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給料は見せ合い、不満は上司に直言 日本人が中国で驚いた「企業文化のギャップ」

World Now

上海で3年ほど働いた経験のある井上加菜さん(33)は、日本と中国の職場環境の違いを経験したひとりだ。

井上さんは日本の貿易会社で働いた後、2011年に上海に渡った。現地のショッピングモールに進出した日系洋菓子店で、マネジャーとして20人ほどの中国人と働いた。多くは地方出身の出稼ぎの女性で、子どもを育てるために必死で働いていたという。

なによりまず驚いたのが、従業員全員が、給料の金額を見せ合っていることだった。

「給料などの評価に不平、不満があれば、上司に直接言ってくる。同僚同士の蹴落とし合いもすごく、同僚の悪口を私たちに訴えてきた」。まわりの従業員たちは、組織の中で誰が権力を握っているのかを常に見極め、「権力者」に直接訴えてきたという。

中国で3年働いた井上加菜さん。上海時代の職場の「裏ボス」的な中国人女性は「すごい怖いけど、部下をすごい褒めた」という。今はフリーランスで広報の仕事をしている

さらに、多くの文化的な違いにも直面した。

「中国はとにかくメンツの世界。従業員を人前で怒らない、褒める時は人前でめちゃくちゃ褒めることを心がけた」。従業員たちは感情をストレートに、オープンに出してくる。井上さんも謙遜などをせず、彼女たちの手法に合わせるように努めた。

「日本ではお土産を渡すとき、『つまらないものですが』というが、中国では『そんなつまらないものを寄越すのか』となる。めちゃめちゃ価値のあるものですよ、と言う必要がある」という。

だが、そんな環境で働くうちに、井上さんは働く中国人女性のたくましさに感心するようになった。

「上海には『女強人』という言葉があるくらい、女性が男性より強いイメージがある。専業主婦は少なく、寿退社もなく、一生働く。日本人より優秀と思える人も多い。のんびりした日本の状況が、めちゃめちゃまずいんじゃないかと思えてきた」

■「石の上にも三年」は通じない

日本に拠点を置く中国人ジャーナリストの莫邦富さんは、激しい競争や実力主義が、グローバル市場での中国企業の存在感を高めてきたとみる。実力がある社員は若くても抜擢され、責任ある役職にもチャレンジできる。

「日本企業では『石の上にも三年』というのがあるが、中国人従業員の日本企業に対する最大の不満が、この石の上にも三年。日本では何年も働いてようやく係長になるが、外資系で同じように努力すれば、小さな部署のマネジャーになれる」。莫さんはそう指摘する。「レノボのトップの楊元慶さんは、32歳で副社長に抜擢され、36歳で社長になった。日本ではあり得るか? 中国では当たり前でやっている」

長年にわたり中国企業を取材してきたジャーナリストの莫邦富さん。「中国企業の大半は1980年代以降に生まれ、企業自体が若い。急速に成長している企業では、技術がわからない年上の人が入る余地がない」と話す

莫さんによると、中国では改革開放時代になってから、米国の評価体制が入ってきた。米国流だと個人主義に走り、チームワークがなくなってしまう。日本の評価制度なども採り入れて試行錯誤しながら、「今世紀に入ってだんだん定まって、ある種のモデルができてきた」という。

「日本企業のトップの多くは、日本はまだ大きな船だという安心感をずっと持っている。その安心感を持ち続けている間は、自分にメスを入れて、改革などをやるはずがない」。莫さんはそう警告する。「中国企業では働く時間も長く、勉強する時間も多い。日本はもう負けている。落ちるところまで落ちて、再生するしかない」と手厳しい。

■基準の明確さが大事

評価制度や文化の違いから、中国人の部下をマネージする難しさを痛感した人もいる。

派遣会社ワンストップ・イノベーション(OSI)グループ(本社東京)の大内卓・代表取締役は、前職で働いていた2010年代前半、中国・上海で現地に進出した日系アイスクリーム店の店舗運営にかかわった。12人ほどの中国人従業員のマネジメントを任されたが、最初は思うように指示を聞いてくれなかったという。

「私が日本式のオペレーションを持ち込んで指示を出しても、全くうまくいかなかった。だが、中国人のスタッフが指示を出すと、私よりうまく回っていた。頭をガツンとやられた経験だった」。大内さんはそう振り返る。

