昨年末、欅坂46で活躍した平手友梨奈のHYBE JAPANへの移籍が発表された。周知の通り、BTSの所属プロダクションの日本支社だ。今後は同社が立ち上げた新レーベル・NAECO(ネイコ)で活動をする予定だ。
HYBEは、BTSの活動停止を見越してこの3年ほど拡大戦略を続けてきた。国内では複数の企画会社(芸能プロダクション)を買収してアーティストのラインナップを拡充し、アメリカではジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデのエージェンシーであるイサカ・ホールディングスを買収して、HYBE AMERICAを設立した。
日本でも、12月に9人組の男性グループ・&TEAM(エンティーム)をデビューさせ、今年はLDHと手掛けた「CDL ENTERTAIMENT」からガールズグループがデビュー予定だ。平手のヘッドハンティングも、日本における拡大戦略のひとつに位置づけられる。
平手は、欅坂46時代からその能力が高く評価されていた。そのダンススキルや存在感はグループでも群を抜いており、彼女の脱退後に欅坂46は櫻坂46に看板を替えたほどだ。2020年のグループ脱退後は俳優業に軸足を移していたが、HYBE移籍によって音楽活動をより本格化する可能性がある。
平手にとっても、HYBE移籍は魅力的だったはずだ。グループ脱退後にソロとして2曲をリリースしたが、ともに十全なプロデュースとは言い難い出来だった。なにより、従来のプロダクションでは海外へアプローチするルートもない。
プレスリリースでは、この移籍によって平手の活動が「日本を超えて、グローバルなステージへと拡がる」とHYBEはアピールする。日本のプロダクションが苦手とするグローバル展開は、K-POPにとっては当然のことだ。
スタバの「抹茶ラテ」同様、K-POPは日本で「現地生産」の段階へ
K-POPのプロダクションが、日本で人材を発掘し現地で生産する方法=ローカルプロダクションを活発化させたのは最近のことだ。JYPエンタのNiziUをはじめ、LAPONE(CJ ENM傘下)のJO1(ジェイオーワン)とINI(アイエヌアイ)、FNCエンタのPRIKIL(プリキル)などがそれにあたる。
これは、21世紀以降に強まった日本におけるK-POP展開の4段階目に位置づけられる。BoAや東方神起による市場開拓から始まり、少女時代やKARAによる市場定着、そしてBTSやTWICE、BLACKPINKによる市場拡大を経て、現在は現地生産の段階に来ている。
なかでもNiziUを生んだ「Nizi Project」(2020年)は、その方法論も含めて大きなインパクトを残した。それはJYPのコンセプト「GLOBALIZATION BY LOCALIZATION」の実践だった。グローバル企業が、現地で独自に生んだ新たなプロダクトをグローバルに展開する──スターバックス・コーヒーの抹茶ティーラテと同様の展開をK-POPは構想している。
平手の移籍もこのローカルプロダクションの一環だ。HYBEが平手を「『NAECO』の記念すべき一人目の所属アーティスト」と強調するように(『PR TIMES』2022年12月21日)、今後同レーベルは拡充されていくことが予想される。
前述したように、HYBEはM&Aでラインナップを充実させてきたが、同時にヘッドハンティングも繰り広げてきた。fromis_9(プロミスナイン)をグループまるごと引き抜き、LE SSERAFIM(ルセラフィム)も解散したIZ*ONE(アイズワン)のサクラ(宮脇咲良)とキム・チェウォンを移籍させて結成した。現在、世界的な大ヒットを見せているNewJeans(ニュージーンズ)のプロデューサーであるミン・ヒジンもSMエンタからの移籍だ。
こうしたHYBEが、平手に続いて有望な人材をさらにヘッドハンティングする可能性は高い。昨年11月にYGエンタのTREASURE(トレジャー)から脱退したバン・イェダムとマシホ(髙田真史帆)、今年5月にKing & Princeを退所予定の平野紫耀や岸優太、そして年内のグループ卒業が噂されるAKB48(元IZ*ONE)の本田仁美、IZ*ONEを生んだオーディションのファイナリストだったAKB48の下尾みうなど、今後の動向が注目される者は少なくない。
YouTubeや配信への対応に出遅れた日本 人材が韓国に流出
平手の移籍に限らず、日本出身者がK-POPで活躍することはもはや珍しくない。それがわかりやすく顕れたのは、昨年大晦日の『NHK 紅白歌合戦』だろう。TWICEとIVE(アイヴ)、LE SSERAFIMの3組のK-POPグループが出場したが、そのメンバーは20人中6人が日本出身だ。さらに、K-POPプロダクションの日本支社が生み出したNiziUとJO1も出場した。
韓国にわたって現役で活動する日本出身者も、筆者の調べでは現在60人以上にものぼる。それは日本の多くの人材が韓国のプロダクションに流出していることを意味する。
もちろんこれはK-POPとJ-POPの勢いの反映だ。こうした差が生じた背景はさまざまにあげられるが、それはインターネットによって大きく変わったメディア環境への適応と、それにともなう産業構造の転換の2点に集約されるだろう。
