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日本ではなぜスタートアップが育ちにくいのか シリコンバレーの投資家が問題点を指摘

スタートアップワールドカップ 更新日: 公開日:
取材に応じるアニス・ウッザマン氏
取材に応じるアニス・ウッザマン氏=2023年6月30日、東京、関根和弘撮影

――日本のスタートアップを取り巻く現状は、世界各国と比べるとどんな感じでしょうか。課題などあれば教えて下さい。

日本政府によると、現在日本には約1万社のスタートアップがありますが、世界のスタートアップのうち、1割以下という少なさです。それでも数年前に比べれば増えていますし、ベンチャー企業やイノベーションに対する人々の認知も広がったと思います。

また、大学や政府、大企業のイノベーションに対する関心も高まっているのも大きな変化です。ただし、グローバルの水準で見たとき、スタートアップやイノベーションのハブになれるかというと、まだあと一歩足りない印象です。できればシリコンバレーやイスラエルのような地位をアジアの中で築いて欲しいですね。

――アジアで勢いのあるスタートアップは中国発という印象です。

はい、やはり数です。中国は起業家の数が多い。それに政府からの支援もものすごくありました。そうしたことが、アリババやテンセントといった大型企業誕生につながったと思います。私たちペガサス・テック・ベンチャーズとしても中国には3カ所の拠点を構えています。

しかし最近、中国の政府のトーンが変わりつつあり、スタートアップやベンチャーに対する警戒心が高まっています。

中国ネット通販大手アリババ集団の創業者、ジャック・マーこと馬雲(マーユン)氏
中国ネット通販大手アリババ集団の創業者、ジャック・マーこと馬雲(マーユン)氏=2018年10月、バリ島、野上英文撮影

――そうはいっても数年前と比べて日本でスタートアップが増えてきた背景には何があるのでしょうか。

やっぱり政府の政策だと思います。政府は、日本経済が復活するためにはイノベーションが大事だということを悟り、シリコンバレーの状況を研究するなどしてきたからだと思います。

それにつれて一部の大学も活発に動き始めたということもあります。東京だと東京大や慶応大、早稲田大などでイノベーションやアントレプレナーシップ(起業家精神)関連のプログラムが行われているほか、関西だと京都大や大阪大などで大学発のファンドができるなどしています。

――政府が支援に力を入れ始めたのは、やはり日本経済に対する危機感の表れなのでしょうか。

そうだと思いますし、国が支援する方向性は正しいと思います。最近、ChatGPTといった生成AIが注目され始めましたね。ChatGPTを作ったのは、シリコンバレーのスタートアップなんですが、要するにシリコンバレーというのはずっとこういうイノベーティブなスタートアップを育ててきているんです。アメリカ経済に対して大きなインパクトをもたらしていて、他国と比べてイノベーションで大きくリードしています。日本でもこうした状況になればいいなと思います。

日本のエンジニアには十分ポテンシャルがあると思います。私も東工大にいたことがあるので、日本の研究や技術のレベルの高さは知っています。ただし、そうした深い研究などが実用化されない、法人化されないところに日本の課題はあります。

実用化や法人化ということになれば、ビジネスのアイデアや知識が必要になってきますが、日本では技術者がそういったことに触れる機会が少なく、結局、技術者は技術者のまま大企業に就職してしまうという現象が起きているように思います。

私が東工大の工学部に在籍していたころ、周りの友人たちと卒業後の希望進路を聞くと、東芝やソニー、トヨタとか大企業に就職する話ばっかりだったんですね。まあ、東工大なら選び放題なのですが。スタートアップを作るという話は誰もしていませんでした。

一方、アメリカのスタンフォード大やマサチューセッツ工科大学(MIT)では、工学部だと、卒業したら自分の企業をつくりたいと語る人が多いです。これらの大学で、なぜスタートアップを目指す学生が多いかというと、先輩の存在です。実際スタートアップをつくった先輩がたくさんいるんです。

それとビジネススクールの役割です。例えばMITはハーバード大と協力して、学生がハーバード大のビジネスの授業を受講できるような仕組みを整えています。

逆に、ハーバード大でビジネス、営業、マネジメントばかりを学んでいる学生がMITの工学部の色んな授業を受けることもできます。AIやビッグデータ、データアナリストなどを学びます。こういう交流もあって、工学部の学生がビジネスのアイデアを養うことができるのです。

あと、日本の大学にはスタートアップを支援する部活やサークルのような組織がないのも違いですね。例えば東工大だと、テニスやスキーを楽しむサークルというのはあったのですが、スタートアップのサークルというのはありませんでした。

