■国内市場がそこそこある日本、挑戦者育ちにくい?
――2015年の著書「世界の投資家は、日本企業の何を見ているのか?」では、1ページ目から「(日本に)世界で戦えるレベルに育っているベンチャー企業は、本当に数えるほどしかない」と、ズバリと指摘しました。あれから約6年が経ちましたが、いまはどう見ていますか?
「世界で戦えるレベル」のベンチャー企業、つまり「ユニコーン」(企業価値が10億ドル=約1150億円を超える未上場企業)について話しましょう。最近のデータによると、世界首位であるアメリカにはユニコーンが約430あり、中国は約170で2番目。日本のユニコーンは残念ながら「8つ」だけです。
――たった8つですか。米中との差は大きいですね。その理由は何でしょうか?
経済専門家がよく語っている理由は大きく3つあります。
一つは、日本には「リスクキャピタル」(新しい成長の担い手を支える資金)が少ないから、スタートアップがうまく育たない。次に、日本ではベンチャーへの信頼が低く、投資のリスクをとらない。投資するのであれば、リスクの少ない上場企業の方がよいという風土があること。三つ目は、スタートアップの規模が大きくなったら日本市場で上場して、そこで満足してしまう起業家が多い、ということです。
以上は一般的な見解ですが、ベンチャーキャピタルを手がける私の見方を説明します。日本のアントレプレナー(起業家)を見ると、ベンチャー企業をつくるときに日本国内の規模で考えていて、グローバルな規模で起業する人が少ないと感じますね。
例えば、私たちが投資する宇宙ベンチャー「スペースX」。民間で初めて、国際宇宙ステーションへの有人ロケットを打ち上げたことで有名になりましたが、ロケット打ち上げのほかにも、スケールの大きい事業を考えています。1万2000もの衛星を宇宙空間に打ち上げて「衛星の層」をつくり、次世代のインターネット網をつくる構想です。現在のインターネット網のほとんどは海の中を走っている「マリンケーブル(海底ケーブル)」ですが、これを全部宇宙に持っていくのです。すでに一部は使えるようになっています。
さらに、ロケットで世界各国を移動できるプロジェクトも手がけていて、これが実現すれば、アメリカと日本を約30分で結ぶことができます。このような壮大な事業をベンチャー企業がやっているのですね。
いまでこそ、スペースXの株式時価総額は日本円で10兆円規模ですが、最初は失敗続きでした。会社がつぶれるかもしれないという危機のなか、ロケット打ち上げにようやく成功し、いまのビジネスの土台ができました。あのとき失敗していたら、起業家のイーロン・マスク氏はいまごろ事業をやっていなかったかもしれないです。
日本の起業家のみなさんも、これぐらいのグローバル規模の絵を描いて挑戦してほしいです。日本は人口が多く国内のマーケットも大きいので、事業は国内で何とか成り立ってしまうし、国内での上場もできる。無理にグローバル市場に出なくてもとりあえず事業はできます。日本で完結してしまうことが「世界レベルのベンチャー起業」が育ちにくい理由かもしれません。
■「シャイ」「遠慮」は通用しない
――ウッザマンさん自身、日本に留学して、日本の大学で学んだ経験があります。日本をよくご存じだと思いますが、世界レベルのベンチャーが育ちにくい理由があるのでしょうか? とりわけ、文化的な側面や国民性から感じることはありますか?
文化的な側面はあると思います。世界水準の技術を持っている日本のスタートアップは多いのですが、それらをうまく活用できていない。日本の起業家のみなさんは、せっかくすばらしい自社技術や商品を持っているのに、大きく自慢することはありません。正直、アメリカや中国のアントレプレナーの場合、1レベルの技術を10の水準で語るようなこともありますが、日本の起業家の場合、逆なのです。10の水準のものを、6とか7でしか説明しないのです。日本の文化や国民性があるのかもしれませんが、遠慮するのですね。
でも、ベンチャー業界、ビジネスの世界では、それは通用しません。説明を受けた世界の投資家たちが「ああ、それは6レベル程度なのか」と思ってしまう。10レベルの水準であれば、きっちり10と言わなくてはなりません。遠慮する必要はないのです。シャイで自分たちのことを自慢しないカルチャーが、残念ながらカベになってしまっていると実感します。
――私がアメリカで勤務していたころ、大企業がベンチャー企業を積極的に買収するケースを数多く見ました。日本ではそうではないですね。
日本でビジネスをするにあたって、私はいろいろな人から「日本のベンチャー起業家と話すときは、エグジット(資金回収)の話題はしない方がいいですよ」とアドバイスされました。その理由は、多くの起業家がM&A(企業買収・売却)というものに、ポジティブな印象を持っていないことがあります。
アメリカだと、「事業売却などのエグジットプランはどうなっていますか」と、育ち始めたばかりのスタートアップとも当然のように話します。どんなベンチャー企業に対しても、「この大企業と組めば、お互いにウィンウィンの関係が築けます」とか「あの大企業と合併・統合しませんか」、「あの大企業に買収してもらうのはどうですか」といった話は日常的に交わされています。日本ではそういう話をする機会が少ない。アメリカにおけるエグジットの大部分はM&Aのかたちで行われ、IPO(新規株式公開)ではありません。この違いは大きいですね。
