――スタートアップ約60社に投資しているそうですね。
アメリカやヨーロッパ、アジア、南米、アフリカ……、全世界で投資しています。コロナ禍でも各地に足を運び、実際にはその何十倍もの事業や企業をチェックしています。
本当にいい案件は足が速いです。回答は明日までとか今週までにとか、短期間で決断しないといけない。いつまでも待ってくれたり、勧誘されたりする案件はだいたいいい話ではないんです。だから小さくても、決断が早い個人が強いと思っています。
僕は投資の世界ではワインショップのクロアチアワインのようなレアキャラとして多少存在意義があるかもしれません。日本人で早く決断して多様な分野と地域に個人で投資している人は珍しいそうです。英語をある程度話し、日本で新聞、金融、政治の職歴があり、世界的な大学やシンクタンクに籍を置いているので、やがて日本やアジアの市場に進出を考えているスタートアップから優先的に話や相談がくることがあります。
そういう話はだいたいエレベータートークというんでしょうか、食事したあとの帰り際にぽろっと出たりするんですね。オンラインだとそういうタイミングはまずないし、だれが聞いているかもわからないから絶対に言わない。結局、ビジネスはリアルな対面が大事なんだとコロナ禍で痛感しました。
投資は最初からホームランは狙えません。狙って何度も死にそうになりました。私も三振ばっかりから、ゴロ、フライ、ポテンヒットという感じです。そしてまぐれ当たりのホームランがぎりぎり入るかどうかというところ。途中経過なので全然まだまだなんともいえません。手痛い失敗を重ねて、目先の利益は追わず、長い目でみるようにしています。お金をリターンとして欲しがるというより、人類の進化にちょこっとでも貢献しようというスタンスになってきました。
――どのような分野に将来性があると考えますか。
やはり目先ではWeb3ですね。これはクリプト、NFT、メタバースだけのことではありません。農業も製造業も政治も変えるインパクトがあります。生み出す価値はWeb2より一桁二桁大きいという感覚を持っています。
また、近年は少し前までSF的だったものが現実的になってきています。たとえば、私も最近、地球軌道上で太陽光エネルギーを作って地球に安全に送電する衛星を作るスタートアップに投資しました。
宇宙空間での太陽光発電は、同じパネルを使っても地球上のものの6~10倍の発電ができます。しかも地球軌道上の太陽光発電は太陽に常に接するので24時間365日稼働します。一方で、衛星軌道上から地球へ送電する場合、発電した電力のうち25%~35%を送電できます。つまり送電中失われる電力を考慮しても地球上の太陽光発電より2倍から3倍の電力が生み出されます。
これは地球上のいかなる発電方法よりはるかに安く、効率よく、最もクリーンです。この方法が確立されれば、24時間365日フレッシュに発電して送電できるので、いかなる電池技術も破壊してしまうかもしれません。
かつては空想だった世界が、いまやトム・クルーズの次回主演作の映画も宇宙スタジオで撮影する時代。特殊な人の特殊な世界ではなくて、食糧生産や長期の観光滞在など、地上でやっていることがこれから普通にできるようになるし、重力のない世界だからこそ可能な、ものすごく価値のあるものを生み出す可能性を秘めている。
ほかにも、ヘルステック、フードテック、クライメイトテック(気候変動対策テクノロジー)、などテクノロジーが世界を変える時代です。
――投資家として日本のポテンシャルをどうみますか。
世界の貧しい国のほとんどはお金が足りないわけですが、日本はまだまだお金はあるんです。借金は多いけれど、対外純資産も世界一だし、日本のポテンシャルは相当高い。でも円安でどんどん価値が減っていますけどね。
いま注目しているのは日本での観光事業で、美しい山や川、世界遺産の合掌造り、ミシュラン付のレストランがたくさんある富山県に、世界の富裕層が集まる自然を活かしたラグジュアリーリゾート開発を、ホスピタリティ産業のレジェンドである人物と一緒にやろうと思っています。
観光業は輸出産業なので、地方にありながら、外貨を稼げる、円安を逆手にとれる重要産業です。日本の観光業のポテンシャルは無限ですが、単純な訪問客数を指標にするのではなく、静かでマナーがよく、たくさん外貨を地方に落としてくれるハイエンド客を地方に長期滞在してもらえるような形にすべきだと考えます。
