【アメリカIT業界で働く①】仙台から米テック企業へ 「仲良くなりたければメシを食え」
ソフトウェアエンジニアとして、通算で25年間にわたってアメリカで働いてきた。
サンフランシスコベイエリア(いわゆる「シリコンバレー」とその周辺)で10年、シアトルエリアで15年。その間に勤務した会社は6社、会社規模は従業員数十人のスタートアップから10万人以上の大企業まである。
業種も、ソフトウェアと同じぐらいハードウェアが重要な測定機業界から、ソフトウェアが本業のWeb、IT、AI業界まで、気がついたら非常に多岐にわたるものになっていた。
「アメリカのIT企業でエンジニアとして働いています」と日本で自己紹介すると、よく聞かれることがある。
「周りに日本人はいますか?」
残念ながらほとんどのケースで答えはノーになる。日本人の数はかなり少ないので、同じチームに日本人がいることはほとんど無い。
「じゃあ、周りはアメリカ人ばかりですか?」
その答えもノー。
近年の代表的なIT企業、いわゆるビッグテックの技術部門でアメリカ出身のアメリカ人が過半数を占めるようなこともほとんど無い。
これまでに働いたことがあるビッグテック内のチームで、アメリカ生まれの同僚が30%以上だったことは一度もなかった。
人種比率も変化が進んでいる。たとえば2024年のGoogleの技術系従業員の比率は白人系が41.5%なのに対し、アジア系が51.4%。非技術職を含めた全従業員の比率でも、白人系45.3%に対してアジア系が45.7%であり、アジア系が一番のマジョリティーになっている。
同僚たちの出身地は様々だ。
一番多いのはインドと中国。つづいてロシアとアメリカ。そこから比率はぐっと下がって、ヨーロッパやアジア諸国、中東の国々からの人たちを合わせて数人。日本も最後のグループに入ってしまう。
多様なバックグラウンドから来た人たちと働く中で、どの文化圏の人とも仲良くなれる万能の方法はなかなか見つからない。
日本でよくある夜の「歓迎会」はアメリカの大企業には存在しない。
仕事中は高い効率が求められるので、仕事以外の雑談はあまり長く続けられないことが多い。社員同士の懇親目的のイベントは就業時間内にときどき行われるが、頻度はあまり高くなく、そこで仲良くなれることもあまり多くはない。
異なる習慣を超えて同僚と親しくなるのは容易ではない。
そんな中で私が見つけたかなり強力な方法は、ランチで相手の国の料理を一緒に食べることである。チームメンバーと一緒に食べるランチは、心理的距離を短くする数少ない機会である。
ランチ中の雑談で盛り上がれば仲良くなることができるが、そこからさらに進んで、相手の国の料理を出すレストランに行き、料理について色々と質問し、たくさん食べてみせると一気に距離が縮まる。
さらに重ねて、その国の人以外は敬遠するようなクセの強い食べ物を食べてみせると、一発で友達になれる。
日本に外国人が出張に来た時、納豆などクセの強いものを食べさせて反応を見て喜ぶ日本人を見かけることがある。相手がまずそうな顔をしてそれで盛り上がるのが普通だろうが、そこでもし相手が「初めて食べるけどおいしい」などと言いながらパクパク食べたらどう感じるだろうか。「この人は日本の食文化をリスペクトしてくれている」と感じて、より親しみを覚えるのではないか。
むかし働いていた会社で、インド人の同僚が母国のお菓子を色々持ってきたことがあった。
その中の一つが気に入ったので、「これは何という名前か」「材料は何か」など聞きながら大量に食べたら、それまでシャイだった彼が翌日から明らかに多く話しかけてくるようになった。
その後、彼がインドに帰省するたびに私だけのためにそのお菓子を一箱買ってきてくれるようになり、自宅で幸せなデザートタイムを過ごすことができた。
また別の会社では、中国人の同僚と一緒に飲茶(ヤムチャ)に行き、そこで鳥足(もも肉ではなく、指を含む足の部分)を目の前に置かれたことがある。
じつは元々好物だったので喜んで食べたら、旧正月の中国人限定ランチに私も呼ばれてしまった。20人ほどの中国人が中国語で会話する内容がさっぱり分からなくて苦労したが、「こいつの好物は鳥足なんだ」と紹介してもらったおかげで、別の部署の中国人との社内ネットワークが一気に広がった。
インド人や中国人は会社内でかなりのマジョリティーだ。マイノリティーとしての孤独感はあまり感じないのだろうと思っていたが、そんな彼らでも「自国文化を理解してくれた」ということで一気に仲良くなれたことは驚きであった。
ダイバーシティーが進んだ環境で仕事をする際、文化の違いによる誤解や行き違いが起こることもある。そんな時でも「相手は自分をリスペクトしている」という信頼があれば乗り越えられる。食文化への歩み寄りは、強力な武器になる。
だからといって、特に興味を示したわけでもない同僚を自分の家に招待して突然納豆を食べさせるのは、さすがにやりすぎである。相手が持つ「慣れた食文化から踏み出さない自由」を尊重すること、それも「お互いの違いを認める」という大切なルールだからだ。(続く)