あと、私が日ごろ感じているのは、日本のベンチャー企業の社長たちは、自分がつくった会社をとても愛していますよね。「愛している」からこそ、守る気持ちがあってM&Aにポジティブではないのかもしれません。自分の会社を手放したくない、そのまま自分のものとして手元に置いておきたいという考え方があると思います。
■M&Aにポジティブイメージがない、なぜ
――自分が一生懸命つくった会社ですから、「愛している」という心情は理解できる気がします。
ただ、ベンチャー企業である以上、投資してもらった投資家に対する責任が伴うことも忘れてはなりませんね。投資家たちは、あなたの会社が「いちばん小さいとき」に信頼してくれて、その投資に対する確実なリターンを求めているわけです。その責任は、ベンチャー企業の社長として、起業家として果たしていかないといけない。私が強調したいのは、M&Aなどで「エグジット」することも、一つの成功の「しるし」です。悪いイメージで受けとめない方がよいと思います。
日本のベンチャー企業を見ると、まだまだ海外からの出資を受けているところが少ないですね。海外からきているVC(ベンチャーキャピタル)は日本にはまだ少ないので、国内の投資家が多く、そのため日本国内での上場で終わってしまうのです。東証マザーズで上場するということが一般的なエグジットのかたちであって、買収や売却などM&Aが盛んであるとはいえないですね。
――シリアルアントレプレナー(連続起業家)も少ないように思います。
ベンチャー企業の社長が、長く会社を保有し続けて、あまり資金も集めないでいると、その会社の成長はゆっくりになります。例えば、シリコンバレーのベンチャー企業のスタイルですと、すばやく、大きくお金を集めて、早く成長して、ユニコーンになって、エグジットしたら、「次のやりたいこと」に挑戦するということが多い。
「自分の会社に愛着があるから長く保有したい」「焦らずゆっくり成長していけばよい」という考え方もありますが、アメリカや中国、インドのアントレプレナーを見ていると、できるだけ早くお金を集めて、成長させて、一つのプロジェクトが終わったら、2つ目、3つ目のスタートアップをやってみたいという起業家は多いです。
だからこそ、そういった国々では「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」は多いですね。残念なことに、日本にシリアルアントレプレナーはまだまだ少ないです。
――シリコンバレーのベンチャーキャピタルは、日本のことをどう見ていますか?
日本への印象はすごくポジティブだと思います。「メイド・イン・ジャパン」は評価の高いキーワードです。日本の商品のクオリティーの高さ、日本でのビジネスのやりやすさは、よく知られています。ただ、日本のベンチャー市場がまだ閉鎖的であるように見受けられるので、もっと情報を発信していく必要があると思います。
――「閉鎖的」とは?
いま、アメリカの投資家がグローバルでベンチャー投資をするとなったら、インドや中国、シンガポールとなってしまう。なかなか「日本で」とはならない。理由の一つは日本の情報がないからです。私たちの会社は日本のことを熟知していて、これまでに日本で40社以上に投資し、そのうち10社以上がエグジットしました。ベンチャーを育て、私たちも利益を得ることができました。しかし、多くのアメリカの投資家は日本のベンチャーのことをよく知りません。日本政府や民間機関が、日本のことをもっとPRしてもよいと思います。
――日本のベンチャー投資を手がけるウッザマンさんは、日本での留学経験があります。日本の大学で学ぼうと思った理由を教えてください。
1990年代、日本はコンシューマーエレクトロニクスが盛んで、日本の電化製品は世界で人気がありました。私自身、製品を通じて日本へのあこがれがありました。「工学を学びたい」と思っていたところ日本の奨学金をいただくことができまして、東京工業大学で4年間学びました。
投資家になって、グローバル規模での投資活動を始めました。アメリカ以外でどこからスタートしようかと思ったときに、やはり愛着があって、コネクションもあった日本でやることにしました。当時、私の友人たちは全員インドや中国、シンガポールに行ってしまったのですが、私だけ日本を選びました。
現在、さまざまな国・地域で投資していますが、日本をハブ(拠点)にしています。東京がアジアのヘッドクオーターです。東京を拠点にして、インドネシア、ベトナム、シンガポール、インド、韓国、台湾といった国のベンチャー企業に投資しています。
――これまで、日本のベンチャーには厳しい見方も率直に述べていただきましたが、それでもウッザマンさんが日本に投資し続ける理由は何でしょうか?
ユニコーンの数はまだまだ少ないかもしれませんが、ひとつ重要なことは、日本のアントレプレナーはみなさん、非常に一人ひとりの質が高いです。いったん事業を始めたら、まじめに最後までやり通して、会社を立派に育てます。これは大きな特徴なのです。正直さ、細やかさ、適切さなど、これらの点においても他国のアントレプレナーは日本に勝てません。そこがあるからこそ、規模の面ではユニコーンに達していなくても、よいところを信頼してサポートしていきたいと考えています。