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トヨタとホンダに連合を望む 自動運転、日本が世界で戦うために必要なこと

くるま新世紀 更新日: 公開日:
公園の中を走る自動運転車。日本でも実験が活発になっている=2018年11月17日、愛知県豊橋市の豊橋総合動植物公園、宮沢崇志撮影

短期集中連載「くるま新世紀 デジタル時代の開発最前線」#7完 モータージャーナリスト・清水和夫氏に聞く 100年に一度の大変革の時代を迎えたと言われる自動車業界。スマホのようなIT技術を取り込むことで、車に新しい価値を生み出すだけでなく、社会を大きく変える可能性も秘めている。世界の自動車業界に詳しく、内閣府のSIP自動走行システム推進委員会で政府の議論にも参加しているモータージャーナリストの清水和夫氏に、自動運転など最新技術の動向や自動車産業のあり方などについて聞いた。(中川仁樹)

■コストと環境の壁超えるには、メーカー横断の標準化を

――技術が大幅に進歩し、自動運転も夢物語ではなくなったと感じます。

自動運転のベースとなる高度運転支援の技術開発は、2003年ごろに世界の自動車メーカーで始まった。ABS(タイヤのロックを防ぐ機能)やESP(横滑り防止装置)など、車を知能化してドライバーをアシストする予防安全の技術がたくさん出てきた。そこにカメラとかレーダーみたいな、人間がやっていた前方監視をするシステムができ、自動運転への道が開けた。

モータージャーナリストの清水和夫氏。内閣府のSIP自動走行システム推進委員会の構成員も務める=中川仁樹撮影

ただ、レベル2ではあくまでも運転の責任はドライバーにある。レベル3は一時的でもシステムに責任が移るので、万が一に備えて電源を2重系にする必要がある。バッテリーが切れただけで全部のセンサーが止まれば、人間でいえば、目をつぶったのを同じ状態になるからだ。センサーも1系統だけでなく、補完用の別系統もいる。航空機並みの安全システムにしないとだめだとも言われており、(1台あたりの)コストが現状では100万円ほど上がってしまう。

自動運転のレベル

また、システムが求めればドライバーが運転に戻る必要があるが、スマホをしていたとか、寝ちゃったとかいう事態も考えられる。ドライバーに対する監視カメラなどを装備し、緊急事態だと判断すれば、自動的にスピードを落として安全に止める仕組みもないとだめだ。

――間違えて急ブレーキや急加速をすれば、大事故になりかねませんね。

例えば新聞紙が飛んできて、紙だから大丈夫だと分かるのか。カメラの画像と、似たようなデータベースの画像を比べる技術はあるが、まだ完全ではない。レーザースキャナーを屋根に4個ぐらいつけると精度は上がるが、高性能なものは一つ100万円はする。自動運転タクシーなら、運転手の人件費分で取り戻せるかもしれないが、自家用車では、そんな高価なものは使えない。2025年でも低コスト化は難しいかもしれない。

米配車サービス大手ウーバー・テクノロジーズの研究施設前に並ぶ自動運転車=2018年3月、米ペンシルベニア州ピッツバーグ、江渕崇撮影

環境面の課題もある。コンピューターが高性能になるほど消費電力がすごくなり、熱も出る。ほかにバッテリーなども冷やさないといけないので、どうしても燃費が悪くなる。だからCO2をたくさん出すことになる。また、日本にはカーブやトンネル、山が多く、(自動運転に必要とされる)GPSも(次世代移動通信規格の)5Gも使えない場所が少なくない。車はセンサー頼みで走るしかないので、はるかに難易度が高くなる。平らな道の多い米国なら、25年以降、レベル4のトラックや乗用車を走らせるのは難しい話ではないかもしれない。日本政府も、25年に高速道路で乗用車のレベル4をやることを視野に入れている。

――IT企業の存在感が高まり、車開発の主導権が移る可能性はありませんか。

IT企業の得意分野は、認知・判断のセンサーとコンピューター。つまり「頭」の部分だ。車にはエンジンやブレーキのほかに、エアバッグなどの安全技術が必要になるが、こういった「首から下の筋肉のところ」は苦手な領域。やっぱり車はつくりたくないとなってきた。