早い段階からミュージックビデオ(MV)をYouTubeで公開するなど、K-POPは新しいメディア環境にしっかりと適応した。それは2010年前後のアジア圏における少女時代の浸透や、2012年のPSY「カンナム・スタイル」の世界的大ヒットを経て、BTSにつながっていく。
逆に日本はここで大きく出遅れた。YouTubeにMVをフルで流すことは、2018年頃までさほど積極的ではなかった。フル尺を公開したきゃりーぱみゅぱみゅがグローバルヒットしたことはあったが、それは例外的だった。
また、CDセールスにこだわってストリーミング配信にも出遅れた。AKB48や坂道グループを中心に、特典(握手会等)をつけることによるCDの複数枚購入を常態化させた。また、ジャニーズ事務所やハロー!プロジェクト(モーニング娘。など)のグループは、その多くがCD売上の減少を恐れていまもストリーミング未解禁だ。
結果、日本の音楽産業はかなりいびつな状態となっている。音楽産業上位5か国で、いまもCD売上に依存しているのは日本だけだ。同時に、グローバルの音楽産業がストリーミングへのシフトによって2014年を底に回復しているのに対し、日本は停滞が続いてきた(ただし、2022年は久しぶりに回復する見込みだ)。エンタテインメントも日本はDX(デジタル・トランスフォーメーション)がかなり遅れている。
ジャニーズの「海外進出やってる感」 キンプリメンバーが脱退
インターネットメディアは、エンタテインメント産業の構造的な変化も迫り続けている。YouTubeに代表されるように、動画や音楽コンテンツはインターネットでグローバルに流通することが(良し悪しはともかく)当然となったからだ。
それが本格化したのは、スマートフォンとSNSが普及する2010年代に入ってからだ。2015年9月にNetflix、2016年9月にSpotifyが日本でもサービスを開始するなど、日本のコンテンツも段階的にグローバルな競争に直面するようになる。それによって相対化されたのは、各種メディア企業だ。具体的には、テレビ局、レコード会社、そして芸能プロダクションなどだ。
従来の日本では、複数のメディア企業が小さくない内需を互助会的に分配して謳歌してきた。それがピークに達したのは1990年代だ。音楽で言えば、たとえばドラマの主題歌に曲をブッキングして露出を確保するかわりに、原盤権(音源の権利)をテレビ局(の音楽出版社)に分け与える慣行がいまも続いている。メディアが希少だった時代には、それは大きなアドヴァンテージだった。
アイドルで言えば、地上波テレビに冠番組を持つことで露出を確保して音楽売上につなげた。俳優業やタレント業にも積極的なのは、音楽のクオリティを高めなくとも地上波テレビで露出さえ確保すれば十分なヒットが見込めたからだ。
いまはそうした時代が終わりつつあるということだ。だが、なかにはジャニーズ事務所のように従来のビジネスモデルからなかなか離れられない会社もある。昨年Travis Japan(トラビス・ジャパン)がストリーミング配信でデビューしたものの、ジャニーズのほとんどはまだCDセールスに依存している。シビアに再生回数が判断されるストリーミングでは、一部の熱心なファンを超える音楽人気が必要とされる。ジャニーズはそこで結果を出す自信がないのだろう。
King & Princeの3人が海外志向を理由に脱退するのも、おそらくこうしたジャニーズの内向きな姿勢によるものだ。かなり本格的なダンスミュージックを見せ、なかには全編英語詞の曲もあるがそれはストリーミングでは配信されない。こうした「(国内向けの)海外進出やってる感」も、とても前時代的だ。
ジャニーズ事務所は、このようにしてレガシーメディアに影響を受けない若いファンを取り逃がし続けている。これがさらに続けば、致命的なダメージにもつながるだろう。新たな技術による破壊的イノベーションが生じた際、それまでに成功していた企業ほど、従来のビジネスモデルにこだわって失敗する──典型的な「イノベーションのジレンマ」にジャニーズは陥っている。
さらなるヘッドハント予想 2023年は大きな転換の年に
エンタテインメントにおける現在の韓国と日本の関係は、やはり非常に対照的だ。積極的にグローバル市場に乗り出していまやアメリカに次ぐ存在感を示しつつある韓国に対し、従来の方法論からの脱却を進められずに停滞し続ける日本──歴史的にも深い関係を持つ東アジアのふたつの大国の明暗が分かれている。それは新たなメディア環境への適応と、それにともなう産業構造の転換速度の結果である。
深刻な状況の日本でも、こうした停滞から脱却する動きも見られつつある。SKY-HI(日高光啓)は音楽事務所BMSGを興してBE:FIRSTをヒットさせ、LDHはHYBEと組んで「CDL ENTERTAIMENT」を進めている。順調にヒットしているavexのXG(エックスジー)も、韓国で活躍したJakops(Sakai Simon)によるプロデュースだ。
そして2023年は、さらに大きな転換が見られる可能性もあるだろう。コロナ禍は終わりつつあり、音楽売上では早ければ今年にストリーミングサービスのシェアがCDセールスを上回る。そしてHYBEは日本の有力なタレントをさらにヘッドハントして、状況を活性化させる可能性が高い。
日本のエンタテインメント産業が自力で変化を遂げられなかったのは残念だが、隣国が優秀だったのはむしろ幸運なことかもしれない。