出雲氏は東京大1年のころ、バングラデシュのグラミン銀行でインターンを経験。バングラデシュの子どもたちが栄養失調に苦しんでいることや、同銀行の創設者ムハマド・ユヌス氏の影響でソーシャルビジネスに目覚め、ユーグレナを起業した。
ユーグレナという社名は、ミドリムシの学名だ。ミドリムシは栄養素が豊富なことで知られているが、大量に培養することが難しかったところ、出雲氏らは世界で初めて大量培養に成功。これを使った食品などを製造、販売するほか、バングラデシュの子どもたちにもミドリムシを活用して作った栄養価の高いクッキーを無償提供している。
出雲氏は7月6日、スタートアップの世界的なコンテスト「スタートアップワールドカップ2023」京都予選(京都大で開催)にゲストとして招かれ、イノベージョン研究の専門家、米倉誠一郎・一橋大名誉教授と対談した。
テーマは「SDGsの分野で日本が世界をリードするためにするべきこと」。出雲氏は自身の起業経験や、ミドリムシを活用して、社会をよくしたいという思いを熱っぽく語った。対談の主な内容は次のとおり。(以下、敬称略)
米倉 出雲君、時代が追いついたね。社会課題ってずっと言ってたもんね。最初にやったのはバングラデシュの栄養改善ですよね。
出雲 大学1回生のときにバングラデシュに行ったんですよ。もうこれね、「何でバングラデシュに行ったんですか。何でインドじゃないんですか」とか聞かれるんですけど、そういうことを言っている人は一生言ってください。
「何でバングラデシュなんですか」とか、その問い自体、何の意味もないんですよ。別にどこでもいいんですけど、つべこべ言わずに行く。
僕はバングラデシュ行って、子どもがみんな栄養失調だったんですね。それでこれはおかしいと。元気になってもらいたいと思って、日本帰ってきて、食料、栄養の勉強をすることにしました。
米倉 それがすごく面白いのは、この辺は日本の強いところだと思うんですよね。特に栄養の分野。(バングラデシュでは)みんな、ご飯食べられないで栄養失調だったわけじゃないんですよね。バランスが悪い。そのバランスが一番いいのがユーグレナ(ミドリムシの学名)なんです。
出雲 そうです。でも皆さん、「ちょっと何の話してるの?」って思ったでしょう。先生が少しだけ端折っちゃったんで(笑)。僕もそれまで、(バングラデシュでは)ご飯がないと思ってたんですよ。でも朝、昼、晩とすごい大盛りのカレーライスが出てくるんです。
具体的にボリュームで言った方がいいと思うんすけど、皆さんは1年間にどれぐらいお米食べますか?多分自分で買ってないと分からないと思うんですけど、1年間で50キロのお米を食べているんですよ。
バングラデシュの人は、同じ1年間に1人200キロをお米を食べるんですね。4倍、カレーを食べている。でも具が入ってないんですよ。ニンジンもタマネギも、肉も卵も牛乳も、何にもなくて。腹ぺこではなく、栄養失調で困ってたので、じゃあ一番栄養価の高いものってなんだと。それがミドリムシなんですね。
米倉 農学部に転部するんですよね。そこで相棒と一緒にミドリムシの研究をやると。ミドリムシなんて、すぐできそうですけどね。
出雲 できないですよ(苦笑)。できそうとかね、そんなこと言わないで下さいよ。これやるのはめっちゃ大変だし、昔の通産省の「ニューサンシャイン計画」のときからずっとやっていて、みんなできないんですよ。
理由は単純で、ミドリムシはおいしいので、他のばい菌や雑菌が食べちゃうから増えないんです。純粋培養できないんです。こういうことをずっと繰り返していたんですね。
僕らが2005年に石垣島でミドリムシをたくさん育てる方法を発明したんですが、当時から18年たったんですが、ミドリムシからジェット燃料を作るとか、ミドリムシで栄養失調なくすと言う大学発のベンチャー企業が毎年、世界中で出てくるんです。でもね、実際に「大量のミドリムシを培養できますか?たくさん持ってきてください」って言われても、持ってこられない。アイデアだけなんですよ。
米倉 まだどこもできてないんだ?
出雲 はい。18年やっていて、(ユーグレナに続く)2社目がまだ出てこないっていことは、やっぱりそれだけ難しいということです。
米倉 なるほど、失礼しました(笑)。ところで皆さんは、ユーグレナは栄養食品のメーカーだと思っているでしょう。それがね、今はバイオ燃料もやってるんです。どんなことからつながっていくんですか?