例えばスタンフォード大にはBASES(Business Association of Stanford Entrepreneurial Students、スタンフォード起業家学生ビジネス協会)や、大学ゆかりの起業家を支援する「StartX」といったコミュニティーがあります。アントレプレナーシップを育てる組織で、日本でいう部活やサークルのようなものです。学生たちはここに入って起業のノウハウを学びます。

日本ではまだまだこうした取り組みが不十分だと思うんですね。技術者に対して、ビジネスやアントレプレナーシップについて教える仕組みの整備が必要だと思います。

インタビューに応じるアニス・ウッザマン氏
インタビューに応じるアニス・ウッザマン氏=2023年6月30日、東京、関根和弘撮影

――先ほど「環境が整っていない」という指摘は、まさにこういった点についてでしょうか。

そうです。あともう一つ重要なのは、実際に起業を果たした人たちがこれから起業を目指す人たちの面倒を見る組織ですね。アメリカでは結構、こういうのがあるんですよ。例えば「Yコンビネーター」が有名で、これはおそらく世界一のアクセラレーター(スタートアップを支援するプログラム)です。大成功を収めた起業家たちが作った組織で、ナレッジの伝授がいいです。

こういう場所で、先輩起業家たちの話を聞いていくに従って、自分たちも同じように成功したいと思うようになりますしね。これもまた、日本の課題だと思いますね。

――日本でもZ世代と言われる若い世代は起業家精神を持っている印象ですが、彼らは起業したいけど、やはり環境が整っていないが故に、もどかしい思いをしているケースもあるのでしょうか。

もちろん、そういうこともあるでしょう。自分が起業したいと思った時にどれだけヘルプがあるか、教材や情報があるかということですよ。スタートアップやベンチャーについて、詳しい人がもっと増えなければいけないし、一般の人でさえ、もっと身近にならないと。

例えば、日本でスタートアップやベンチャーと言われても、「それ何?」って言う人はいると思います。でもアメリカではスタートアップやベンチャーはよく知られた普通の言葉です。例えば自分の子どもから、スタンフォード大のビジネススクールを出てスタートアップを作ると言われても、止める親はいないですね。

でも東大を出てスタートアップを作ろうとする人がいたら、その親はちょっと悲しむかもしれないですよね。親がどれだけ理解があるかというのも重要で、おそらく今のZ世代が親の代になったら状況は変わるでしょう。でもまだ、今の親はそこまでの準備はできていませんね。

――投資家としての視点で、現在有望なスタートアップの分野は何でしょうか。

ホットな分野はいくつかあります。一番注目を集めているのはクリーンテックですね。脱炭素が大きなキーワードで、あとは再生可能エネルギーですね。

太陽光発電、風力発電、水力発電など色々ありますが、これらの新しい発電方法が多分、大きなポイントです。実際に多くのスタートアップがすでに発表していますね。

イギリス・北海の浮体式風力発電所。高さ187メートルと巨大な風車が海に浮いている
イギリス・北海の浮体式風力発電所。高さ187メートルと巨大な風車が海に浮いている=2021年4月、イギリス北部スコットランド沖、金成隆一撮影

これと関連して蓄電の技術ですね。さらにはためた電力をどう上手に使うかという点で、AIが関係してきます。AIをうまく使うことで消費電力を大幅に削減できるようになります。

例えば、ディープマインド・テクノロジーズというイギリスのスタートアップは、Googleが買収し、ディープ・マインドの技術でGoogleのデータセンターにある冷却システムの消費電力を30%も削減したと言われています。この実績のおかげで、シリコンバレーのモールやスタジアムなどでも導入しようという動きがあります。

このほか、カーボンキャプチャー技術も注目されています。大気中に放出される二酸化炭素を回収し、地中に埋めてしまうというものです。大企業はCO₂削減すると言っても急激には変えられないので、スタートアップに金を払ってカーボンキャプチャーしてもらい、その代わりにカーボンクレジットを受け取るんですね。そうやって輩出とカーボンクレジットとでプラスマイナスゼロにするわけです。

カーボンキャプチャーは、結構大きな工場のようなものを建ててCO₂の分解設備を作っているスタートアップもあれば、本当にすごいシンプルなアイデアでやっているところもあります。例えば池を作って微細藻類を育てるような手法です。微細藻類はCO₂を回収してくれます。