一方で、自動運転を自社で開発できない自動車メーカーも、実はたくさんある。米大手のフォードも認知・判断は自社開発でなくIT企業の「アルゴAI」と提携し、フォルクスワーゲンも加わった。日本で言えば、トヨタ、ホンダぐらいは独自でやれても、生産台数が100万台、200万台規模のマツダやスバルは無理。選択肢としてトヨタやホンダの技術もあるが、米グーグル系のウェイモもある。IT系が牽引するグループと、ダイムラーやトヨタみたいに自社開発するグループに分かれていくだろう。

トヨタ自動車が都内で走行テストをしている自動運転の実験車両=2019年9月5日、東京都中央区、中川仁樹撮影

――ただ、自動運転などの先進技術では日本の影が薄いように感じます。

自動運転は、ドイツのBMWとメルセデスが提携したほど大変な分野だ。標準化がどんどん進んでいく欧州と比べ、日本の自動車産業の課題は横の連携が弱いことだ。そのため府省が横連携するSIP自動運転チームが立ち上がった。次はメーカー間の連携だ。例えば、トヨタとホンダが仲良くなれば、すごい強いチームになるし、部品メーカーも楽になると思う。バッテリーやカメラなどを、トヨタ向け、ホンダ向け、日産向けと作っていては収益が上がらない。日本は産学連携も弱い。米国も欧州はそこも強いし、いまは中国もやっている。

■自動運転の法整備、実は一番進んでいる日本

――法的な責任問題が気になります。政府の議論はどんな状況でしょうか。

5月に道路交通法と(車の保安基準を定めた)道路運送車両法が改正された。レベル3の自動運転を前提に、この二つをセットで改定したのは世界でも日本だけだ。「日本は規制が厳しいので、アウディA8がレベル3で走れなかった」と言う人もいるが、まったくの誤解。自動車メーカーがやる気になれば、日本が一番最初にできるだろう。

――ドイツなど国際的な議論はどうなっていますか。

道路交通に関する国際ルールは、(日米などが参加する)ジュネーブ条約と(ドイツなどが加盟する)ウィーン協定がある。警察庁は各国と連携し、ジュネーブ条約の解釈によってレベル3ができないか検討している。条約には「車はドライバーが運転すること」と書かれているが、「ドライバーが人」とは書かれていない。法律の先生は「人は自然人」、「企業は法人」、「AIコンピューターは擬人」になるという。「AIが運転してはいけない」と書かれていないなら、運転手に相当するAIシステムをきちんと定義すれば、解釈論でいけるだろうと。それが突破口になる可能性がある。

レベル3の自動運転に対応する法整備は、実は日本が最も進んでいる=経済産業省の資料から

自動車の安全技術基準は国連の下部組織である自動車基準調和世界フォーラム(WP29)で各国の規制をハーモナイズするのが原則で、日本もWP29に従って調整を進めている。

ただ、システムが運転し、人間にまったく責任がない状態は初めての出来事になる。事故が起きれば、システムが間違えたのか、ドライバーに運転を代わってと求めたのか、など責任問題で混乱することが予想される。政府の議論では、裁判でもめたとしても、被害者救済を優先するために、とりあえず保険金は払う方向で、だいたいの合意ができている。

――お話を聞いていると、日本政府はかなり積極的なようですね。

安倍さん(晋三首相)が旗を振っている。なぜなら日本経済の機関車はやっぱり自動車産業。いまは家電がだめ、金融もだめで、「最後の砦」として競争力を高めるには、自動運転と電動化を何が何でもやなくてはいけない。もっとも日本の自動車メーカーはしっかりしているから、行政が法改正してボールを投げてきても、そう簡単にやらないだろう。何かあれば、被告席に座るのは自動車メーカー。外国のダイムラーやフォルクスワーゲン、GM(ゼネラル・モーターズ)も同じで、安全が最優先となる。

