きっかけは入省1年目の終わり
プログラムでは、オンラインでの「座学」の合間に、計約1カ月半をリアルの合宿にあてて事業開発に取り組む。
これまで世界14カ国で46の社会課題解決型の事業を立ち上げてきたボーダレス・ジャパン(本社・東京)のノウハウを生かして、社会課題の解決とビジネス利益の両立をどうやって図るのか、どのように起業して事業運営をしていくのか社会起業家がメンターについて一緒にプランを作り上げていく。
メンターは全員、現役の社会起業家であり、たとえばWebシステム受託開発のスパイスファクトリー(東京)取締役CSOの流郷綾乃氏、大企業の人材をベンチャー企業に出向させ、育成するローンディール(東京)最高戦略責任者の細野真悟氏、地域にこだわった投資を行うベンチャーキャピタル、ドーガン・ベータ(福岡市)取締役パートナーの渡辺麗斗氏らだ。
この政策を着想し、実施までに至らせたのは、実は経産省内の若手4人のグループだ。「本業」があるなかで、社会起業家の激励を受けながら政策アイデアを具体化させていった。
政策のターゲットとする大学生と同じZ世代の彼女たち。なぜこのプロジェクトをやりたいと思ったのか、政策化のプロセス、何をめざすのかについて話を聞いた。
4人は荒川恵美さん、佐々木萌音さん、高岡美優さん、野村梨世さん。
2021年入省で、荒川さん、佐々木さん、高岡さんは24歳、大学院卒の野村さんは27歳だ。ちなみに同期入省でいわゆる「キャリア」組は52人で、うち女性は18人(入省時点)なのだという。
そもそもの始まりは一昨年の3月、彼女たちが入省1年目を終えるころだった。荒川さんが振り返る。
「私たちは経済産業政策局に所属していたんですが、当時の局長から『入省1年目の人たちは、今何をやりたいと考えているのか知りたい。プレゼンをしてほしい。これが1年目の卒論』と言われて」
当時同局には10人ほどの「1年生」がいた。大学時代の友人に社会起業家がおり、社会起業に関心のあった荒川さんがそれをテーマにプレゼンしようと動き始め、呼応したのが3人だった。
佐々木さんも高岡さんも学生時代にスタートアップでのインターン経験があり、起業家育成には興味があった。プレゼンは「社会起業家のコミュニティ育成」というようなものだったが、局長はこう言った。
「若い世代ならではの視点で良いプロジェクトになると思う。このアイデアをもとに、君たちも、一度政策をつくるプロセスを経験してみなさい」
うまくいけば、実際の政策として実現できるかもしれない、というのだ。
1年目の仕事といえば、膨大なコピー取り、タクシーの手配、会議日程の調整……「率直に言って見習い」(荒川さん)だ。それが、「政策形成」をできるかもしれない!「本業」を抱えながら、ではあったが4人はこの機会にとびついた。
「生きるか死ぬかの気持ちで」厳しい注文も
まず決めたのが、「当事者の意見を徹底的に聞くこと」。月に1回程度、勉強会を開き、忙しく活躍する社会起業家たちを招いてヒアリングを重ねた。何が政策として必要なのか、国としてどうすれば社会起業家を増やすことができるのか……。
厳しい言葉をつきつけられた時もあった。「そんなことを国としてやるのは全然方向性が違う」「必要ない」「自分たちは、覚悟をして毎日生きるか死ぬかの勝負をしている。皆さんも、それくらいの気持ちでプロジェクトを進めてほしい」……
本業も忙しい。本業で求められる期待にも応えたいという想いと、このプロジェクトをやり切りたいという想いがうまく両立できず、すべてが中途半端になってしまうのではと不安になることも多かった。
でも続けた。「とにかく続けなさい」という助言をしてくれた人が省内にいたからだ。「出席者が一人になっても、続けることが大事」だと。
他にも省内に応援団が現れた。社会起業家や毎月の会議のための場所を紹介してくれた人、煮詰まりそうな時に意見を言ってくれた人、政府の方針として「新しい資本主義」の一環で「インパクトスタートアップ」(社会課題解決と経済的成長の両方の実現を目指すスタートアップ)を支援する流れができたことも後押しとなった。
省内だけではない。厳しいことを言う社会起業家も、実は期待しているからこそ応援してくれているのだということがわかってきた。中には自腹を切って、愛知や兵庫など遠方からわざわざ参加してくれる人たちもいた。佐々木さんは言う。
「ここまで本気で向き合ってくれる人たちがいるんだ、と感激すると共に身が引き締まりました。同世代で官民連携で政策を作るのは初めてだから、と応援してくれたんです」
政策とは本来、このように必要としている当事者の声をていねいに聞きながら作っていくのが、ニーズもふまえて実効性のあるものができる、はずだ。
しかし、実際の政策形成の現場は必ずしもそうではない。時間や人員、予算、政策全体との調整などの制約があるからだ。
「私たちは政策を作った経験がなく、なおかつ自主プロジェクトとして始めたからこそ、制約を意識せずにゼロから様々な人に助けを求めることができ、自然と本来あるべき政策形成のステップを踏めたのかも」(荒川さん)
そうやって格闘し続けている彼女たちを見て、同省の新規事業創造推進室から予算化の声がかかり、「政策化」が実現した。
同室長でスタートアップ政策の第一人者、石井芳明さんはこう評価する。
「社会起業家の裾野が広がるためには地方、世代という二つの鍵がある。彼女たちは、まさに対象とする世代と一緒。似た感性も持つ同じ世代が政策を考えるのは非常に大事なこと。彼女たちの政策は詰めが甘いところもあったが、やりたいという強い熱量が感じられ、それを形にすることが重要だと考えた」
もちろん、これで終わりではなく、始まりだ。高岡さんは「このプロジェクトがうまくいけば、入省して年数がたっていない若手が官民連携で政策を作っていくという流れがもっと出てくるかもしれない。そうなってほしい」と期待を込める。
4人のうち、取材ができた荒川さん、佐々木さん、高岡さんにどういう社会を作りたいかについて聞いてみた。
「希望が持てる社会」(荒川さん)
「一人一人が自分のやりたいことを実現できる社会」(佐々木さん)
「誰もが気軽に挑戦できる社会」(高岡さん)
「ゼロイチ」とは、プロジェクトの名前ばかりではない。公務員として踏み出し、政策をゼロから一つ、作った彼女たちを表現する言葉でもある。