中国人従業員を教育し、日本企業に派遣するビジネスを手がける大内卓さん。インバウンドの急増で「おかげさまでニーズが多い」という

たとえば、アイスクリーム店の流し台の整頓を指示する際、「きれいにして下さい」と指示していた。だが、「中国人と日本人の『きれい』という概念が全く違った」(大内さん)。「きれい」な状態の流し台の写真を撮って壁に張ったところ、ようやく理解されたという。
 給料をめぐってもトラブルがあった。販売や接客の経験を持つ人を採用した際、ほかの従業員よりも月給を5000円ほど高くすると、それを聞きつけた従業員から「何であいつのほうが給料が高いのか」「納得いかない」などと詰め寄られた。経験によるスキルの違いや、具体的にこうしたスキルを身につけたら給料が上がるなどと説明して、何とか受け入れてもらえたという。

「日本の企業では、評価基準がかなりボヤっとしていた。基準の明確さ、誰がみても同じ評価をするぐらい明確にしないとダメだった」。大内さんはそう話す。「指示の出し方、動機付けのやり方次第で、全く同じ人が全く違う働き方を即座にする。次の日から何も言わなくても、めちゃくちゃいきいきと働いていたのを実体験で見せつけられた」

そんな経験から、大内さんが日本に帰国後に立ち上げたのがOSIグループだ。日本に働きに来る中国人向けに、日本で働くうえでのスキルを教え、日本企業に中国人を派遣するビジネスを手がける。外国からのインバウンド客が急増するなか、日本の百貨店や衣料品店などに中国人従業員を派遣している。

■「日本流」好きな中国人も

大内さんの会社の中国人従業員のなかには、日本の職場環境のほうがいいという人もいる。

中国出身の兪依敏(ユ・イビン)さん(23)は、福建省の海沿いにある福清市の高校を卒業した後、2014年に日本に来た。日本は中国から近いことに加え、小さい頃から「肌が白くない」といじめられていたことなどが、母国を飛び出す背中を押したという。

中国・福建省出身で、日本で働く兪依敏(ユ・イビン)さん。「将来は日本語、中国語を生かして、教育など他の仕事もやってみたい」と話す

東京の日本語学校で勉強した後、メイクの勉強のために美容の専門学校に通った。今では、OSIグループの社員として、羽田空港にあるカネボウの化粧品売り場で派遣社員として働く。いまの月給は23万5000円。福建省では同じような仕事の月給は10万円ほどという。

「中国の会社では、先輩、後輩関係なく、優秀な人が昇進していく。戦争のようだった。負けた人はクビにされた」。兪さんは中国でアルバイトとして働いた経験からそう話す。だが、日本に来て最初にやったアルバイトで、全く違う職場の環境に驚いた。「先輩が後輩に教えてくれて、みんな親切だった。中国ではわからないことがあっても教えてくれることはなく、自分で勉強するしかなかった」という。

「中国では個人主義だが、日本では会社全体で、一人でできなくてもみんな一緒にやっている。日本ではチームワークが強く、日本のやり方のほうが好き」。兪さんはそう話す。

さらに、中国では女性が結婚しても仕事を続けるのが当たり前だが、兪さんは自分が将来結婚することを考えると、子育ての環境は日本のほうが安定していると感じているという。

「日本の女性は結婚すると、仕事をやめて子育てに専念する人も多い。働きながら子育ては大変で、自分も仕事だけではなく家庭のこともやりたい」

そんな兪さんにも、日本の「壁」はまだ多い。

兪さんは働きぶりが認められ、カネボウから契約社員にならないかと誘いを受けた。だが、派遣社員のままでいることに決めた。今だと20万円ぐらいある手取りの月給が、契約社員になると14万円ほどに下がってしまうからだ。契約社員になると、契約期間が1、2年などと短くなってしまい、ビザを取るのも難しくなるという。

大内さんはこう指摘する。「そこが(日本の)人事制度の壁だと思う。現場の人からは働きぶりが評価されているのに、契約期間という壁を取っ払うことができない。業務に慣れている外国人を登用したほうが、教育コストを考えるとお互いハッピーになれる。いまの制度は外国人をうまく活用するのにフィットしていない」