日本のスタートアップ拠点がオープン
日本のスタートアップの海外事業展開を支援する日本政府の研修プロジェクトが本格的にスタートしました。シリコンバレーにも米国進出を目指す、もしくは、スタートアップの基礎を学ぶグループがぞくぞくとやってきています。
日本政府が2022年末に発表した「スタートアップ育成5か年計画」は、1兆円規模の予算を確保しています。スタートアップの海外進出を後押し、日本経済を牽引する評価額が10億ドル以上の「ユニコーン」企業をバンバン作っていきましょう、世界のトッププレーヤーとつながる機会を創出し、グローバル市場にチャレンジしやくすくなる道筋をつくっていきましょう、というのが狙いです。
シリコンバレーのビジネス拠点となるジャパン・イノベーション・キャンパスのオープニングレセプションが昨年11月に開催されました。
レセプションにはアジア太平洋経済協力会議 (APEC) でサンフランシスコを訪れていた西村康稔経済産業相(当時)やシリコンバレーの日本と関係の深いベンチャーキャピタリストたちが参加しました。
ジャパン・イノベーション・キャンパスは、経済産業省、森ビル、アクセンチュアなどがタッグを組み創設されました。シリコンバレーのテック企業が集まるスタンフォード大学の近くに設立され、公募で選ばれた日本のスタートアップ5社がテナントとして入り、50社や関係者がコワーキングスペースを活用できることになります。
5年で1000人派遣「まじですか?」
起業家海外派遣プログラムは、経済産業省、文部科学省、JETRO、一部他自治体などが実施しており、ヨーロッパ、イスラエル、シンガポールなどにポテンシャルのある起業家や学生を派遣しています。
スタートアップといってもレベルがバラバラなので、もうすでに売り上げが立っているアドバンスグループ、起業について基礎から学ぶグループ、女性起業家グループ、地方都市に所在する起業家グループなどに分かれて20人程度が順番に派遣され、2週間ほど滞在中に当地のテック企業を訪問、ショッピングモールなどの小売り現場の見学、自分たちの事業の売り込みピッチの練習、また、起業家として当然必要となる英語の用語などについて研修を受けています。
思い起こせば、2022年夏、当時の経済産業省大臣、萩生田氏がシリコンバレーを訪問した際、「今後5年間でシリコンバレーに1000人規模の起業家を派遣して、競争力の強化につなげる」とコメントしました。
筆者の周囲にいるシリコンバレー在住者の間では、「まじですか?」「今さら国の税金でシリコンバレー観光に1000人送ってきてなんの意味があるの?」「だれがこの受け入れするの?」と、一瞬にして携帯メッセージ、スラック、ソーシャルメディアなどでメッセージが飛び交いました。筆者の周囲に限って言えば、批判的な声が多かったように思います。
正直、筆者自身も「シリコンバレーに数週間滞在させたら、日本にマーク・ザッカーバーグ(SNS世界最大手、米メタの最高経営責任者) が1人でも生まれるんですか」と冷ややかにみていました。
まず、1000人という数字が先に飛び交ったこと、中身がよくわからなかったこと、そして、コロナ明けで日本からの出張者が以前のように戻り始めた時期で、「とりあえず話を聞きたし、いろいろ教えて欲しいからシリコンバレーのどこどこの会社とアポイントメントを取ってくれ」という、うんざりする依頼がまた戻ってきていた頃でした。
「とりあえず会う」習慣はない
よく言われることですが、シリコンバレーでは(おそらく欧州も)表敬訪問や単純な情報交換のために「とりあえず」会うという慣習はありません。
生き馬の目を抜くシリコンバレーで、しかもスタートアップや事業をしている現地の人たちはとにかく超多忙。「あなたの貴重な時間を割いて私(当社)と会っていただく価値やベネフィットはこれこれこういうわけで十分にありますので、あなたは私と会った方がいいです」というアプローチをしていく必要があります。その人(企業)に近い人から紹介してもらう、というのも非常に重要です。
こういったことの一からの説明のやりとりを丁寧に日本側とするのもこれまた、多くの人たちの多くの時間が割かれるわけです。事情もわからない本社の上の方からのお達しに対応する現地駐在員はさらに苦労しています。
