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HRテクノロジーで激変する人事評価の世界 AIとウェットさ、どう折り合い

World Now
詳細な評価情報が並ぶ「オラクルHCMクラウド」のデモ画面(日本オラクル提供)

■社内タレントをAIが分析

サンフランシスコから南に約40キロ。シリコンバレーの新緑の中で人工池の周りを散歩する社員たちは、のんびりしていた。世界で14万人近い従業員が働くIT大手オラクルの本社。東京ドームが四つ入る広大な敷地には人が多くない。超フレックスな働き方が当然になっている。

東京ドーム四つ分の広大な敷地の中にたちならぶオラクル本社のビル群

オラクルでは、勤務時間や給与管理などの基本的な人事業務に加え、従業員の能力や実績、教育や評価などを「HCMクラウド」と呼ばれる自社開発の世界最先端システムで一括管理している。人的資源(Human Resources)を管理する技術は、HRテクノロジーと呼ばれる。最近では、AIも一部活用されている。

「半年ごとに長期休暇をとってきた社員が7カ月間働きっぱなしの場合、傾向の変化をAIが察知し、上司に伝える。仕事や私生活で問題があるかもしれない。上司は従業員との会話を促される」

説明したのは、システム開発を主導する製品戦略担当トップのグレッチェン・アラルコン。この分野で世界的なインフルエンサーとして知られ、自ら聞き取りした顧客の要望をシステムに反映してきた。

インタビューに答えるオラクル幹部のグレッチェン・アラルコン

オラクルのHCMシステムは200カ国、5000社以上で利用されている。多言語対応も同社の強みだ。それではと、日本語版のデモ画面を見た。最も驚いたのは、従業員たちに対する評価分析画面だった。

評価別に9分割された枠に「タレント(人材)」と記された社員23人の名前が顔写真つきで散らばっている。最高の「トップタレント」枠には3人。最低の「ミスマッチタレント」枠には1人。このほか、「業績不安定タレント」「堅実なタレント」などの枠がある。「伸び盛りタレント」枠の1人を拡大すると、「パフォーマンス:現在の評点4、ポテンシャル:現在の評点3」などの詳細データが現れた。上司が入力した社員の評価情報を、AIが分析処理したものだ。この評価分析を参考に配置転換や後任計画、選抜教育などが決められる。

また、こんな機能もある。新入社員を採用する場合、新たな人材を必要としている部署ごとに詳細な採用条件を示した職務内容を社のホームページで公開する。条件にあったレジュメを入社希望者が電子データで送信すると、AIが内容の「マッチ率」を自動計算して、高い順に入社希望者をリストアップ。これを参考に企業は選考する。オラクル社内では、公募内容が社内の従業員にも同時公開され、上司に相談せずに応募できるという。

オラクルHCMクラウドのデモ画面。様々な分析データの図表を取り出すことができる(オラクル提供)

AI技術は今、データの蓄積が豊富にあれば、かなりの傾向分析が可能になった。例えば、睡眠時間や心拍数、運動量、歩数などを自動で記録するスマートウォッチなどのデバイスからデータを連動させれば、朝型、夜型といった特定の従業員の効率があがる勤務時間帯を割り出すなどの細かい分析は技術的に不可能ではなくなってきている。

AIにキャリアを決められるなんて恐ろしい!

そう話したらアラルコンは「私もそう」と笑った。

「AIが全てを決めるなんてあり得ない。参考情報の提供や助言が目的で、最終評価は必ず人間が行う。原則です」

実際に、採用時のマッチ率もあくまで参考データの位置づけ。採用面接を通じ、転職率や対話能力などを考慮した末の総合判断に基づき最終評価をするのは人間だ。マッチ率1位が採用されないことも普通にあるという。

求めればAIによる完全自動判断は可能かもしれないのに、そうはしない。この分野で世界を率いるアラルコンの言葉に、少しほっとした。ただ、オラクルのHCMシステムに、どんなデータを入れ、どう使うのかは、実はクライアント次第なのだ。

■「人」の重要性に回帰

会社が求める業績にあわせて年初に個々の目的を設定し、達成具合で年末に実績を評価する米国の制度では、結果に応じて従業員がレーティング(格付け)されてきた。実績の低い人間は解雇もあるドライな仕組みだ。ところが、年1回の目標設定では、IT時代の急速なビジネス環境の変化に対応できなくなった。従来型の格付けに意味がなくなり、評価制度を廃止する企業が出てきた。GEやIBM、マイクロソフトなどだ。

こうした企業は社員の格付けをやめ、管理職と従業員の対話を日常化させた。日々変わるビジネス環境に、臨機応変に対応するためだ。従業員の能力を引き出すため、社員の支援、育成にも力を入れ、会社全体の業績向上をめざす。「エンゲージメント」と呼ばれる、双方向の関係に基づく仕組みの模索だ。「結局は人が重要」との認識に回帰したもので、その実現にHRテクノロジーの活用が期待されている。

「従業員はタレントで、その成長が企業の成長になる。従業員が『この会社のために頑張りたい』と思える環境を作り出すことが大切です」とアラルコン。このエンゲージメントを深化させるHCMシステムづくりが、今のオラクルの最大の焦点だという。