もう一つは高齢者の事業です。日本では自宅で老後のケアを受けたいという需要があるのに、家にきてくれる人材がいないという話をよく耳にします。アメリカやシンガポールでは日本より気軽にヘルパーさんをすぐに自宅に呼ぶ選択肢があります。人口減少・高齢化という社会の変化に投資のチャンスがあります。テクノロジーだけでは解決できず、人手が必要なので、円安がさらに進行する前に、いい人材を日本主導で引っ張ってくる施策に切り替えるべきです。
あとはWeb3ですね。日本のアニメ、漫画、アート、工芸品などが世界でさらなる付加価値を生むチャンスです。コンテンツ大国はWeb3と相性いいです。ただ、これも早急に規制と税制を望ましい形に変えるべきでしょう。ロケーションも関係ないので、地方再生につながります。
日本はラグビー日本代表チームをイメージしたものをつくれば、最強になれる。チームの半分以上、日本で生まれていない選手でも、日本のために体を張れば強いし、みんなも応援しているじゃないですか。やっぱりアメリカの強さはそこなんですよ。アメリカで生まれた人ばっかりでやっていたらアメリカは強くなれない、と彼らはわかっている。日本の「1億総活躍」は政治スローガンとして理解できますが、本当にやるべきは世界80億人を日本のために活用することだと思います。
――多様性が日本を強くする、と。
多様性って、よくSDGs的な文脈で語られますが、実はいい、悪いとかなんて関係なくて、彼らは勝つためにやっているんです。多国籍というだけでなく、いろんな障がいを抱えるチャレンジドの人たちは、視点や感受性が違っていたり、センスがあったり、特異な才能をもっていたりして、シリコンバレーで大成功している。認めてあげようとかいう次元ではなくて、そういう人たちの能力をリスペクトしてやる気を引き出し、社会が戦力として活用しようとしているんです。
アメリカではスタートアップがたくさん生まれ、淘汰され、成功するのは一握り。投資家としてはリスクが大きく、僕自身もコロナ禍で「現金化もできない、どうしよう」と恐い思いをしました。でも、アメリカは「ミステイクOK」の国です。失敗しない人はイコール挑戦していない人。ミステイクの意味は、やってはいけないことや、自分が向いていないことを理解するための痛みの経験です。ただ、そこから学ばずに同じミステイクを繰り返すことが、許されないのです。
日本もミステイクOKの社会になって欲しい。たとえば、アカデミックシーズといわれる大学発ベンチャーへの投資はもっと増えるべきです。日本の大学関係者から、投資してもらえないかとか、シンガポールで投資してもらえる人を紹介してもらえないかという相談もくるのですが、日本ではたくさん時間をかけて書類を仕上げたあげく、数百万円程度しかもらえない、と大学の先生がなげいているのが現状です。
世界のビリオネアたちと交流していると、いまの時代は「セルフメイド」の金持ちがかっこいい。つまり一代で稼いだ人が尊敬されるのです。もちろん金持ちの家系に生まれて苦労した人や、素晴らしい人もいますが、みんなの関心はどうやってお金を稼いだかというプロセス。いわゆる「ファミリーリッチ」とわかると、みんな内心「あ~あ、残念……」と受け止める傾向があります。
その傾向は子どもの世界でも起きている。シンガポールにも豪邸に住んでいたり、プライベートジェットをもっていたりする人たちはいますが、子ども同士でも「スポイルド・キッズ(甘やかされただめな子の意)」としてみられてしまう。だって自分では何にもしていないよね、子どもとしてその家に生まれただけだよね、ただ、お金を使っているだけだよね、なんて会話を子どもたちがしているんですよ。
――シンガポールには中華系、米国系、インド系の中学、高校や、世界トップクラスの大学もあり、留学先、移住先として人気の国ですね。
大将を射ようとするならその馬を射よ、ですよ。高度人材ほど子弟の教育を重視しています。子弟の教育が充実している国を仕事場として選択する傾向が強いのです。
――シンガポールの学校を通して奨学金をつくり、西アフリカの国、ブルキナファソから14歳の女子ひとりを受け入れて、学費や衣食住の面倒を卒業までみるそうですね。
