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公正な社会求め経営陣に要求、GAFAから生まれた新たな労組像 世界に広がる

World Now 更新日: 公開日:
米シカゴにあるグーグルの前に立つ、グーグル社員らでつくるアルファベットワーカーズユニオンのスティーブン・マクマートリー執行役員=2023年11月、藤崎麻里撮影

「利益の最大化より社会の幸せや環境優先」

活動しているのは、グーグル社員らによるアルファベット労働組合(AWU)だ。AWUは2021年、「利益の最大化より、社会の幸せや環境を優先しなければならない」とスローガンを掲げて発足した同社初の労組。非正規も含めたグーグル社員と下請け企業で働く従業員ら約1400人が参加する。

その10年前から、グーグルでは社員が経営に対して声をあげるようになった。国防総省からAI開発を受注したことに対して、今後は戦争に使われる技術を開発しないことを約束するよう求めるといった運動を積み重ねてきた。

それを労組という形に結実させたのはなぜか。執行委員スティーブン・マクマートリーさん(30)は「(社会運動の)力の結集をもっと恒久的にしたかった」と話す。

組合員は北米各地に分散しているため、活動はもっぱらオンライン上で行われることが多い。昨年1月、オンラインの会議ツール上で、メンバーの女性が「(会社が示した)解雇についてどう感じている? チャット欄に書いて」と呼びかけると、すぐにつぎつぎとメッセージが寄せられた。

会社が解雇を発表した後、アルファベットワーカーズユニオンは、オンライン会議システムで意見を聞いた。そのシステムが許容できる人数を上回ったため、YouTubeでもライブストリーミングしたという

世界をリードするIT企業だが、自社のサービスはほとんど使わない。執行委員スティーブン・マクマートリーさんは「AWUはソフトウェア開発者が多いので、セキュリティーとデータ保護の重要性は認識している。重要な資料を雇用主からある程度隔離することは良い習慣だ」と話す。

ITやサービス産業が盛んになり、働き方も多様になる中、労組に加入する人はなかなか増えず、組織率も低い状況が続いてきた。AWUの動きは、この10年ほどの米国の若い人を中心とした社会運動に対する前向きな姿勢の現れだ。

2010年代、オキュパイ・ウォールストリート(ウォール街占拠)、ブラック・ライブズ・マター(「黒人の命は大切だ」)といった社会運動が盛んになった。最近過去2回の米大統領選の予備選挙には民主社会主義を掲げるサンダース上院議員がリベラルな若い層をひきつけ、SNSで活動が広がっている。

IT技術者のマクマートリーさん自身、社会運動をしたいという思いもあってグーグルに入社した。

アルファベットワーカーズユニオンのメンバーらがピケを行っている様子=アルファベットワーカーズユニオン提供

一方で、雇用に対する待遇の改善といった、労組がこれまで取り組んできた活動に対しても積極的になってきた。2023年1月、グーグルが世界で約1万2000人を解雇すると発表したからだ。これを受け、AWUには一気に約200人が加わった。

マクマートリーさんは「かつてはIT業界も転職がさかんで、多くが起業を夢見ていた。でも『解雇』に直面し、今いる職場を改善することが大事だって気付きも生まれている。若い世代の間で、労組をつくることへの関心が再燃している」と話した。

下請けの従業員含め結成 AI規制についても発言

AIの登場で労働市場に影響を与えているが、AIを生み出すIT業界の雇用も例外ではない。

2023年9月、米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)は、AI倫理について議論する米議会の公聴会で発言しているAWUの組合員エド・スタックハウスさんの動画をXに投稿した。「AIの安全性について、とくに労働条件の観点からの話し合いをしたい。対話をつづけて、労働条件を改善することで、AI商品の改善にもつなげたい」

スタックハウスさんは、自らをソフトウェア開発の技術者でなく、検索やAI品質の評価者であると説明。受け取っている賃金も社会保障も「適正ではない」という。

IT業界の仕事も、プログラム設計の仕事ばかりではなく、「幽霊労働者」と呼ばれるAIの検索アルゴリズムやチャットボットの訓練といった裏方とされる仕事に支えられている。しかし、AIによって将来的にはそうした仕事がなくなる可能性がある。スタックハウスさんは政策担当者に「あらゆる労働者にとって公正であるべきだ」と訴えた。

