運転席に誰もいない衝撃
サンフランシスコでは、ゼネラル・モーターズ(GM)傘下の、ドライバーがいない完全自動運転の配車送迎サービス「GM Cruise(クルーズ)」が一部地域で走り始めています。運転手が乗っていないのに、車が勝手に迎えにきてくれて、勝手に運転して目的地まで運んでくれます。
とある土曜日の深夜、シリコンバレーの友人5人とサンフランシスコ市街で食事とカラオケで盛り上がった後、「じゃあ、乗ってみようか」ということになり「GMクルーズ」をいよいよ体験することに。テック業界にいて、一足先に利用ユーザーになった友人に便乗させてもらいました。
運転席に誰もいない車に乗る体験は衝撃的でした。
テスラの「自動運転システム」(こちらは「生身のドライバー」の監視が必要)の登場でもかなり驚いたのに、クルーズは、ドアを開けても車内には、モニターしたり、何かあったときにサポートしたりするスタッフすらいません。
車内では友人たちと大興奮。「未来感、半端ないね!」「人間がいないだけだよね」「お、曲がった!」「自転車よけた!」「止まった!」と、いちいち反応してしまいます。ボキャブラリーが少ない筆者は「すごいねー」を何回繰り返したか分かりません。
サンフランシスコは一時停止標識や一方通行、坂道もたくさんあって、路肩からいきなり人が飛び出してきたり、電動キックボードが縦横無尽に走っていたりして、交通量、歩行者ともに多い都市。そんな自分の住む街で、自動運転サービスを一般の人がタクシーとして利用できる――。SF映画で見たような未来が現実の世界で進んでいるのを実感しました。
操作はすべてスマホアプリ
クルーズの利用法は至って簡単。
日本のタクシーアプリやUberなどの配車サービスと同じで、クルーズのスマホアプリを開いて行き先を入力します。料金も事前に表示され、あらかじめクレジットカードを登録しているので、降りる際にお金のやりとりや決済の作業はありません。
アメリカのUberでは降車後に「No Tip」「15%」「20%」など、運転手に料金の何%分のチップをあげるか選択肢が表示されますが、無人のロボタクシーではそれもありません。
利用する際は、スマホの位置情報で乗車したい場所の一番近くにいるクルーズがやってきます。そして、停車時間制限の5分の間にアプリ内のボタンをタップしてドアを開錠。フロントドアは開かず、運転席と助手席と後部座席との間はパネルで仕切られていて前には座れないようになっています。最大3人の乗客は後部座席に乗り込みます。
乗車してシートベルトを着用し、アプリで表示される「Start ride (乗車開始)」ボタンをタップすると、シボレー・ボルトを改造した電気自動車が、すーっと静かに動き始めます。シートベルトを着用しないと発車しないようになっています。
「走行中のシートベルト着用をお願いします。手や腕を車の外に出したりしないように、サポートは天井の四角いボタンを押してください。停止したい場合は天井にある丸いボタンを押すと止まります」など、最小限の車内アナウンスが発車時にあります。
筆者が乗ったのは、サンフランシスコのジャパンタウンから、中心地にあるユニオンスクエア近辺まで約2.5キロメートル。9 分間の旅で料金は9 ドル (1200円程度)でした。Uber(ウーバー)やLyft(リフト) などサンフランシスコで利用できる有人配車サービスとほぼ同額でした。
課題は人間ドライバーとのコミュニケーション?
「怖くなかった?」とよく聞かれますが、まったく。ドライバーがいない違和感は人それぞれだと思うのですが、人間がいないだけで、普通に車に乗っているのと変わりません。
密集した市街地なので、そもそも制限速度が低く定められています。また、路肩の自転車をよけたり、路上駐車の車の横に配達業者などが二重駐車しているのを避けたりという障害があるため、人間と同様に慎重な運転で走っていました。
翌日、自転車で道路を横断していた時、まったく筆者のことが視界に入っていなかったであろう人間が運転する車にひかれそうになって、「自動運転の車だったら絶対にセンサーで止まったに違いない」とすら思いました。
あくまで筆者の感覚ですが、一時停止も人間が運転するより数秒長めな気がします。たった1秒2秒の話なのですが、「後ろを走っていると、早く行けーって思う」とコメントしていた人もいました。
ただ無人ゆえに、人間の運転手とのコミュニケーションは難しいようです。
目の前をロボタクシーが乗客を乗せるために止まろうとしていたのか、通常の速度よりゆっくり走行していて、「後ろからクラクションを鳴らそうとしたけど、聞く人がいないから、鳴らさなかった」と言った人もいました。
アメリカの信号がない交差点には、一時停止線に先に停止した車から順に進む決まりのものがありますが、2台が同じタイミングで停止した時は、相手の運転手の顔を見たり、手のひらで「どうぞ」のジェスチャーをしたり、少し進んでみたりして、「行くの、行かないの」というシグナルをお互いに出し合います。ところが、「自動運転の場合は人がいないので、それが分かりにくい」とサンフランシスコ市内で運転する人は言っていました。
