大人の太ももほどの高さの黄色い箱が、六つのタイヤによって進んでいく。意地悪して行く手を遮っても、回避して先を目指す。目的地は、箱の中にある荷物を発注したお客さんの所だ。
中国の流通大手・蘇寧易購集団が2018年から商品の配達に使い始めた無人配送車だ。全地球測位システム(GPS)で自らの位置を把握。カメラを通じて撮影した画像を人工知能(AI)で解析し、レーダーと組み合わせてまわりの状況を判断することで、あらかじめ入力された経路を進む。囲いで覆われ、車の通りの少ない住宅地で活用されている。35度までの坂道なら上っていくことができる。
到着すると受取人の到着を待つ。もし停車している間に荷物を受け取れなかったとしても、再配達してくれる。スマートフォンで受取時間と地点を再度、予約すればいい。
18年は蘇寧だけでなく、ドローン配送で有名なネット通販大手の京東集団なども自前の無人配送車を運行し始めた。中国にとっては「無人配送元年」だったと言える。大都市部で配送を担ってきた出稼ぎ労働者が豊かになった地方に帰り始め、賃金が上昇した。物流企業は将来的なコスト上昇を見据え、一斉に無人配送に取り組み始めた。
「感覚的に言えば、出前の配達はとても単調で、ロボットが取って代われる仕事なのではないかと思う。理性的に言えば、この市場はデカい。840億元(約1兆4千億円)はある。しかも、急速に伸びていく」
蘇寧に無人配送車を提供する北京真機智能科技の創業者で最高経営責任者の劉智勇(リウ・チーヨン、35)はそう分析する。
蘇寧のほか10数社が真機の無人配送車を使う。北京市以外では四川省成都市や江蘇省南京市、上海市などでも走り回っている。すでに計5万回を越える配送をこなしたといい、配達中に止まるといった不具合は1千回に1回以下だという。劉は「24時間配送でき、配達コストは人間の4分の1で済む。我々は配達にかかる労働力の問題を解決したい」強調する。
19年に予想する販売台数は400~4千台にも達する。幅が大きいが、「無人配送ロボの販売量は指数的成長をするから不確定要素が大きい」と劉。無人配送車の名前は「小黄馬」だ。なぜ「馬」なのか聞くと、「馬は中国の伝統的な交通手段で、黄色は温かみのある色であると同時に、警告を促す色合いでもある」との答えが返ってきた。
社名の「真機」は、中国固有の宗教・道教の用語で「深遠な道理」を意味する。うち「真」の字には、「誠実である」という意味も込めた。中国のシリコンバレーと呼ばれる北京・中関村のコア、清華大学の門前の貸しオフィスに入居している。劉自身も清華の経営管理学院の修士課程に在籍中という、清華発ベンチャーだ。
AIを活用するベンチャーが集積した北京市には研究開発の拠点を、ビジネスの都・上海市には会社の運営組織の拠点を、ものづくりの都・広東省深圳市には工場を置いている。中国の各都市が持つ特徴を活用した態勢だ。北京の研究室を訪れると、10名ほど従業員がいて、黙々とコンピューターに向かっていた。
「途中で止まる確率はどんどん下がっている。ロボットは毎日午後5時に幼稚園のそばを通り過ぎる。子供たちや歩行者を回避し、目的地へと進んでいく。しかも、誰をも邪魔をせずにだ。毎日あらたな注文が入る。こうして新たな価値をつくりだせていることが、今の楽しみだ」と劉は成果を誇る。
真機の社員は50人。劉の在学する清華や北京航空航天大学など、周辺の有名大学に加え、劉が学んだスイスのチューリヒ連邦工科大学や英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンなどの出身者もいる。「経験が豊富で、特に学習意欲が比較的強い人を採っている。後者が特に重要だ」と劉は話す。
劉はアグレッシブなタイプが多い中国の若年経営者のなかでは、珍しくおとなしく見える。インタビュー中の声も小さめだった。ただ、自分のことを「中国の無人配送ロボットの第一人者」と言ってはばからない大胆さをも併せ持つ。出身地を聞くと、「山東省菏澤市。彭麗媛のふるさと」と続けた。彭さんとは中国の有名歌手で、しかも習近平国家主席の夫人だ。競争が激しい市場で、自分を強く見せることは非常に重要な要素だ。
どんな子どもだったのか聞くと、非凡さをにじませる例が帰って来た。中学生になったころ、学校の教職員室の中にあったパソコンに興味を持ち、入り込んではいじくり回した。プログラミングを身につけ、テストで回答の誤りが多かった問題を抽出するプログラムをつくった。中学2年の時サッカーで足にけがをし、1年間、学校の授業に出られなかった。だが、休学はしたくないと自宅学習をし、期末試験には参加。その結果、成績は首席だった。
11年には「中国の優秀な青年はみな外国に行って先進的な知識を学ぶんだ」。周囲のこうした雰囲気に触発され、外国留学を志した。まず、インペリアル・カレッジ・ロンドンに留学して電気回路を学んだ。その時、出会ったのがAIだった。
米金融機関の幹部が大学で講演したのを聞いた。これから先の科学技術の発展で、「機械学習」が重要になる、との論旨だった。コンピューターが大量のデータを読み込んで自ら知識を得る「機械学習」は、AIの歴史でも革命的な出来事とされる。劉は講演を聴いて感じた。「AIは今後、社会がこぞって向かう方向だ」。電気回路を学んでいた劉だが、AIに重点を移そうとした瞬間だった。
AIを使った画像認識は、配送車を無人で動かすための技術としていま大いに役立っている。「学問を究めるなかで見つけた今の仕事だ。長きにわたって取り組める価値がある」と劉は話す。
ただ、劉はその後、すぐに起業したわけではなかった。12年からはチューリヒ連邦工科大学でAIやロボットなどの技術を身につけた。帰国後の14年、飛ぶ鳥を落とす勢いのIT企業・アリババ集団に入社した。留学で技術を学び、アリババではビジネスの素養を身につけた。
満を持して16年7月、自らが習得した電気回路の技術とAIを組み合わせ、無人配送車を製造する真機を設立した。ただ、当時は出稼ぎ労働者の給料は安く、配送も人力であることに誰も不自由を感じなかった。「私たちの考え方を理解してくれる人はほとんどいなかった。詐欺だと思われた」と劉は振り返る。
当然、金はない。技術だけが頼りだったが、現実の世界では需要に結びつかない。「5~10年後、世界はこうなるという確信はあったが、目の前でどうしていいかはっきりしなかった」と方向性に悩んだ。
だが、とにかく変化が早い中国。2年もしないうちに局面は大きく変わった。出稼ぎ労働者が地方に帰り始めたのだ。そして、劉の手がけた無人配送車は、蘇寧によって実際の配送に使われることになった。
無人配送業界は競争が激しい。京東だけでなく、古巣のアリババも参入した。大企業との競争は怖くないのか。劉は「我々の注目しているのは競争ではなくて、どれだけ顧客の価値を高められたかだ。我々のサービスが業界で最も優れたモノであることに関心を持っている」とこたえた。
劉が最初に成功したのは小学5年生の時だった。「未来について自由に思いを巡らす(未来暢想)」という作文を書いたところ、先生が新聞社に送った。その結果、紙面に掲載されることになり、15元(約250円)の原稿料をもらったことがあるという。
今、劉が描く未来は「ロボットを当たり前なものと思える世界」だ。無人配送車にとどまらない次のロボットは何か。劉は相変わらず未来について思いを巡らしている。「ロボットとAI、インターネットを組み合わせて、これまで解決できなかったような大きな問題を解決したい」。今、そう思い描いている。