政府では来春に向けてAI規制の議論が進んでいる。マクマートリーさんは「ワシントンの政策の現場で声をあげられたのは、労組があるからだ」という。

グーグル社員らでつくるアルファベットワーカーズユニオンのスティーブン・マクマートリー執行役員は、下請けの社員もふくめて労働組合をつくることについて「業界の全体像が見え、自分の仕事の領域以外も理解し、ともにたたかうため」と話した=2023年11月、米シカゴ、藤崎麻里撮影

ただ、AWUは米国の法律では、企業との団体交渉権は認められておらず、少数派労組という位置づけだ。団体交渉権を得るには、米政府の全米労働関係委員会(NLRB)の監督下で行われる従業員投票で過半数の支持が必要だ。

国では団体交渉する職場単位で労組を結成するのが一般的だが、AWUは下請け企業で働く従業員も含めて結成した。公正さを掲げる労組としてともに闘う姿勢を貫く。

米国の労組に詳しい明治大の山崎憲准教授は「AWUは『今までの労組じゃない』と掲げ、声をあげる存在として活動する。これは米国で出てきている最も新しい姿だ」と話す。

新たな権力の一翼ともいわれるGAFAの中から、社会運動を通じて既存の労組の枠組みを問い直し、広げる挑戦が始まっている。

結成後、会社へ団体交渉の申し入れにいく、グーグルジャパンユニオンのメンバーら=グーグルジャパンユニオン提供

日本、韓国のグーグルにもユニオン 連携し活動

世界企業のグーグルにあって、日本で働く人たちにも影響している。

「世界で6%の解雇」が発表された昨年1月、日本のグーグルで働くソフトウェアエンジニアの橋本良さん(37)も不安にかられた。

2012年に新卒で入った後、グーグルには労働組合がないことを知った。でもそれが気にならないくらい風通しが良かった。ただ、次第に、お祭り騒ぎだった時代から産業が成熟するなかで、社内で自由闊達(かったつ)に話し合う空気が失われてきたようにも感じていた。

解雇発表から1週間たっても、なにも動きは生まれなかった。だから関心をもった人たちと日本の労働法についてメールで共有するようになった。そのうち社内のチャットで、AWUが会社外でやりとりできるチャットスペースを開放し、国ごとに専用のスペースがもうけていることを知った。そのチャットスペースで、日本で働くグーグル社員で問題意識が重なる人たちと出会い、日本での労組結成に向けて動きだし、橋本さんが委員長になった。

昨年2月、アマゾンの働き手の労組支援もおこなう東京管理職ユニオンと出会い、会社とどう対峙(たいじ)するのかといった、これまでの労組の経験に基づいたアドバイスを受けた。

いま、リストラ対象となった人たちの雇用は維持されているものの、それまでとは違う仕事をさせられているという。

橋本さんは「そうした仕事の中にはあまり重要ではないとされる仕事も多く、人事評価が下がり上司らからは今年のボーナスの額が下がるだろうとすでに言われている人たちが多くいる」と話す。

かつてグーグルは障害者とのかかわりや活動を大事にしていたが、こうしたことは評価の対象ではなくなっているともいう。組合ではこうした一つひとつを会社と協議し、解決を目指す。

日本で働くグーグル社員らでつくるグーグルジャパンユニオンは8割以上が外国籍で、組合活動は英語で行っている。橋本良代表が、労働法制について英語に翻訳しながら協議している=2024年1月、東京都新宿区、藤崎麻里撮影

日本のグーグルでは、経営陣も参加する全社員集会がある。そこで労組ができた昨年から、経営陣に対して厳しい質問も出るようになった。橋本さん自身もリストラのありかたなどを質問した。

「労組を通じて同じ問題意識を持つ人たちに出会えた。つながりが生まれて、自分ひとりじゃないと思えるからこそ、そうした質問ができる」。そうした活動の積み重ねによって、少しずつ以前のような自由に話し合えるグーグルに戻ってきた手ごたえは感じているという。

昨年4月に隣の韓国でもグーグルで働く人たちの労働組合が生まれた。グーグルのユニオン、略して「ギュニオン」の愛称で120人が参加する。

橋本さんは「日本の動きに影響を受けた」といわれたことが励みになったといい、オンライン上で会議をするなど、連携も深めている。

韓国だけではない。組合員の一人、上野クリスさんは英語が母語で、AWUや欧州の労組とも情報を交換している。それぞれ労働法制は異なるが、会社側の対応や各国の労組の動きをみながら日本での対応方針を決められるからだ。

橋本さんは「今年ももうリストラの動きが出てきている。当面は解雇に対応せざるを得ない。でも将来は公正な社会の実現のための要望なども目指していきたい」と話す。