人に投資するのが一番いい投資だと思っています。リターンは人類の幸せです。
その子はお父さんをなくし、治安も経済も厳しい母国で、きれいな夜空の星を見上げながら宇宙物理学者になることを誓い、素晴らしい成績を残しています。思いだけではなく、地に足をつけてシンガポールに留学できるだけの学力を身に着け、アドミッションを驚かせています。バスケ選手でもあり、体力もあるそうです。そういう彼女が母国でリーダーになったり、人類の宇宙開発をリードしてくれたりしたら最高です。
歴史を勉強していると、多くの改革やリーダーは辺境から発生します。辺境のダークホースが時代を動かすのです。まさに彼女はそれだと思っています。でも彼女がどう人生を生きるかは彼女次第で、全然違う道に進むのもOKです。
――一方、日本は教育への投資が少ないという点を問題視していますね。
少なすぎます。教育は義務教育とか、4年生大学卒業までではありません。テクノロジーが加速的に進化し、世界情勢がコンスタントに激変する世界で、アップデートを続けないと生き残っていけません。
そして医療が高度化し、寿命が延び、ますます医療コストがかさむ世の中、よほど限られた人以外、死ぬまで引退できません。死ぬまで教育を受ける時代なんですよ。僕は国立シンガポール大学で、社会人向けに地政学のプログラムを担当していますが、世界と比較して日本企業の社員教育や研修への投資は20対1くらいともいわれています。日本人はいわゆるエリートといわれる人でも大学院で学ぶ人が少ない。こんな教育レベルでは国としても個人としても、生き残ることは難しいです。
日本のある自治体からも、給料よりも、海外留学の機会があるか、そのための休暇や支援が整っているかどうかを、就活する学生は見ていると話を聞きました。若い人たちは見抜いています。目先のお金より自分をレベルアップさせる機会を重視しています。
――ご自身も山一証券社員の時代に米・イェール大学に留学して修士号を取得していますが、帰国後に会社を辞めたそうですね。雇用の流動化が進むと、企業側としてはせっかく海外留学の費用負担をしたのに戦力にならなかった、という残念な結果になりかねない。
自分がそうだったので、否定しません。ただ、欧米では優秀な人材は4、5年で辞めていき、新しい人材が入ってくるというサイクルを大前提にした設計になっています。逆に、そういった成長の場を与えない企業にはいい人材が集まらないという現象が起きています。短期的には組織の損失になっても、国力の底上げにつながると考えれば、回り回ってメリットがある、というふうに考え方を転換するしかないでしょう。
加えて、出戻りも大歓迎です。日本だと組織を出ると「裏切り者」扱いですが、世界では外の世界を見てきた人を、付加価値のついた戦力として再評価します。度量の狭さがポテンシャルを削いでいるのです。
仕事でアメリカの大学の学長らと話す機会も多いのですが、いま日本人の若者はアメリカの大学で大歓迎です。米中関係が悪くなり、中国人の留学生や研究員が大学から締め出される形になっているので、日本人にはどんどんきてほしいというのです。円安でコスト的に難しい面も当然ありますが、時代の流れとしては、日本の若者がバブル期のように海外へ出て学ぶチャンスの到来です。さらにいえば、レアキャラの日本人だと合格率も高まります。
未来の描くうえで、「先生」って、きっといまの子どもたちだと思います。学校の先生でも、親世代でもありません。たとえば、娘は「バッグなどのモノは一切いらないから、メタバース(コンピュータネットワークの中に構築される3次元の仮想空間)でみんなに見てもらうバッグが欲しい」といいます。なぜなら、「現実世界でいくらいいバッグを持っていても、シンガポールの人にしか見てもらえないけれど、メタバースなら自分のキャラクターが持つバッグは地球の裏側の人に見せて、褒めてもらえるから」と。
ある欧米の高級有名ブランドは2030年の売り上げの半分がデジタルグッズになると予測しています。皮製品や繊維を使わなくていいのでSDGsだし、現在の子どもたちが大人になったときの承認欲求やブランド顕示欲はメタバースで満たされるというのです。我が娘を見ていると、さもありなん、です。子どものほうがデジタルネイティブだし、新しい技術で社会の問題を解決していく能力も高いのでしょう。(おわり)