使い続けるだけの人的資源(HR)ではなく、投資するための人的資産(Human Capital=HC)が従業員だという意識への変化だ。

HCMクラウドでは、社員の業績や能力のデータ分析により、それぞれの適性にあった、スキル向上に役立つセミナー情報などが従業員に送られてくる。上司に対しては、従業員の能力維持や向上に役立つ助言が与えられる。従業員の能力が、より生きる可能性がある業務領域を提案するのもAIだ。その結果、個人の実績もあがり、実績に基づく個人への評価もあがるという好循環へのシフトが期待されている。

「力の均衡が、雇用主から従業員にシフトした。企業には、そうせざるを得ない状況がある」。企業分析の専門家ジョシュ・バーシン(63)は、変化の背景を、そう話す。

IT時代にビジネス環境の急激な変化が起きていることなどを背景にして、企業と従業員の力関係が逆転してきたと語るジョシュ・バーシン

堅調さを維持する米国経済では、5月の失業率が3.6%と歴史的な低水準が続く。需要の高いITなどの成長産業では人材不足が深刻だ。2000年代に大人になったミレニアル世代は、離職率も高い。米ギャラップ社の世論調査では16年時点で、ほかの世代の約3倍にあたる21%が過去1年に離職を経験。60%が常に転職を考えていると答えた。

「優秀な人材を多く、長く確保しようと企業は躍起だ。報酬を改善し、働きやすさを整え、社員の幸せを重んじる。そうしないと競争力を維持できない」

そうバーシンは分析している。ただ、問題点も指摘した。

「求められる人材と、そうでない人材の二極化が進み、給料格差がこれまで以上に開いていく」

■日本、「ウェット型」の進化を模索

HRテクノロジーの波は、日本にも押し寄せ始めている。

5月9日、東京駅近くのビルで「HRテクノロジーカンファレンス」が開かれた。HRテクノロジーの導入といった人事部の課題を議論する企業向けシンポジウムだ。広い会議室は企業の人事担当者らで埋まり、関心の高さをうかがわせる。

「HRテクノロジーカンファレンス」には、多くの人事部関係者らが集まった

「感覚値ではあるが、終身雇用で右肩上がりで日本の企業のほとんどが成長していた時代には、日本の雇用モデルはうまくいっていたのかもしれない」

講演者として登壇したソフトバンク人事本部副本部長の源田泰之(45)は、筆者の取材にそう語り、さらに続けた。

「いま日本企業がグローバルで圧倒的に存在感がなくなる中で、世界では新たな企業がどんどん出ている。そうした企業の人事制度や給与体系は、従来の日本モデルと異なる。日本でも変わらないといけないと危機感が出ていると感じる」

ソフトバンクの源田泰之

実際に日本の企業トップらからも「日本型雇用」に対する厳しい発言が聞かれるようになった。

5月7日には経団連会長の中西宏明氏(日立製作所会長)が記者会見で、「制度疲労をおこしている。終身雇用を前提にすることが限界になっている」と発言。同13日には、トヨタ自動車の豊田章男社長も続き、「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入っているのかと思う。多様化が進んでおり、やりがいのある仕事につけるチャンスが広がっている」。その10日後の23日には、日本商工会議所の三村明夫会頭が「若い人たちの離職が多く、企業もリストラも進めている。安定した状況は難しくなっている」と話した。

企業と従業員の時代に則した新たな関係を模索する企業が増える中で、ソフトバンクでは、HRテクノロジーを使った試験的な取り組みを進めている。AIを使い、社員の思考からどんな仕事に適性があるかの傾向を見る。その日の社員の状態と業務効率の相関性を分析する。協力に応じた社員が対象の試行段階なので、配属や評価での実用化はしていない。2017年からは、新卒採用のエントリーシートの分析に米IBMの人工知能ワトソンを採り入れ、選考判断に活用している。

HRカンファレンスでは、データ取得の正当性やAI評価で不利益を受けた場合の社員への説明責任など、データの扱いに関する質問が多く出た。源田は「人事が個人データを取得することを気持ち悪く思う社員はいる。どんなデータを何に使うのか。クリアに社員に伝えることを大事にしている」と応じた。

使うテクノロジーは似ていても、取得するデータや活用法には、国ごとの文化が反映される。米国では取得データの内容や目的は、尋ねられて初めて説明する傾向が強い。技術の導入議論と並行して従業員の権利や説明責任を強調する姿勢に、日本らしさを感じた。

勤務時間や給与管理、採用などの人事業務の効率化でHRテクノロジーを活用する企業は日本でも増えているが、AIを駆使して社員の能力や会社の業績の向上を図るソフトバンクのような取り組みは、まだまだ先進的だ。

ソフトバンクでは、同じ部内の複数の管理職の人間が部全体の一人一人を評価しあう会議を定例化している。多階層で評価会議を重ねることで、「何段階にもわたって人が見て評価できるのが強み」という。

多くの人が評価に介在することで、実績の数字からは見えない陰の努力や未来の成果につながるような行動への評価も自然と考慮される。人間を人間らしく評価する「ウェットさ」は、テクノロジーが進歩しても変わらない日本の良さと言えるのかもしれない。

「誰から見ても公平、公正な評価はないと思う。だからこそ、納得感のある評価が大事になる」と源田。「背景には、いい人材が会社をつくるという意識がある。企業と人の関係性はよりフラットになっていくと思う」。ソフトバンクに限らず、多くの日本の企業にも急速に浸透しつつある意識の変化だという。