中国スタートアップのフランス人CEO
RISEの広い会場に出展した企業を、業種や国籍をちらちら見ながら歩き回っていたら、上海のスタートアップ「madeforgoods」に声をかけられた。
何と、トマ・モリセCEOはフランス人。中国に来て10年。みごとな中国語を話す。
「以前、酒類産業で働いていたのですが、流通経路の問題を発見して創業しました。今は、東南アジアにも業務を広げたいと思っています」
商品にQRコードを張って、流通過程でスキャンを繰り返すことで商品管理を強化できる。消費者はスマートフォンでコードを読み取り、商品の真贋を確認したり、購入特典を受け取れたりする。製造業者は商品がどこにあるのか、いつ売れたのかといったところまでデータを把握できる。そのためのソフトウェアを、クラウド・コンピューティングを通じて提供する。中国で最近流行しているのは「消費のアップグレード」という言葉だ。商品の品質に敏感になった中国人に喜ばれるシステムだろう。例をわかりやすくするため、消費者対象の業務を取り上げたが、彼らの競争力はむしろBtoBの業者間の商品管理にあるという。
でも、外国人CEOに難しさは無いのか。米国は通商協議で絶えず外国勢への待遇改善を求めている。そう聞いてみると、返事は意外だった。
「中国の創業環境はとてもよいです。上海市政府が行ったスタートアップコンテストを勝ち抜いたら補助金がもらえました」
米国が根強く批判する地方政府の補助金だが、外国籍の企業経営者でも実力さえあれば受け取れるということなのだろうか。
チャイニーズ・イノベーション
今年のRISEには、主催者発表で777社のスタートアップ企業が出展。553の投資家が投資対象を探した。アジアを中心とした企業が集まり、自社の技術をPRし、ビジネスチャンスを探る場だ。ただ、場所が香港ということもあり、目立ったのは中国企業だ。
香港に隣接する深圳のスタートアップ柔宇科技(ロヨル)の劉自鴻会長CEOは、初日に登壇した。1月にラスベガスであったCESに折りたたみ式スマートフォンを出展して話題をさらった企業だ。サムスンとファーウェイも今春、相次いで折りたたみ式の発表をしたが、いまだ販売にこぎ着けられていない。ロヨルは昨秋すでに発売しており、独走している。
劉氏は折りたたみ式スマートフォンの核心部品である、曲げられるディスプレーの開発秘話を披露した。そして、最新の協業となっているディスプレーが付いたバッグを会場に向けて示した。「もはや単なるバッグではなく、デジタル情報を扱えるバッグです」と、ディスプレーが曲げられることによる可能性の広がりを強調した。バッグにディスプレーを付けて、どうするのだろうかと思ってしまったが、市場に出してみればユーザーが様々な使い方を考え出していくのだろう。それが楽しみだ。
注目された企業の一角に中国の自動運転ベンチャーがある。中国の人口は14億人。将来、実用段階になれば、巨大な市場になり得る。現在、自動運転の実験で規制緩和を進めている地方政府もあり、先進地の米国と中国両方に拠点を置いて技術開発に取り組む企業が多い。
小馬智行(Pony.ai)の彭軍CEOの記者会見に参加した。米国と中国の拠点を置くこの会社は、レベル4の自動運転システムの開発に取り組んでいる。レベル4とは、特定の地域で緊急時でも人の力を借りずにシステムが自動車を運転できる水準だ。彭氏は「年末までには世界市場で一般向け自動運転タクシーサービスを始めたいと考えています」と述べた。6月にはすでに米カリフォルニア州から自動運転サービスの提供許可を獲得している。「グローバルスケールで無人移動手段を提供したい」と強調していた。
自動運転システムの開発は画像認識の人工知能がコアだが、走行データを集めるために走らせる車は必要だし、規制当局とのやりとりも手間がかかるし、大企業が優位に思える。それなのに、スタートアップが続々生まれている。どうしてなのか。
もう一社の有力自動運転ベンチャー・文遠知行(WeRide.ai)の張力COOに聞いてみた。
「AI関係のベンチャーに資金が集まりやすいこと。若者がスタートアップで仕事をしたがっていること。この二つが理由です」と話す。
確かに、投資ブームなのはわかる。中国では昨年、デレバレッジ政策でスタートアップ投資がしにくくなった。だが、AIは依然、ホットな投資対象だ。ただ、若者はむしろ大手に入りたいとは思わないのか。自動運転ならトヨタ自動車も提携した百度が有名だ。
「短期間の高額報酬は重視しません。むしろ、大きな組織に入ると、昇進の機会は限られる。大企業に1年入って、ビジネスの基本を身につけてから、スタートアップで能力を発揮するケースが多いです」。そうなのか。
