「いま北海を進んでいます。こっちにもあっちにも油田やガス田が広がっていますよ」 英北部スコットランドの都市アバディーン。港を出たばかりの船の甲板で、英国の再エネ開発ベンチャー「フローテーションエナジー社」(Flotation Energy)の創業者の一人、アラン・マカスキル最高経営責任者(CEO)が指を指す。
アバディーンは、英国経済を支えてきた油田とガス田の拠点だ。ところが今、化石燃料産業で知られてきたこの街が再生可能エネルギーでも注目されている。
それが洋上風力だ。海岸線を車で走ると、いくつもの風車が浅瀬で回っているのが見える。いずれも海底に打ち付けられた「着床式」の風車だ。
だが、船が向かっていたのは、これら着床式の風車ではなく、さらに沖合にある別のプロジェクトだった。マカスキルさんが続ける。「めざすは20キロ先です。荒れるので気をつけてください」
沖合に出るほど甲板の揺れは激しくなり、どこかにつかまっていないと船から振り落とされそうだ。出航から40分ほどすると、前方に風車が1基うっすらと見えてきた。
「あれです。浮体式の風車です。今日みたいな弱めの風でも順調に羽が回っているのが見えるでしょう」
高さは海面からてっぺんまで187メートル。ブレードの長さは82メートル。巨大すぎて、船で接近すると、カメラを向けても全体を収められなくなる。
風車の足元を三つの巨大な黄色い「浮き」が支えている。浮きは海面から突き出ており、それぞれが支柱のように見えるが、海底まで届いているわけではなく、浮いているという。
見上げながら、思わず聞いた。「こんなに巨大な風車が本当に浮いているんですか?」
マカスキルさんが笑って答えた。
「間違いありませんよ。ここは水深が最大で80メートルあります。浮きの高さは30メートルしかない。海面から上に出ているのが12メートルほどで、残り18メートルは水面下に沈んでいます。18メートルでは、とても海底には届きません。隣に見えている、あの風車だって海面に浮いています」
隣と言っても2キロ先。発電効率を最大化するための距離だ。この2基目でも間もなく発電が始まる。9月までにさらに3基を加え、全部で5基の風力発電所「キンカーディン浮体式洋上ウィンドファーム」となる予定だ。
次々と疑問が浮かんでくる。「海が荒れたら、どうなるのでしょうか?」
石油業界で長年働いてきたベテラン技術者でもあるマカスキルさんが答える。
「風車全体が少しだけ動くようにできています。通常なら50センチから1メートルぐらい、四方に柔軟性をもって動く。100年に一度の大嵐が来れば、最大で20~30メートルは動くが、また中央に戻ってくる」
船からは何も見えないが、巨大な三つの浮きから海底に向かって3本の鎖が、それぞれ海底に向かって垂れている。鎖は底に達してからも500メートルほどの距離にわたって海底をはい、風車が波で流されるのを防ぐ。厳しい自然条件に合わせて柔軟に動く「あそび」を持たせることで、破損しない仕組みという。
さらに尋ねた。「北海の真ん中で発電した電気をどうするんですか?」
マカスキルさんが海面を指して答えた。「この真下で、送電線が海底を走っていて、アバディーンで陸に上がり、ナショナルグリッド(全国電力網)から電力として供給されています」
ここは全国電力網につながっている浮体式の風力発電所として世界最大級になるという。同社が次に手がけるのは、さらに規模が大きな風力発電基地で、沖合50~70キロメートルでの浮体式になる。アイルランド海での別のプロジェクトも落札したばかりという。
着床式は、現状では水深50~60メートルぐらいまでが経済的に採算が合うとされている。英国は浅瀬が限られ、着床式の候補地には限界があるが、浮体式であれば、深海でも設置可能性が広がる。沖合に出れば出るほど、強い風も吹く。マカスキルは浮体式なら水深200~1千メートルでも建設できるとみている。
現場を案内してくれたマカスキルさんは1998年までは石油大手BPで技術者として働いており、キャリアの前半をアバディーン、カナダ・カルガリー、米テキサス州という伝統的な化石燃料産業の拠点で暮らしてきた。ところが20年ほど前に再エネ開発に関心を持ち、この10年ほどは浮体式の開発に没頭してきたという。
船には、もう一人、BPを退社したばかり技術者が乗っていた。アレックス・クエイルさん。この会社に移って5日目という。「東京やロサンゼルス、台北など世界各地で沿岸に多くの都市が集まっているが、そこには深海が広がっている。浮体式の風力発電技術が世界にとっての超重要技術になると確信している。着実に開発は進んでおり、やるべきことも見えている。私は技術者。次はこの分野に身を置きたいと願ったんだ」