出雲 これはすごく単純で、ほとんどの人がミドリムシは1種類だと思ってるんですね。でも色んなミドリムシがいるんですよ。
ミドリムシにも個性があって、ビタミンCが多いミドリムシもあれば、カルシウムたっぷりのミドリムシもある。
一方、栄養素がなくて、油しかないミドリムシもいるんですね。10年前にこのミドリムシを見つけて、バイオ燃料にいいんじゃないかと思い、作ろうと決めました。
2010年からやってるんですが、ミドリムシの(油の)生産性は圧倒的にいいので、これでジェット燃料が作れるようになったら、アジアで、そして世界でも有数の石油会社になれると思って。
僕らは2010年から、「本当にアジアで最大のバイオ燃料、バイオジェット燃料を作る会社になる」と言っているんですね。
「絶対できない」とか「ミドリムシで飛行機は飛ばない」とか言われたり、あとはエネルギーってすごく大きな産業じゃないですか、だから「スタートアップとエネルギービジネスってのは相性が悪い」とか言われて。相性とかあるんですかって思うんですけど。
まあ、そういうことをすごく言われたんですが、2年後の2025年には僕らがアジアで最大のバイオ燃料の会社になります。
米倉 すごいですよ。これは本当に。
出雲 普通こういうところで拍手するもんじゃないんですか?(会場爆笑)。すいません、僕の説明が悪い(笑)。だから信じてないってことなんですよ、要は。皆さん「何を言ってるんだ」って感じでしょ。
米倉 僕ね、10年前を覚えてるよ。「(米倉)先生、僕はOPEC入りますから」って言ったの。ついにいっちゃったなと思いつつ、「どうするんだよ?」って聞いたら、「サウジの王様と肩を並べますから」って本気で言ってたからね。
出雲 ついにやばいところに行っちゃったと思ったでしょう(笑)。皆さんも同じでしょう?「なんでこの人が登壇してるんだ」って思ってるわけですよ(笑)。
米倉 でも面白いですよね。最初、油の多いミドリムシはおいしくないから捨ててたって言うんですよ。
出雲 私はバックグラウンドが農芸科学、栄養ですから、当時、エネルギーになるとは思っていませんでした。重油と軽油の違いすら知らなくて、今はさすがにわかりますけど。
ただ、2008年ぐらいから世界中の石油会社が色んな生物資源の探索を始めたんですね。それで日本や海外の石油会社が一応ミドリムシも絞って、その油の分析をしたいという人たちが、ちょくちょく会社に来るようになったんです。
別にね、ミドリムシの油を絞ったって、そんな大したことにならないから、「別にいいです」ってずっと言っていたんですが、あまりにすごく言われるので、当時の新日本石油、今のENEOSですね、ENEOSにミドリムシを絞って油分を抽出して、お渡ししたんですよ。
渡したら1カ月ぐらいで、担当者が飛んできたんですね。本当に。「これ、何を絞った油ですか?」と。「いや、あなたがミドリムシ絞れって言うから絞ったんだよ」って言ったら、「これは本当に油の性質が違う」と。
植物の油というのは、基本的にトリグリセライド(中性脂肪)なんですよね。脂肪酸と脂肪アルコールがくっついてる、C(炭素)が大体16ぐらいつながっている。植物はトリグリセライドを作るんですけど、途中に酸素が入ってるから、エネルギー量やカロリー量が十分でないんですけれども、ミドリムシが作る油はピュアマックスなんですよ。
途中に全く余分なものがなくて、かなりピュアなハイドロカーボン、炭化水素。炭化水素ってのは化石、石油燃料とはつまり化石燃料のことですけども、かなりいいハイドロカーボンを作ってくれるので、担当者はこれを使いたいと。全く畑の違う石油会社に教えてもらったんですね。
油が取れるミドリムシについてはそれまで、ビタミンもカルシウムも作らないし、「何なんだこのミドリムシは」と思っていたんですが、油が取れるとわかってからはもう、全然違いますよね。「さすが、ちょっとひと味違いますよね」と、もう神棚に置く気分で(笑)。その最高のミドリムシのおかげでOPECに入って、これからアジアのジェット燃料について頑張りますってやってるので、生き物っていうのはどこで化けるかわかりませんから、駄目だって決め付けるのはやめた方がいいですね(笑)。
米倉 バイオ燃料は、全部がユーグレナのオイルじゃなくてもいいんですよね?どれぐらいの割合で入ってるんですか。
出雲 これはもう、比率を調節できることがやはり大事なんですね。ミドリムシも、台風が来たり天気が悪かったりすると十分な量を作れないじゃないですか。ですので廃油とミドリムシを混ぜるんです。混ぜる割合も今まで散々練習してですね、例えばミドリムシ100、廃油0でジェット燃料を作る、ミドリムシ50、廃油50でジェット燃料を作る、ミドリムシ0、廃油100でジェット燃料を作る……。
これね、すごく簡単に聞こえると思うんすけど、原油も産地によってリファイン(製油)するときに、すごくキャリブレーション(調整)やチューニング(調整)しなきゃいけないんですね。
