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日本のスタートアップ、障壁は「失敗嫌う文化」世界経済フォーラム日本代表代行が指摘

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1月15日の開幕に向けて準備が進む世界経済フォーラム年次総会の会場
1月15日の開幕に向けて準備が進む世界経済フォーラム年次総会の会場=2024年1月11日、スイス東部ダボス、世界経済フォーラム提供

世界各地から経営者や政治家、学者、NGO関係者、若手起業家らが集い、経済や環境、安全保障など地球規模の課題について議論する世界経済フォーラム(WEF、本部・ジュネーブ)の年次総会が1月15日、スイス東部のダボスで開幕します。それに合わせてWEF日本代表代行の本田希里子氏がGLOBE+に寄稿し、日本が世界で輝くためには失敗を過度に恐れる日本の悪習を改め、イノベーション力を高めることが必要だと指摘しました。寄稿文は以下の通り。
世界経済フォーラム日本代表代行の本田希里子氏
世界経済フォーラム日本代表代行の本田希里子氏=本人提供

「失敗嫌う文化」が足かせ

2023年4月、世界は日本の宇宙探査の重要な瞬間を目撃しました。日本のスタートアップであるispaceが、日本の企業として初めて月面に探査機を着陸させるというミッションに挑んだのです。

最終的にミッションは失敗に終わりましたが、ispaceの代表取締役CEOである袴田武史氏の対応は型破りで新鮮でした。同氏は、失敗を悔やむのではなく、貴重なデータを得たという成果を強調し、失敗を今後のミッションに向けた重要な一歩と位置づけました。失敗がタブー視される社会にあって、このような稀有な失敗観は変革の道標となるものです。

月面探査車の実物大模型とispaceの袴田武史代表
月面探査車の実物大模型とispaceの袴田武史代表=2023年11月、東京都中央区

日本は昔から失敗を嫌う社会として知られており、それは教育からキャリア追求に至るまで、人生の様々な段階で現れます。失敗を避け、常に正しい答えを出すことを重要視する文化が深く根付いているのです。

その結果、挫折を経験した人たちに対して寛容でない社会が生まれ、個人が立ち直り、改善することが困難になることも少なくありません。このような環境では、失敗は単なる障害にとどまらず、さらなる挫折を招く要因になり、進歩やイノベーションを押しとどめます。

失敗を恐れる風潮は、日本における起業も妨げています。日本のベンチャー企業の発展を支援する一般社団法人「ベンチャーエンタープライズセンター」(東京)が行ったベンチャー企業へのアンケートによると、日本で起業家精神を高めるために必要なこととして最も多く挙げられているのが「意識・風土・風潮」の変革。終身雇用や年功序列といった根強い慣習が、リスクテイクや失敗からの学びを奨励する文化の醸成を阻み、日本の国際競争力を妨げているのです。

スタートアップ育む環境整備が急務

イノベーションの力を順位付けする「グローバル・イノベーション・インデックス(GII)2023」で、日本は調査対象となった132の国と地域の中で13位でした。これは称賛に値する順位ですが、この順位を維持・向上させるには、失敗に対する社会の姿勢を根本的に変える必要があります。

失敗を次の挑戦に対する「抑止力」としてではなく、成長とイノベーションの「触媒」として受け入れることは、日本がその潜在能力を最大限に引き出し、ダイナミックなグローバル・イノベーションのランドスケープで効果的に競争するために極めて重要です。

変革の必要性を認識した日本政府は、2022年11月に「スタートアップ育成5か年計画」を開始しました。この計画は、2027年までにスタートアップに10兆円(約6.7億米ドル)を投資し、100社のユニコーン企業(企業価値10億ドルを超す未上場企業)と10万社のスタートアップを創出し、日本をアジア有数のスタートアップ・ハブにするという包括的な目標を掲げています。

こうした進展が見られる一方で、資金調達やユニコーンの数という点では課題が残っており、日本は現在、米国や英国に後れを取っています。

変革への危機感は日本企業も同じです。日本で最も影響力のある経済団体のひとつである経団連は、日本の持続可能な経済成長を確保するためには、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグリーントランスフォーメーション(GX)を促すイノベーションを加速させることが必要だとし、その方法として、スタートアップのエコシステム強化の重要性を認めています。

Nikkei Asiaよると、未上場のスタートアップ企業13社がユニコーンに近づいており、これはこれまでで最も多い数となっている一方、ユニコーンになった企業はまだ一桁。アメリカ、中国、インドに遠く及ばない状況です。

そんな中、日本のイノベーションが世界の舞台で輝いた例もあります。2023年12月、サンフランシスコで開催された「スタートアップワールドカップ」で、インフルエンザの診断を支援するAI(人工知能)搭載の医療機器を開発したアイリス(本社・東京)が優勝。この優勝は、日本のスタートアップの可能性を示しただけでなく、スタートアップが国際的に活躍するための支援環境の重要性を浮き彫りにしました。

スタートアップワールドカップで優勝し、笑顔を見せるアイリスの沖山翔代表
スタートアップワールドカップで優勝し、笑顔を見せるアイリスの沖山翔代表(左から6人目)=アメリカ・サンフランシスコ、ペガサス・テック・ベンチャーズ提供

さらに、環境に配慮した新素材の開発に取り組む「TBM」(本社・東京)とオープンソースの自動運転OSの開発を先導する「Tier IV」(本社・名古屋市)の二つの日本企業が、最近、世界経済フォーラムのユニコーン・コミュニティに加わりました。

信頼がもたらす新たな機会

経済学者のマリアナマッツカート氏が「Mission Economy: A Moonshot Guide to Changing Capitalism」(日本語版の書名は「ミッション・エコノミー 国×企業で『新しい資本主義』をつくる時代がやってきた」)で主張しているように、イノベーションはビジネスだけのものではありません。 重要なのは、イノベーションを社会的な目標に応用し、NASAの月探査計画のように、政府の政策(予算を含む)を構造化し、大学や市民社会をより明確に動員し、長期的に関与させることで、イノベーションのための新たなエコシステムを構築し、失敗や学びを成長と繁栄の機会に変えることです。

このような課題に取り組むためには、官民、そして社会のその他のステークホルダーの間で、信頼に基づく協調と協力を確立することが極めて重要です。価値配分を支配するメカニズムを変革するためには、大規模な集団的努力が必要なのです。

イノベーションには失敗がつきものであり、失敗こそが次の成功の源泉です。

日本は、特にイノベーションの分野において極めて重要な岐路に立たされています。失敗に対する社会的姿勢を変革し、リスクテイクと適応を奨励する文化を培うことができるかどうかが、グローバルな舞台での将来の成功を左右するでしょう。

この国には、イノベーションのための新たなエコシステムを構築し、失敗や学びを成長と繁栄の機会に変えるチャンスがあります。そのためには、官民や社会のその他のマルチステークホルダー間で、信頼に基づく協調と協力を確立することが極めて重要です。

第一に、社会的課題への取り組みに必要なイノベーションを支援するために、政府の政策(予算を含む)を構造化する必要があります。 第二に、価値配分を統治するメカニズムの変革に向けて、大規模な共同の取り組みが必要です。そして、第三に、NASAの月面探査計画のように、大学や市民社会による長期的な参加が求められます。

挫折から学び、イノベーションを支援する環境を育成し、個人や企業が失敗から立ち直る道を提供することで、日本は潜在能力を最大限に引き出し、世界のイノベーションの舞台で重要な力を持つ地位を確保することができます。