他の分野では、ヘルスケアも有望です。新型コロナウイルスの感染が拡大したとき、一番大きな発明はコロナ用のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンですよね。普通は10年とか15年とかかかるのに、本当に短期間でできましたし、最近ではこの技術を皮膚がん治療にも有効ではないかと考えられているほか、ほかの様々な病気の治療への応用も期待されています。将来、どんな病気でも薬なしで人間が対応できる日が来るかもしれません。こうした分野でもMITなどの卒業生たちがすでにスタートアップを設立していますね。

mRNA技術を使った創薬に取り組むアメリカの製薬ベンチャーのアークトゥルス
mRNA技術を使った創薬に取り組むアメリカの製薬ベンチャーのアークトゥルス=2021年11月、アメリカ・サンディエゴ、真海喬生撮影

あとはジェネレーティブ(生成)AIの分野ですね。ChatGPTはその代表格です。この技術をどうやって生活に組み込めるかというのは業界としては注目度は大きいです。

さらにもう一つ、目立つ分野はスペーステック、宇宙関連ですね。イーロン・マスク氏が代表を務めるスペースXは時価総額が日本円で十数兆円。おそらく世界一の規模です。

この会社、注目は衛星の打ち上げです。中でもインターネットとのからみがすごい。我々が今使っているインターネットは海底ケーブル経由で使うことができるんですね。このインフラを宇宙に持って行ってしまおうということをスペースXはやっています。ウクライナ侵攻でも注目された「スターリンク」(人工衛星を使った通信サービス。マスク氏がウクライナに提供した)がそれです。高度数百キロの軌道に膨大な衛星を打ち上げ、地球全体をカバーしようという試みです。

すでに4000個が打ち上げられていますが、1万2000個での運用を目指しています。現在、世界人口の半分がインターネットに接続できないと言われていますが、スターリンクだと世界のどこからでもインターネットにアクセスできます。しかも光回線と同じくらいのスピードで。
また、スペースXは、再利用可能な宇宙船「スターシップ」を開発しています。これまではロケットは使い捨てだったのが、自動で地上に戻ってくる仕組みになっています。また、ニューヨークと上海間を30分ほどに短縮してしまうという旅客輸送用の宇宙船も計画していることを発表しています。

宇宙船を使った旅客輸送のイメージ動画=スペースXのYouTubeチャンネル

宇宙関連ではもう一つ。現在地球を周回している国際宇宙ステーションは2030年に運用が終わる予定ですが、スタートアップのアクシアム・スペース(Axiom Space)が次世代の宇宙ステーションを作ろうとしています。

――アニスさんが投資するときの基準は何でしょうか。こういうスタートアップだったら投資したいなと思うポイントを教えてください。

私たちペガサス・テック・ベンチャーズは、大企業の資金を集めて戦略的にいろんなスタートアップやベンチャー企業に投資しています。その際、投資先の企業が私たちのパートナーである大企業とどんなコラボレーションができるのかということを考えています。

大企業としてもスタートアップと組んで、次世代の技術を一緒に磨きたいという思いがありますから。ですから当然、ある程度は実績も見ますが、例えばスタートアップの社長がどれだけ柔軟性を持っているかとか、簡単にギブアップしない熱意があるかとか、努力できるか、自分のチームにどれだけ良いメンバーをそろえているかとかも見ていきます。

あとはシリアルアントレプレナー(連続起業家)かどうかという点も重要です。すでに起業に成功した経験があり、それも2回、3回と続けていればやっぱりノウハウがわかりますよね。そういうところには投資しやすいのは間違いないですね。

――スタートアップワールドカップを開催する狙いは何でしょうか。

ペガサス・テック・ベンチャーズは現在、14カ国で実際にスタートアップやベンチャー企業に投資をしています。こうした事業を続けてきて思うのは、アメリカやヨーロッパ、日本の起業家たちは恵まれていることです。東南アジアやアフリカ、南アメリカなどでは、まだまだ起業しても資金を調達できる環境としては厳しいですよね。だから、そういうところの有望なスタートアップを「発掘」して、東京やシリコンバレーを拠点にする投資家や大企業につなげるというのがこのイベントの大事な目的の一つです。

――日本から出場するスタートアップに期待することは?

やっぱりこういったグローバルな大会に申し込む大きな理由は、世界レベルの会社を作りたいという意欲だと思います。ほかのピッチコンテスト(起業家が投資家などに自分の事業や事業計画をプレゼンして売り込むコンテスト)と違うのは、出場するスタートアップはすでに数十億とか資金調達した実績があるところが多いんですね。

例えば東京予選(9月)に応募したあるスタートアップは、時価総額700億円あったんです。「何で応募したんですか」と聞いたら、代表は「グローバルに打って出るために世界タイトルが欲しいから」と言っていました。ですから、そういうプラットフォームとしてこのコンテストを利用してもらえばと思います。