スタートアップバブルがはじけた。
最近、そんなヒソヒソ話が耳に届きます。ベンチャーキャピタル(VC)が「おもしろいスタートアップがいない」と手を引き始めているとか、資産家がお金を出さなくなっているとか……。一方で、政府は「スタートアップ創出元年」を掲げています。
ザザ~ッと潮が引いていくような肌感覚は、私自身も味わっています。先日、私たちが運営する東京・目黒のコワーキングスペースImpact HUB Tokyo(IHT)の利用者から、こんな風に声をかけられました。
「渋谷にいると、人に会えないんですよ」
テック系ベンチャーが多く居を構え、「スタートアップの聖地」と呼ばれる渋谷。「渋谷ではみんなNFTとWEB3*の話しかしない」と皮肉る声もきこえます。たしかに、新型コロナの感染予防策が優先され、ソーシャルバブルの中だけで長く過ごしていると、日常会話の相手が起業家仲間に限定されてしまいます。
*WEB3(ウェブスリー)=ブロックチェーン(分散型台帳)技術を土台にした次世代インターネット
スタートアップバブルって何?
「人に会えない」というつぶやきの背景には、どうやら、「ユーザーとの接点が途絶えて、ユーザーの気持ちが分からなくなっている」というジレンマが潜んでいるようです。
米国の急激なインフレと景気減退を伝えるメディアは、日本にもスタートアップバブル崩壊の波が到達すると警告します。ウクライナ情勢と円安でビジネス全体が厳しくなっているのは事実で、衝撃波がそろそろ来そうな予兆もあります。
だからこそ、私は冷静に、いま起きていることを見ておきたい。少なくとも、「だから言っただろ」と上から目線で、スタートアップ的なものを全否定するような人たちへの燃料投下は防がねばという思いです。
そもそもスタートアップバブルって、いったいなんでしょうか。
かなり局所的に、渋谷や六本木あたりだけで起きていることかもしれないし、フィンテックが集まる丸の内では、また様相が違うかもしれません。
渋谷は「スタートアップの聖地」の開発マネーがまだ飛び交っていて、逆にバブル真っ最中という人もいます。政府に「スタートアップ庁」ができるという話もありました。今この時点の観測では、ある人にとってはバブルが終わり、ある人にとってはバブルが始まる、のかもしれません。
たとえば、地方自治体の創業支援事業は、活況です。いくつかの自治体からオンライン会議などに呼んでいただきますが、「この町から『ユニコーン』**が出ると思いますか」と大真面目に問われて返答に窮すこともあります。ユニコーンを出すことが、自治体事業のKPI(重要業績評価指標)になってしまっているのです。しかも担当者はその奇妙さに気づいていません。
**ユニコーン=評価額が10億ドル以上の未上場企業
ユニコーンが生まれる土台に欠かせないもの
私に言わせれば、「ユニコーン」という呼称は、夢破れたスタートアップの累々たる屍(しかばね)を踏み越えて仁王立ちする存在を表す言葉であって、それを生むにはまず、多くの起業家の卵がかえって殻を出られるエコシステムをつくりあげることが必須条件なわけです。
ところが自治体の創業支援のふたを開ければ、起業家に地元の士業の人を紹介する程度にとどまっているのが実態だったりもします。こういう現場に、はたして「スタートアップバブル崩壊」は何をもたらしてしまうのか……。
「渋谷で人に会えない」とぼやいた彼との会話には続きがあります。
「東京なのに田舎みたいなところ」にIHTがあってありがたいと言われたのです。
渋谷と目黒は、山手線でほんの2駅しか離れていませんが、この辺りは、チャイルドシートを取り付けた「ママチャリ」や、スーパーの袋を下げてゆっくり歩くおじさんの背中、犬を散歩させる女性たちのしゃべり声が「日常風景」を構成しています。人々の暮らしが見える、言い換えれば、起業の基本である「日常の中の困りごと」を見つけられる、課題抽出に適したフィールドなのだと思います。
ここで私たちは、ソーシャルビジネスを中心とした起業家が集う拠点として、2013年にI HTを立ち上げました。「スタートアップ」という言葉を使っていた時期もありますが、日本では「スタートアップ」が、「VCから資金調達してIPO」という起業パスの代名詞的に使われるようになってから、意識してこの言葉を避けています。
そういう「スタートアップ」ではなく、コトを起こす、文字通り何かをスターティングアップする人たちを応援したい、それが私たちの提供価値だと考えているからです。
暮らしの中から課題を見つけてビジネスを磨く
ステレオタイプ的なスタートアップを「面白くない」と思う人たちは、最近は農業や事業承継に熱い視線を注いでいるそうです。ものづくりをしていて、何らかの製造アセットを持っているところが強くなっています。
たとえば、デザインファームが家具屋さんを買収したとか。重厚長大でも、テック系でもありません。大きな資金調達も必要ない。確かにイギリスでは10年位前から、古い事業のリノベーションが増えつつあると聞いていました。
私はこの動きを、コトを起こす形のバリエーションが増えたとポジティブに見ています。IHTにも、VCからの一獲千金を狙わずに地道に規模拡大を目指す「ブートストラップ型」***の起業家がたくさんいます。暮らしに添った課題を見つけ、深堀りして深堀りして、自らビジネスの価値を磨いています。
***ブートストラップ型=外部から資金調達せずに自己資本だけで運営すること
このコラムは、「東京の田舎みたい」なちょっと不思議な現場から、「コトを起こす」とは何かを考えていきます。気が向いたらぜひ、Impact HUB Tokyoにも足を運んでください。