石油・ガス開発会社も洋上風力発電に乗り出している。王室の資産管理会社「クラウンエステート」によると、石油・ガス開発企業が2019年の発電容量に占めていた割合は2%だったが、2020年に12%に伸びた。
主力商品だった原油やガスの価格が安定しないことも背景にあるが、洋上での資源開発に不可欠となる海底調査やインフラ整備技術などのノウハウを60年間にわたって蓄積したことが強みになっているという。
■「浮体式の風力発電技術は成熟した、日本こそ適合地」
英国の再エネ開発ベンチャー「フローテーション・エナジー社」(Flotation Energy)の創業者の一人で同社代表のニコル・スティーブンさんに話を聞いた。
ーースコットランド沖で浮体式の洋上風力の開発をしてきました。手応えは。
浮体式の風力発電技術は成熟しました。実験段階も、大学の研究室の段階も終えました。現時点で世界最大9・5メガワットの設備容量を持つ風車があり、高さ180メートルに達する風車が北海に浮いています。とても荒れる海でも安定しており、強い風の恩恵で商業的にも成功しています。
ーー北海は油田、ガス田として知られてきました。
アバディーンでは過去50年間ほど、原油とガスというエネルギー産業が栄えましたが、今は再生エネルギーに向かっています。そこに将来があるとわかっているからです。世界最大の浮体式プロジェクトがアバディーン沖にありますが、開発を続けなければいけない。私たちは温室効果ガスの「実質排出ゼロ」を達成するため、21世紀のエネルギーインフラの土台を描いています。
2050年までに実質排出ゼロという目標の達成には、意欲的に開発速度を上げなければいけませんが、各国の動きは不十分です。(期限を遠くに設けた)2050年達成の緩い目標ではなく、2030年までの厳しい目標が必要です。
ーー日本に拠点を置く理由は?
日本も2050年までの実質排出ゼロを掲げていますが、達成には様々な困難が伴います。人口も多く、原子力発電への反発も強い中で、目標の達成には再生エネルギーが必要です。エネルギー源は多様な組み合わせが大切で、太陽光や陸上風力、地熱、波力、潮力などを活用した発電が必要ですが、日本にとっての再生エネ分野での最大の可能性は、浮体式の洋上風力にあると思います。
日本は浮体式の条件に適しているのです。周辺の深海にも浮体式なら対応できる。日本でも最初の数年間は浅瀬での着床式の開発が進みますが、いずれ浮体式が必要になる。浮体式は設置場所を沖合から遠く離せるため、風車が視界を妨げ、環境に影響する度合いも下がり、同時に風力も強くなります。
いま国際会議では、着床式から浮体式への移行が話題です。地球環境から見て、着床式に適している海域は世界の2割ほどで、8割は浮体式に向いているからです。日本はアジアで最も浮体式の可能性を秘めており、世界でも有数の候補地でしょう。私たちは日本にもスタッフを置いて8件ほどの候補地を検討中で、事業パートナーを探しています。
ーー日本では地震や台風が頻発し、津波が起こることもあります。厳しい自然環境でも浮体式は可能ですか?
もちろんです。地震や津波には、浮体式の方が着床式より対処できます。海底に固定されていないからです。固定されていると地震で土台が動いてしまいますが、浮体式には柔軟性があり、耐えられます。津波は陸に接近するときに高くなりますが、沖合での海面上昇は小さい。津波や地震、高潮から受けうる衝撃は、陸に近い方がはるかに大きくなる。とてもシンプルな回答です。浮体式の洋上風力は、他の再生エネルギー分野よりも耐性は高いと考えています。
ーー英国のジョンソン首相は「風力のサウジアラビアになる」と目標を掲げています。
英国の2030年までの洋上風力の発電能力目標は30ギガワットでしたが、最近40ギガワットに引き上げられました。着床式だけでは実現できないので、浮体式の開発許可を出すようになったのです。これは日本にも当てはまるでしょう。再エネ発電で大きな目標を掲げ、それを達成するには、洋上風力に注力する必要がある。十分な浅瀬がないので、浮体式の導入を考えなければならないでしょう。
ーー野鳥への影響などを懸念する声があります。
浮体式であれば沖合に出ることが可能で、遠くに出れば出るほど、野鳥は減ります。風車に監視カメラを付けて調べてきましたが、政府や行政機関の予測よりも影響は小さいことがわかっています。浮体式プロジェクトでは、地元コミュニティーと協力し、環境への影響についての理解を深め、地元政府の理解が不可欠。これらに時間をかけた上で実行する必要があります。