――医師を目指して専門医資格まで取得していた沖山さんが一転、起業家を志したのはなぜでしょう。
研修医を終えたあと、沖縄県の石垣島や波照間島といった僻地(へきち)を経験したのが大きかったです。それまで都心のど真ん中の病院、日本赤十字社医療センター(東京・渋谷)の救命救急などで勤務していましたが、都会とは違う医療に触れたいと思い、離島に向かいました。そこで目の当たりにしたのは医療格差の問題でした。
もちろん、格差があることはニュースなどで見聞きしていました。それこそドラマの「Dr.コトー診療所」も見ていました。でも、いざ自分がその格差の最前線の現場に立って、「沖山先生、あなたしか診られる先生がいないんです」と言われたとき、「これは何とかしなくちゃいけない」と改めて深刻に受け止めました。
都市の医療は、政治や行政、大学など多くの機関が何とかしてくれます。でも、離島といった僻地ではそうはいかない。
例えば僕がすごく勉強をして経験も積んで、スーパードクターになることができても解決策にはなりません。同じような場所は日本各地にあるので、そのやり方だとサステイナブルではないと思いました。
もっと課題の「上流」にアプローチするため、厚労省や「国境なき医師団」などで働くことを考えもしました。その中で、起業も一つの選択肢として浮上しました。「なんで厚労省と起業とで迷うの?全然違うよ」と言われることもあるんですが、僕の中では医療に俯瞰(ふかん)的に関わるという意味で同列の選択肢でした。
最終的に起業を選びましたが、数学の証明みたいに将来像が完全に見通せたからスタートした、ということではなくて、走りながら考えようぐらいの感覚でした。
――御社が開発した医療機器はAIを搭載していて、のどの画像を撮影、短時間で病気を判定してくれるというものです。
はい、要は人間の医者がやっているのと同じことをやってくれます。人間の医者も「口を開けて下さい」と患者さんに言って、のどを診断しますよね。のどの様子から「あの病気じゃない?もしあの病気だったらこの辺に何々があるはず、あ、あった」という具合に診断していくと思うのですが、それと似たプロセスをAIの機器はへています。
現在、治験が終わって、実際に医療現場で使われている対象疾患はインフルエンザです。今、すごく流行していますよね。すでに全国の医療機関で使われています。使われているということは、次々とデータが集まるサイクルに入っています。もうすぐ発売して1年がたつのですが、データが集まれば集まるほど、診断の精度も高まる可能性がありますし、今度はほかの病気や感染症の診断にも活用できるような将来につなげていきたいと考えています。
――のどの画像一つから、インフルエンザだけでなく、様々な病気の診断に応用できる可能性があるということでしょうか。
はい、技術的にはそう考えています。現時点で我々がどの病気をターゲットとしているかは言えないのですが、のどの症状からわかることって感染症だけではないですよね。咽頭(いんとう)がんやアレルギーなどもあります。
こうした様々な病気が一発で診断できるようなポテンシャルがあると思っています。ちょっとドラえもんのひみつ道具のように突拍子もなく聞こえるかもしれませんが、我々は医学と情報学という科学技術に基づいて進めている、というのが大事なところです。
――御社の機器は医師の熟練度合いにかかわらず、一定水準の診断を実現できる、その意味で医療格差の解消に役立つ、起業の動機とつながりますね。
おっしゃる通りです。
――沖山さんが考える起業家に必要な要素とは何でしょうか。
環境については、スタートアップ支援を強化しようとしている岸田政権の下、相当整えられてきたなと思います。あとは起業家になるために自分が必要と感じたのが、自身の覚悟でした。
起業って、資格試験や受験勉強などと違って正解がないんですよね。例えばTOEICで高得点を取りたいと思えば、問題集や参考書をどれだけ徹底的にやったかで決まるのでしょうが、起業について言えば、起業した後でさえ、100回トライして95回失敗して。「失敗は成功の母」という言葉がありますが、どんどん失敗して、正しい道が見つかるまでやり続ける、ということでしか前に進めない感じがあります。
なので、とにかくタフである必要があって、「失敗しちゃった、恥ずかしい、みんなに責められた、もうあきらめよう」ではいまこの場に立っていないと思います。
――日本のスタートアップで海外展開ができているのはまだまだ少ない気がします。グローバルで通用するために必要なことは何だと思いますか。
我々のようなディープテック(革新的な専門性の高い技術)を伴ったスタートアップだと、やっぱり地域性や国民性に関係のない、科学技術に基づく事業であることだと思います。
世の中を変えようと思ったら結局、誰もやってないことをやらなくちゃいけないんです。やれない理由の中でも、課題を解決するためのテクノロジーがないんだよね、という領域がディープテックです。
だとすると、ディープテックがアプローチしている課題というのは、何も日本だからとか、アメリカだからとかということではなく、世界各地で解決が待たれていると思うんです。
ディープテックの代表的な領域は宇宙と医療ですが、みんな宇宙に行ってみたいし、健康寿命を延ばしたいし。そうした課題に国境はないわけです。
なので、グローバル展開を考えると、我々はテクノロジー×サイエンスのカンパニーであり続けることというのがとても大事なんだと思います。スタートアップワールドカップの東京予選でもおそらく、ここを評価してもらったんだろうなと。
――日本でも医療の世界ではディープテックを伴ったスタートアップが増えている印象ですが、沖山さんはどうみていますか。
確かにここ5年ぐらいは増えてきたなと思いますが、全然足りないという感覚です。日本では毎年、8千人ぐらい新たな医師が誕生しています。その中で僕のように、イノベーションに取り組む人が1%いたとすると80人です。ではスタートアップや厚労省、大企業など、若くして臨床以外の道に進んだ医師がどれだけいるのかと言えば、80人はおそらくいないです。全国で20人とか30人とか、そんな感じではないでしょうか。
もちろん、絶対に間違ってはいけないのは、実際に医療の第一線、臨床現場で働く医師が最もリスペクトされるべき存在ということです。僕らスタートアップは時流として注目して頂けることはあるけれど、だからすごいんだなんて勘違いをしてはいけないし、思っていない。
僕自身、医療現場での勤務も続けるなかで、これはとても強く思います。イノベーションに取り組んだって、ものになるかわからないし、そんな領域に半数とか人材が行ったらかえっておかしなことになります。だけども、いまよりもう少し増えて、1%くらいはいても良いのではないでしょうか。
アメリカは実数はわからないけど、実感としてはもっと多いです。大学の医学部のカリキュラムにも「スタートアップを活用して医療に価値提供する」とか、「テクノロジーでイノベーションを起こすとは」みたいな授業があるんですね。
なので、僕のような存在はまだまだ日本では「異端なキャリアだよね」と見られがちなんですが、それが「そういう人もいるよね」ぐらいに認識されるようになると状況は変わって、もっとイノベーションが進むのかもしれないと思います。