さらに「自動運転の技術で重要なのはデータ。百度やアリババ、テンセントのような大企業は、資金こそ多いかも知れませんが、専業でデータを収集している企業の方が強いです」
でもデータ収集なら、自動車メーカーの方が有利では無いのか。「理論上、車をたくさん所有しているので、我々よりも集められるデータは多いです。ですが、データ処理の能力も重要です。データをどう使うかは、我々のようなテックカンパニーのほうが有利です」
中国企業が目指す第2の創業
スタートアップと言うには古株となった企業も、連携先を目指してRISEに参加している。狙いは次のメシのタネを探す新事業創出。第2の創業とも言える。
世界のドローン市場で7割のシェアを握り、深圳ベンチャーの代表格となったDJI。だが、企業連携を担当するジャン・ギャスパリック氏に話を聞いたところ、「自社をドローンだけでなく、ロボティクス企業だと考えるようになっています」と話す。DJIも会社の形を変えている真っただ中だったのだ。
ドローンもロボットの一つ。一つは日本でも有名になった「オスモ」シリーズをはじめとするカメラ事業で、もう一つは地上走行するロボットだ。最近、プログラミング教育で使われるロボ「ロードマスター」を発表している。「地上を走るロボットは今後も多様化していくでしょう」とギャスパリック氏は話した。
RISEのような場で出会ったスタートアップをどう事業に取り込むのか。ギャスパリック氏は「我が社の戦略はプラットフォームであることです」と言う。ドローンを運行する際にも、必要に応じてシステムやソフトウェアなどを組み合わせる必要がある。そこにスタートアップの技術を取り入れることが可能だという。昨年、コマツに納入した建設現場を3Dで撮影できるドローンは、米スタートアップのスカイキャッチと協力して作りあげた。
中国企業としては、老舗に数えられるパソコンメーカー・聯想(レノボ)も参加していた。シリコンバレーに拠点を置いているというアーサー・フー高級副総裁兼CIOに聞いたところ、スタートアップを観察する重要性を強調していた。「私たちは絶えず新興企業が提供する技術とはどんなものか見ています。技術の重要性はどんどん大きくなっているからです。彼らはお客さんになるかもしれないし、提携先になるかも知れないし、投資先になるかも知れないし、買収対象になるかも知れません。このような場で多くのエネルギーを吸収しています」
ゲーム専用機など高成長を遂げているものもあるが、パソコン販売は全般的に低迷している。既存事業を守るだけでなく、新たな方向への転換も必要と認識。モトローラのスマートフォン事業を買収し、IBMのサーバー事業も買収した。引き続き製造業に軸足を置きながらも、スマート化を進めることで企業の形を転換しようとしている。フー氏は「製品にクラウドと人工知能を加味して、スマート化をすすめ、顧客の要請に応える。これがレノボの未来の成長戦略だ。RISEでは我々の力を補強してくれる相手を探しています」と話した。
日本のテックをどう見るか
日本からは創業150年近い資生堂が参加し、老舗企業が進めるイノベーションの導入に注目が集まった。魚谷雅彦社長は対談で、「社長就任時、次の100年の活力の基礎を作ることを任務と考えました」と、老舗企業の構造転換を進めた背景を説明した。魚谷氏は資生堂生え抜きではなく、外部から迎え入れられた社長だ。
会場で紹介したスマートフォンで肌の色を読み込み、適切な化粧品を提案するシステムは、米企業の買収で入手した。魚谷氏は「商品開発や顧客との対話に技術を活用するのに積極的だ」と強調。イノベーション部門の中国への設置も紹介し、スタートアップとの協力に期待を示していた。
資生堂のように、意欲的にスタートアップとの連携を進めている企業もあるが、シリコンバレーや北京・中関村、深圳のスタートアップへの視察は繰り返すものの、どう関わってよいのかとっかかりがつかめない企業も多いようだ。
さらに米中に比べ、日本のスタートアップ市場は低調だ。未上場で評価額が10億ドル以上、創業10年以内の企業を「ユニコーン」と言い、成功したスタートアップを意味する。調査会社CBインサイツによると、2019年1月のユニコーン全376社リストに、日本から入った企業はたった2社だった。米国184社、中国96社(香港2社を含む)と比べると差は歴然としている。この原稿に出てきたロヨル、小馬智行、DJI、後から出てくる滴滴出行もすべてユニコーンである。
中国のスタートアップ経営者と会うことが多いが、そのたびに日本でもこうした企業がどんどん生まれて欲しいと思ってきた。実は6月に私の拠点のある北京を、RISEを主催するパディー・コスグレーブCEOが訪問したので、日本のスタートアップ事情をどう見るか聞いた。すると、意外な答えが返ってきた。