長い公道試験と登録待ち期間をへて、ユーザーも車両も増加中
筆者と家族がサンフランシスコ郊外に住み始めて10年強。本社がサンフランシスコにあるGMクルーズの歴史とほぼ同じ時間です。
その間、GMクルーズや、グーグル傘下の完全無人運転タクシー「ウェイモ(Waymo)」の公道テストの様子をリアルタイムで見てきました。
街中や高速道路では、車の屋根にカメラやセンサーがついている車にしょっちゅう遭遇します。5、6年前から知人が何人かクルーズで走行テストドライバーなどとして働いていたので「公道試験を永遠にやっているなあ」という印象を持っていましたが、満を持してカリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)からロボタクシー免許が交付され、1年ほど前から一般ユーザーを対象としたサービスが開始されました。
多くのユーザーはまだ交通量が少ない午後10時から午前5時半までの利用となっていて、サンフランシスコ市内の中でも一部のエリアのみで利用可能となっています。
去年は申し込んでから利用通知がくるまで8カ月かかったとか、忘れた頃にようやくクルーズからメールがきた、という声を聞く状況でしたが、最近はユーザー数を増やしているようです。
筆者も、新しく申請してから1週間程度でアカウント作成の時に入力するユニークコード付きの利用可能通知がメールで届きました。ここ数週間で、サンフランシスコ市内でロボタクシーの台数が増えさらに活性化してきた気がします。
ある日数えてみたのですが、朝、サンフランシスコ中心部の駅から徒歩20分のオフィスに行く間、昼休みにオフィスからサラダ屋さんに行くまでの徒歩10分間、オフィスから打ち合わせ場所まで行く徒歩15分間に、ウェイモとクルーズを合わせて20台以上見かけました。テストドライバーが乗っている場合もあれば、3台連続で無人で走っている時もありました。
春先には地元のサンフランシスコ大学で学生全員を対象に、夜9時~朝5時はいくら乗っても無料と、ユーザー数を増やす期間限定キャンペーンを実施していました。
改善すべき点は多くても、実用化が加速する現代事情
気になるのは、自動運転の事故の責任は誰がとるのかということ。そして、法整備や自動運転の技術面、安全面でもまだまだ改善する部分は多くあるでしょう。ですが、この自動運転の実用化の流れが続いていくことは、実際に乗ってみると疑う余地はないと思いました。
車の運転が大好きな方も大勢いらっしゃるとは思うのですが、この先、年をとればどこかのタイミングで運転できなくなるのは明らかで、自動運転サービスが普及していれば好きなところに行けるハードルが低くなってくるだろうとも思います。
車がないと不便なエリアが多いアメリカでも、11~26歳のZ世代は、運転したがらない傾向があり、運転免許を取得する割合が下がっているそうです。ソーシャルメディアが発達して会わなくてもコミュニケーションが取れるようになり、Uberなどの配車サービスが広まるなど、さまざまな要因が言われています。
一方で、通勤でどうしても必要になった、子供の送迎で必然的に乗り始めた、という20~40代のミレニアル世代と話すこともよくあります。車は運転したくないけれど、乗らざるを得なくなる、こういった流れも自動運転の実用化を加速させる誘因になるかもしれません。
テクノロジーの衝撃はChatGPT以上、リアルタイムで進化を体験
いずれ自動運転の世界が来ることは頭では分かっていましたが、実際に乗ってみたときの衝撃は、カセットテープからCDになった時よりも、FAXが自宅にやってきた時よりも、インターネットでメールができるようになった時よりも、歩きながら通話できる携帯電話が登場した時よりも、そしてそれがスマートフォンになった時や、ChatGPTが登場した時よりも、ずっと大きかったように思います。
次にこれくらいの衝撃を受けるかもしれないテクノロジーは、「一般人が月に旅行に行けるようになる」だとか、「高度100キロメートルを超えて宇宙空間経由で東京とサンフランシスコが30分で移動できるようなる」、くらいでないとないかもしれません。その頃まで生きているか分かりませんが。
筆者の14歳の子供はデジタルネイティブで、生まれたときからスマートフォンがあります。公衆電話やFAXやカセットテープは、もはや映画やNetflixの「ストレンジャー・シングス 未知の世界」などドラマで見て知る世界。
X世代(1965~1981年代生まれ)の筆者が、ガラケーからスマートフォンの携帯電話の進化やWeb.1.0 からWeb2.0、そしてWeb3.0への変革をリアルタイムでみてきているように、彼女たちがリアルタイムで進化を目にする一つは自動運転車になる気がしています。
クルーズも、現在のところ市街限定で、私が住むサンフランシスコ郊外までは走っていません。筆者の孫世代では、「昔はシティから20分先のおばあちゃんの家まで走っていなかったんだってね。信じられないね」という話になるのかもしれません。