経済産業省が作成した自動運転普及の予想図。2020年前後から導入が加速するとみている=同省の資料から

100年に一度の大転換期

――ずばりレベル3の自動運転の実現はいつごろになりそうですか。

早ければ20年を皮切りに、高速道路で渋滞時のみ、時速30キロぐらいのところから始まるのではないか。その瞬間、ドライバーはスマホ、テレビを注視できるようなる。ただ、最初に生牡蠣を食べるのはみんな怖い。トヨタが来年に出すレクサス最上位のLSは、おそらくレベル3相当の技術を持つが、はじめは運用をレベル2にすると思う。システムを搭載しておけば、ライバルが導入しても、アップデートで対応できる。誰かが食べておなかを壊さないと分かったら、後から行こうみたいな状態だ。

そもそもユーザーが求めているのは渋滞時の自動運転ではないか。渋滞の時は、みんな眠そうな目をしているし、軽い衝突も結構ある。少なくとも21年後半には、誰かが生牡蠣を食べるかなと。その後、コストが下がり、社会に受け入れられれば、普及の段階になるだろう。

ネットを中心に先端技術を取り上げる新しいメディアが増えている。「ReVision Auto&Mobility」もその一つで、6月に開いたイベントの来場者は150人を超えた=2019年6月6日、東京都港区、中川仁樹撮影

――いろいろな問題があっても、自動運転には挑戦しないといけませんか。

マツダもスバルも2025年以降は実用化すると思っている。やらないとユーザーが背を向けてしまう。いまや日本ではハイブリッドがデファクトスタンダードになり、モーターや電池がまったくない車って、すごい昭和の車のイメージになった。ABSやエアバッグの普及時も、ユーザーはそういう感覚になった。怖いけれど、必ずこの橋は渡っていかないといけない。

ミスによる事故を減らせないなら積極的にドライバーに代わる機能を持たせようという面もある。交通事故の九十何%がヒューマンエラーと言われており、自動車の場合、間違いの代償としての被害が大きい。幼稚園児の列に車が突っ込めば、何十人をいっぺんに殺してしまう。

――やはり100年に一度の大変革になりそうですか。

もともと自動で走ることだけを考えていたが、いろんなところに波及効果が出てきている。例えば、農業器具にも使われていて、高齢者の代わりに自動で畑を耕すほか、おいしい作物がつくれる土のデータまで取れる。いままで経験や勘でやっていたものが、センサーを使い、様々なデータが取れると、いままでになかった価値を生むことになる。

それに自動車メーカーがやるとコストがものすごく下がる。軽自動車は1トンの車をだいたい100万円で売っている。これだけ信頼性があって、10数年間使える圧倒的な耐久性があるのに1グラムあたり1円だ。バッテリーも家電業界がやっているうちは歩留まりが悪かったが、自動車が使うようになって品質が格段に高くなった。

――社会のあり方まで考える必要があるのでしょうか。

1年前にSIPで議論して見えていたスコープ(範囲)が、いまはもう違う。半年違えばどんどん変わっていくが、そのスコープの延長線上に未来社会があるのだとすれば、もう2050年のスマートシティーなどのビジョンを描かないといけない。それが政府が掲げるソサエティ5.0。自動運転やカーシェアリングの時代に本当に駐車場がいるのかなど、ディベロッパーと議論するのが不可欠だ。

――車がパーソナルなものでなくなれば、販売台数も落ちそうです。

野球で言えば、目先の観客動員数を気にするのではなく、野球ファンを増やすべきだろう。車には、CASE(ケース、インターネットに接続する車・自動運転・カーシェアリング・電動化)でいうところのシェアリングやサービスがあり、一方で非常にパーソナルな趣味性の高い魅力もある。道具としての便利さなら、借りるだけでも十分だ。でも、やっぱり車に対する愛情とか、デザインがいいとかいう面もある。そういう二つのベクトルが出てくる気がする。

自動車メーカーも、20世紀の大量生産、大量消費のモデルから大きく脱却しないと、21世紀の持続可能な未来社会を描きにいくい。サービスの部分でお金をとれるような仕組みに転換する動きが出てきて、トヨタもソフトバンクと一緒に、移動サービスの「モネ・テクノロジーズ」に投資するなどしている。

人口はいま77億人で、2050年は97億人ぐらいになって、車は約20億台になると予測されている。いまは10億台ぐらいだから、あと30年で人と車が爆発的に増えることになる。人口が1000万人以上の都市も増えて排ガス問題や渋滞が厳しくなるから、電動車両のクリーンなエネルギーにする必要がある。(おわり)

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