「日本は中国ほどユニコーンが生まれていないが、視野をこの70年に広げて欲しい。多分、日本は世界で最もユニコーンを産みだしてきたはずだ。今、中国でたくさんユニコーンが生まれているのも、日本に追いついてきていると考えることができます」
確かに戦後、ソニーやホンダ、任天堂、日本電産、ソフトバンクグループなど、当時はユニコーンという言葉も定義も無かったが、有力な企業がたくさん誕生した。
ただ、今現在、ユニコーンが生まれていないとなると、今後の日本経済の先行きは暗くないだろうか。
これもコスグレーブ氏は否定する。
「日本は確かに2社しかユニコーンがない。確かに新たな企業を生み出すことは重要です。けれども、米国を見てみてください。1990年以降、数百ものユニコーンがあり、それらはみな成功していますが、ほとんどの米国民の生活は悪化しています。一握りの人間が億万長者になるだけで、国家を富ませてはいません。日本もヨーロッパもユニコーンが生まれていませんが、経済はうまく回っています」
華々しいものに目が行きがちだが、重要な視点ではあると思った。
その後、コスグレーブ氏は北京から東京に向かった。日本訪問の感触はよかったようで、RISE開幕時の挨拶ではこう言っていた。
「今、日本は40、50年前に素晴らしい企業やハードウェアを生み出したように、スタートアップシステムに点火しようとしています。だが、それまでには長い時間がかかり、まるで眠れる巨人のようだったが、目覚め始めています」
是非日本のスタートアップには頑張って欲しいものだ。
一方、中国企業は市場としての日本に熱い視線を送り始めている。訪日客が増え、日中の外交関係も良好になったのがきっかけだ。
大阪でタクシー配車を始めた中国の配車大手、滴滴出行はRISEで日本のタクシー運転手向けのシステム改善を発表した。
ドライバーは注文が入ったとき、停車してタブレットを操作し、確認ボタンを押す必要があった。だが、日本のタクシードライバーは手袋をしている。日本側から画面をタッチ操作できる手袋を作って欲しいと要望を受けていた。滴滴の答えは「ノー」だったが、その代わりつくったのが音声による確認方法だった。「了解しました」と言えば、注文を受けられる。
「タクシーの中はノイズでいっぱい。滴滴の人材が問題を解決し、ノイズを減少させることができた」と滴滴の卜崢CSO。95%以上の確率で、乗務員の声を聞き分けられるという。ドライバー支援システムで、日本のタクシー業界に新風を吹き込めるか。
米中対立とトランプ政権の動向
当然、米中対立とトランプ政権の動向も参加者の関心事だった。
米CNNは、米国土安全保障省が中国製ドローンについて、情報漏出の危険性があると警告したと報じていた。DJIのギャスパリック氏にこの件をたずねたところ、「今朝、米内務省の調査結果についての声明を出したところです」と教えてくれた。声明は、同社製の二つのドローンについて、米内務省が2年あまり審査をしたが、データの外部漏洩を示すものは見つからなかったとの報告が出たことを知らせる内容だった。
一方、中国はRISEに参加するような外資IT企業を閉め出しており、米国は市場開放を求めている。そこで、デートアプリのティンダーのエリー・セイドマンCEOに記者会見で中国のビジネス環境について聞いてみた。「中国では事業を展開していないからコメントしません。壮大で複雑で、おもしろいトピックだけれども」とのことだった。14億人がいる中国での事業展開を望まないSNSがあるはずがないが、将来の展開に希望をつなぐため安全運転だったのだろうか。
レノボのフー氏にも聞いてみた。「貿易摩擦について大きな環境について把握しようとしており、準備を進めています。世界の貿易はゼロサムでは無く、両国が速やかに問題を解決できると信じるし、希望しています」。RISEのコスグレーブ氏も「トランプ大統領が再選を目指す(2020年の)選挙戦が始まる前に、ディール(合意)はありえます」と楽観的な見通しだった。
米中貿易摩擦は6月下旬の大阪での首脳会談で、一時休戦モードに入った。今後米中対立がエスカレートし、来年のRISEが低調になっていないことを願いたい。
トランプ政権が進める移民制限に関する議論もあった。米配車大手ウーバーのトゥアン・ファムCTOはベトナム難民だった。ファム氏は対談で、「才能を持った人は世界中に散らばっているが、チャンスは特定の場所に集中しています。移民が新たな生活を探すのを助ける環境を作ることが、私の堅い信念です。それだけに今、人々の対話が少なくなっていることが悲しい。ただ、これは人類として、文明として我々に必要不可欠なことです」。そう主張すると、満場の拍手が送られていた。