聞くこと、問うことの重要性が見直されています。
東京・目黒で私たちが運営するコワーキングスペースImpact HUB Tokyo(IHT)は、2013年の立ち上げ当初から「WHY(なぜ)」を問うことを大切にしています。なにしろオフィスの外壁に、Questioning+Action=Impactと書いてしまうくらい。
とにかく問うんです。起業家が新しく利用登録に来てくれたら、最初のオリエンテーションから、質問のシャワー。
「なぜ、そのビジネスを始めるのですか」
「なぜ、あなたがやらなければ、ならないのですか」
「なぜ、いまですか」
なぜ、なぜ、なぜ。
フィードバックに泣いちゃう人も
どこかで聞き覚えのある大義名分やテンプレート的な模範解答ではごまかされません。問い続け、掘り下げます。けれど、絶対に否定はしません。このことは、運営チーム全員が徹底して気を付けています。
だから聞かれている側も安心して、断片的な思考やかすかな心の動きをどんどん話してくれます。自分の内面をのぞきこみ、ときには幼少期の記憶までたどって答えを探して、必死で言語化します。
それに対して運営スタッフが「なるほど、あなたにはこういう価値があるんですね」とフィードバックすると、それだけで泣いちゃう人もいます。
詰められて泣くんじゃないですよ。
起業してから初めて、まるごと自分を受け止めてもらえた、思いが届いたって胸アツになっちゃうみたい。
コロナ禍、起業家たちの逃げ場に
「ここに来ると、『調達した資金はいくら』とか、ほかの人と張り合わなくていいから居心地がいい」という利用者(コミュニティーメンバー)もいます。自分のビジネスアイデアを話すと「シビアなエリアだね」「マーケット、小さくない?」と厳しいことばかり言われて傷つくけど、IHTはそれがないのがいい、とも言われます。
起業家は孤独です。
だから逃げ場が必要で、私たちは、彼ら/彼女らが安心して逃げ込める場所を守っている。その自負は、コロナ禍を経て、より鮮明になりました。
パンデミックの嵐は世界のコワーキングスペースをなぎ倒し、IHTにとっても、存在そのものを揺るがされる危機でした。でも実はパンデミック前の2019年冬の時点ですでに、私たちは何があってもオフィスは閉めないと決めていました。「『逃げ場』が必要」という見解が社内で一致していたからです。当初はかなり直観的な意思決定でしたが、ここでも、IHTならではの「問い」の掘り下げが重要な役割を果たしました。
IHTには「フィロソフィー」と名付けた長い会議があります。日本語にするなら「思考の会議」。何かを決める会議ではなく、運営チームで集まって延々と話す。頭の中で起きていること、感覚で感じ取っていること、みんなが囲んでいるテーブルに載せて、一緒に眺めるようなイメージです。時には、ネットワーク理論やシステム思考を使って分析してみたり、議論しながら図を描いてみたり。コロナ下は必然的に、この会議の議論が濃密になりました。
コミュニティーの力で孤独に打ち勝つ
世界中の誰にも先が見えない状態で、そもそもコワーキングスペースという事業は続けられるのか。人が集い、つながることに価値を持たせたビジネスなのに、集まれない。提供できているのはコーヒーとWi-Fiと場所だけ。「自分の存在意義は?」と、運営チームは不安でいっぱいでした。一方、IHTの利用者たちは何が不安なのか。何が怖いのか。その不安や恐怖に対して、私たちは何をするべきなのか。何ができるのか――。
とにかく話そうと。オフィスに来なくても、オンラインでいいからと呼びかけて、お互いに問いをぶつけ合ううちに、「ああ、私たちは今、孤独に対峙している」と腹落ちしたんです。孤独に、コミュニティーの力を借りてどう打ち勝つか。それがImpact HUB Tokyoの課題だ、と。モニターの向こうのチームメンバーとも、それを共有できたという手ごたえがありました。
周りは一時的に閉鎖したり、そもそもビジネスを閉じてしまったりするコワーキングスペースが多いなかで、私たちは開け続けました。スタッフは守らなければいけないので、カギやセキュリティーシステムを変えるなど無人オペレーションの体制を整備して、利用者の了解を取りました。
連日のように「閉めないでくれて助かっている」「自宅は子どもがいて仕事にならない。本当にありがとう」とダイレクトメッセージをもらいました。
そして今また、海外から人の流れが戻ってきています。
東京に勤務先の拠点がある人もいれば、妻の実家があるから日本に来たという人もいます。観光ビザが出にくいから引っ越してきちゃったという人も。コロナ禍を経験した後で、ビジネスの場所、生活の場所として、彼らはなぜ日本を選ぶのか。興味もあるし、一緒にどんなことができるか楽しみでもあります。