冷ややかな反応が多かったのは、そんなに大勢の研修生たちが来ることによって、「研修生のためにビジネス分野の現地のキーパーソンや有識者に会うアポ取って」や「彼らのメンター見つけてきて」という流れが簡単に想像でき、自分たちも含めて日本企業の評判が落ちるのではという懸念を多くの人が抱いたのもあったと思います。
しかしながら、賛否両論だった東京オリンピック・パラリンピックも始まってしまえば、応援ムードが一気に高まったように、実際プロジェクトがスタートし、研修の方々が来始めると、プログラムを国や自治体から請け負っているシリコンバレーの事業者はもちろんのこと、全体的に盛り上げていきましょう、という協力体制の気運にシフトしてきているように思います。シリコンバレー在住のさまざまな分野のさまざまな人たちが研修コンテンツに協力しています。
必要なのは新技術に寄り添う柔軟な社会制度開発
ただ、国が人をシリコンバレーなど海外に送れば自動的に起業家が生まれるわけではなく、政府側もテクノロジーに合わせて柔軟に迅速に法律などの社会制度開発に取り組む必要もあると思います。
例えば、筆者は、国会議員や企業のトップの方がシリコンバレーにいらしたときに、アレンジさせてもらえる機会があれば、自動運転のロボタクシーをまず体験していただくように働きかけています。
今は走行中の事故があったこともあり調査のために一時的に休止されているGMクルーズですが、サンフランシスコではいち早く公道試験が開始され、ロボタクシー免許が交付されました。
テクノロジーに寄り添い社会実装するという気風がシリコンバレーにはあります。
日本で議論が活発になってきたライドシェアがサンフランシスコで始まったのはもう15年も前です。よいテクノロジーが生まれても、法律のさまたげによってスピーディーに社会に還元されなければ意味がありません。
失敗しても再チャレンジできる社会に
筆者は「子供には大企業に入って欲しい」と願う大企業信仰の親御さんにお会することもありますが、やはり違和感があります。
スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校などに通う当地の学生の中には、起業を目指す生徒は多くいますし、アメリカの巨大IT企業であってもリストラされることは日常茶飯事です。社会も我々親世代も起業家を応援し、たとえ失敗しても(そして彼らの多くが失敗に終わったとしても)彼らが再チャレンジしたり、企業に再就職したり、2回戦にシフトしやすい社会にしていく必要があります。
また、60歳の方が「起業家になりたい」と志されるのは素晴らしいですし、私費で海外研修に参加されるのはもちろん結構なのですが、国費が使用される起業育成プログラムは未来がありこれからの日本を担っていく若い世代により多くの予算を回すためにも、35歳以下などの年齢制限があっても良いのではないかと思います。
日本の学校に通う高校生・大学生・大学院生・高専生を対象にしたプログラムもあります。これはナイスな試みで、シリコンバレー以外でも海外で起業や社会課題について真剣に取り組む2週間というのは大変な刺激になると想像しますし、その経験を活かせる期間が長いのです。我こそは!という学生のみなさま、ぜひチャレンジしてみてください。
こういった背景で、最近になって起業家を目指す方たちとお会いする機会が増えました。バブル崩壊直後の1990年代から続く「失われた30年」というのは、筆者が社会人になって働いてきた期間とほぼぴったり一致します。そうなったのは私のせいなどと、おこがましいことを言うつもりはないですが、その要因を作ってきた世代の一人として申し訳ない気持ちになることがあります。
「やっぱり英語力が全然足りない。次にシリコンバレーにくるときまでにはもっとコミュニケーションできるようになりたい」「ここにきて研修受けているうちに自分のビジネスモデルがぜんぜんダメなことがわかった」
こういった海外事業展開以前の正直な感想を聞くこともあります。それでもいいじゃないですか、それが分かっただけでも大きな前進です。
若き起業家を目指す方々には若い世代をしっちゃかめっちゃかにかき回して欲しいと切に願っています。失敗を恐れず、やってみなはれ!