上司や会社を通さず直接社会保険庁のHPからできるので、「遠慮なんてない」とという。企業の中にはさらに給付を上乗せし、「魅力ある職場」をアピールするところも多い。

「スウェーデンは資源も少なく小さい国なので、国も企業も、とにかく優秀な人材を集めようという意識が高いんです」と鈴木さん。女性が働くのが普通で、大臣も女性が半分を占めるなど、ジェンダーギャップが少ないのも、男女問わず優秀な人材を世界中から集めようという政策を重ねてきた結果だという。

「日本も同様に、高齢化社会が進んで、人材がさらに大切になっているのは同じ。育休制度にしろ、少子化対策にしろ、政策がもっとかみ合ったものにする必要があるのではないでしょうか」

日本とスウェーデンでは見える風景がかなり違う。平日の昼間でもベビーカーを押しているのはほとんど男性。保育園のお迎えや行事も男性がいるのが普通だった。鈴木さん自身、育休を経て子育てにしっかり関わったことで、親子関係にプラスになっていると感じている。「いま子どもは思春期まっただなかですが、それでもフラットな関係が築けていると思います」

■データで裏付け義務化進める フランス

フランスでは今年7月から出産時の「父親休業」の日数を14日から28日に増やし、そのうち7日間の取得を義務化した。

フランスで男性の育休取得は全体で7割ほどと比較的高く推移してきたが、それ以上にはなかなか増えないためだ。

「父親の雇用形態で取得率に差が出てしまったんです。公務員などでほぼ9割なのに対し、派遣やアルバイトなどの期間雇用では48%。さらに失業中でも育休は利用でき、医療保険から給付されるのですが、失業中は権利がないという誤解が多く取得率は13%しかない。この差をどうにかしようとマクロン大統領が義務化に踏み切ったのです」

こう説明するのは、フランス在住のライターで、「フランスはどう少子化を克服したか」(新潮新書)の著書がある髙崎順子さんだ。

髙崎順子さん

「自由・平等・友愛」をかかげるフランスでは、男女平等は必ず達成しなければならない理念という。「理念の実現のためにあの手この手を使って、男女の賃金や家事や育児負担の男女差を是正する施策をうってきました」。男性の育休を推進するのもこの理念を実現するためだが、理念だけではなかなか進まないのはフランスも同じだ。

そこで今回、マクロン大統領が改正の理論的な支えにしたのが、科学的根拠だ。「彼は医学系の家系なこともあり、ファクトとデータをとても重視しています」

マクロン大統領は2020年に報告書「はじめの1000日間」を発表。神経精神医学者を座長に、小児医学や心理学などの専門家ら18人で作る委員会が作成に携わった。

「1000日」とは妊娠4カ月から生後2年までの期間。報告書はこの間の夫婦、親子の関わりが、その後の家族関係や子どもの人格形成にどのような影響を及ぼすのかを検証。父親が育児にしっかり関わることが、良い影響を与えるのだという知見を積み重ねた。

ここにも「平等」の理念はしっかり入っていて、男女差だけでなく、様々な社会的格差や不公平をなくすためには、大人になってからの施策だけでは不十分で、乳幼児期の格差も予防的に少なくしようというものでもある。

「攻め」の育休制度を採用するフランスだが、父親の育児参加が本格化したのは2000年代初めだ。

それまでは家族政策・少子化対策の柱は補助金だった。「どんどんお金を出すからどんどん産んで」という方向だったが、少子化は止まらなかった。

「にんじんをぶら下げても産まないのは、女性たちが産みたくないから。そこから、なぜ産みたくないのかを検証して、産みたいと思ってもらえるように、マイナス要素を削っていこうと政策を変えたんです」

■「休みを取らせられないのは管理職の問題」

政策を支える理念や方法の違いとともに、育休を実際に利用する側の違いもある。

日本の男性育休制度も「義務」となる期間はないものの、フランスに劣らない、むしろ期間などは日本の方が長く、充実しているといえる。だが、実際の取得率に差が出るのはなぜか。

髙崎さんは、休みに対する意識や業務の区分に対する違いが大きいと感じている。

そもそもフランス人にとって年間5週間のバカンス、休みは絶対に必要なもの。その前提で普段から仕事を回しているし、取らせられないのは「雇用主と管理職が無能」だということだ。

「日本のイベントに参加した際、ある男性が育休を前に上司から『しっかり根回ししておけよ』と言われたのだがどうすればいいのか、という質問がありました。その話をするとフランス人は みんな驚いたんです。だってそれは彼の仕事ではなくマネジャーである上司の仕事。休むのは与えられた権利。人員や仕事の配置をするのは彼の仕事じゃないでしょう、と」

男性育休が当然になれば、「休み」に関する日本の常識も変わっていくかも知れない。