そういうノウハウとか経験値を持っている会社というのは世界中で今1社だけ。フィンランドのネステというバイオ燃料の世界最大手の会社がすごく強いんですよ。だからこの会社はSAF、ジェット燃料の分野で世界一になったんです。
他の会社は原油については詳しいです。これはサウジアラビア産の原油ですねとか、これはタタール産、これはインドネシア産とか。彼らはスペシャリストですから。でも製油所があっても、じゃあミドリムシ50%、廃油50%を入れたときにどうなりますかっていうことを、これから研究する会社と、もう我々は2年、3年と工場を運転してノウハウがあるので、もう本当に、ミドリムシを扱ううちの会社がアジアの最大のバイオ燃料の会社になるんですよ。
米倉 栄養食品からバイオ燃料だということになれば、技術者を集めるのはすごく大変なんじゃないかなと思うんですけど。
出雲 いやもう決め打ちしないってことですよね。研究者はみんな面白いことやりたいって思っていますから。あと僕は大学発のスタートアップが一番日本で可能性があると思っています。
日本ではこれからの5年でスタートアップが10倍になるんですよ。少なくとも国が10倍、応援するんですね。こんな産業どこにもないですよ。だって日本の人口は5年で10倍ならないですよね。5年で10倍大きくなるビジネスって日本にあるんですか?ないんです。スタートアップだけなんですよ。
スタートアップは今、年間のリスクマネー(高いリターンを狙った資金)が8000億円なんですが、これを5年で10倍の10兆円にするんですね。これは決まってるんですよ、政府の昨年11月の閣議決定文書に書いてありますから、スタートアップ育成5カ年計画というのに。
日本のベンチャー1万社を10万社にして、ユニコーンを100社にすると。ミドリムシの技術も大学発のスタートアップでしたが、アプリケーションを開発するときに、これをジェット燃料にしたいです、ドリンクにしたいです、食品にしたいです、化粧品にしたいですという技術は、大学でやっぱり研究してる人がたくさんいるので。大学発の強みというのは、研究者にすぐアプローチできるっていうところ。これは絶対使い切るべきだなと思います。
米倉 なるほど。そうすると大学発だとその種のエンジニアは面白そうだなと集まってくる?Google並みの給料を払わなくても?(笑)
出雲 給料はね、もういいですよ、もうミドリムシを触れたらうれしいんで(笑)。そういう貧乏な研究者ばっかりでしょ、京都大学なんか特にそうだと思いますね(会場爆笑)。だからもう、やればいいんですよ。
米倉 もう一つが聞きたいのはお金。今度の工場を作るのに1400億円かかると。そんな金ないじゃん。
出雲 ないですよ。もう頑張って集めるんですよ。できないと思ってるでしょう?(会場爆笑)
工場はマレーシアに作ろうと思っていて、建設資金が1400億円かかるんです。うちの会社は今、トップライン(売上高)が450億円で、ヘルスケアビジネスのEBITDA(利払い前・税引き前利益、減価償却の総和で求められる利益)が大体20億円ぐらいの会社です。
じゃあ70年間も貯金するのかと言ったら、それじゃあもう、やりたいことができないので、どうやって集めるのかっていうのは今やってます。できるかもしれないし、できないかもしれないし。今、一生懸命頑張ってやってるとこです。
米倉 皆さん、世界のどの国がバイオ燃料の分野で抜け出るんだって言ったときに、石油が出ない日本からだよねって言われなきゃいけないと思いませんか。ここまで頑張ってきたんだもん。
出雲 まあこんなことを言っていて、ミドリムシが失敗したらすごく格好悪いじゃないですか。めちゃくちゃかっこ悪いですよ、本当に恥ずかしい。でもね、本当に恥ずかしいんだけど、別に死ぬわけじゃないんですよ。
何が言いたいかと言うと、恥ずかしいということが何か大きいことだと思って、失敗したときに馬鹿にされるっていうのは、皆さんが思っているよりは全然大したことじゃないんですよ。
もう次の日になったらね、ミドリムシが何だったかなんて、覚えてないですよ。大きいことを言って失敗したって、そんなことみんな全然覚えてないし、恥ずかしいと思ってるのは本人だけなんです。
僕はね、ミドリムシで本当に恥をかき続けてきたんで、これだけは自信があるんですが、恥ずかしくて死んだっていう人は、僕の友だちでいないです(笑)。
だからスタートアップ、アントレプレナー(起業家)は恥ずかしいことなんかないので、自分はこういう社会を作りたいんだっていう、その思いがあるんだったら、実現できてからね、例えば1400億円を調達できてから言おうということじゃなくて、「一緒にこういう社会を作りましょう」とか、こういう機会があったらどんどん言う。アイデア盗まれたらどうしようとかじゃなくて、オープンマインドで言ってほしいなと思って、私は恥をかきに来てます。