■車の動きで、信号の色まで把握
東京・羽田空港周辺の地図がテレビモニターに映し出されると、青い矢印が道路の上に連なって見えた。第一京浜や環八通りなどの幹線道路はひときわ矢印が密集している。
「この矢印はリアルタイムで走行している車の位置。これを分析することで、様々な情報を知ることができる」。トムトムでセールスバイスプレジデント兼日本代表を務める山田茂晴はこう話すと、別の画面に切り替えた。道路の一部が青くなっている。「ここは袋小路。車の動きを分析するだけで分かる」という。
トムトムの地図は米アップルのiPhoneに全世界で提供されているほか、配車大手の米ウーバー・テクノロジーズの車も搭載している。スマートフォンや車から送信されたGPSなどの位置情報を使うことで、世界75カ国以上を走る6億台の車の動きが分かるという。日本でも、取材した8月上旬は約26万台がつながっていた。その時点で国内で走行する車の5%程度になる計算だという。山田は「これだけの規模でリアルタイムの位置情報を把握し、分析するシステムがあるのはトムトムだけだ」と胸を張る。
6億台の車が送る膨大なデータから様々な情報を読み取れれば、大きな価値を生み出すことができるという。1秒間に処理される道路情報は8万キロ(地球2周分)以上。それをもとに地図は毎秒400回以上更新される。例えば、渋滞の状況だけでなく、工事や事故が発生した場所も特定できる。ニューヨークの信号システムに接続しなくても、マンハッタンの信号が、いまは赤か青かが分かる。走行パターンを解析すれば、車両がトラックなのか乗用車なのかも判別できる。こうしたデータを活用すれば、最短時間で目的地に到着するルートを、状況の変化に対応しながらドライバーに指示するシステムをつくることも難しくない。
さらに地図を進化させようと、トムトムは1月、トヨタ系の大手部品メーカーであるデンソーとの提携を発表した。デンソーが得意とする車載センサーからの情報をトムトムの高精度地図に反映させ、自動運転の制御に役立てる狙いだ。例えば、車間距離を測るために搭載された車載カメラの映像から「コンビニが開店した」という情報を読み取り、すぐに地図に反映することも可能になる。
9月には、高精度地図上の位置情報を数センチの誤差にするため、自社でも自動運転の実験車両を走らせると発表した。山田は「いまや地図はスマホの一つの機能で、ほかのアプリと一緒に使っている。車でも他の機能と統合して使うことが当たり前になる」と期待する。
■オールジャパンの高精度3D地図プロジェクト
3D地図に、リアルタイムの渋滞や規制、事故などの情報を組み合わせたものは「ダイナミックマップ」とも呼ばれる。ダイナミックマップが自動運転の実現に欠かせないのは、車に搭載されたカメラやレーダーなどのセンサーが、逆光や豪雨などの悪条件で十分に機能しないこともあるからだ。車線の数や幅、信号の位置、カーブの形状などの情報を、あらかじめ地図から得られれば、自動運転のシステムがセンサーの情報と照合し、より的確に判断するのに役立つ。
例えば渋滞情報が事前に分かれば、渋滞の最後尾の車両が見える前に減速を始めるなど、車が準備する時間が増える。一方で、道路工事の情報が地図に反映されていないと、最悪の場合、作業員に車が突っ込む事態もありうる。地図に頼るシステムをつくるなら、いかに情報を迅速に反映していくかが大きな課題となる。
日本では16年、オールジャパン体制で高精度デジタル地図の整備に取り組む「ダイナミックマップ基盤」が設立された。トヨタ自動車など自動車大手や地図大手のゼンリン、三菱電機などに加えて政府系ファンドの産業革新機構(現INCJ)も出資。今年3月、国内の高速道路と自動車専用道路、約3万キロの地図データの整備を終え、有償での提供を始めた。日産自動車が9月に高級セダンのスカイラインに搭載した、高速道路での手放し運転機能「プロパイロット2.0」用にゼンリンを通して地図を提供。日産広報は「この地図があったからこそ可能になった」という。
■「ドイツ連合」が地図大手を買収
一方、世界でトムトムのライバルとされるのが、やはりオランダに本社があるヒア・テクノロジーズだ。世界200カ国の地図を作製し、63カ国でリアルタイムの交通情報を提供している。2015年、ドイツのプレミアムブランドであるメルセデス・ベンツのダイムラーとBMW、アウディが共同で、フィンランドの通信機器大手ノキアから買収したことでも知られている。
ヒアでオートモーティブ&インダストリーズのディレクターを務める村上有一は「これまでヒアは、日本と中国、韓国以外ではグローバル企業だった」と言う。日本はゼンリンやカーナビ大手パイオニアの子会社インクリメントPなどが詳細な地図情報を整備する「地図先進国」。外国企業にとって参入のメリットが小さかった。中国や韓国も地図業界への参入障壁が高いという。ただ自動運転に限らず、現代は様々なテクノロジーが、グローバルに標準化される方向にある。地図を活用する技術が「ガラパゴス化」すれば、日本メーカーの技術開発の足を引っ張ることにもなりかねない。
そこでヒアは2018年、インクリメントP、中国のナブインフォ、韓国のSKテレコムと提携。ヒアが提供する自動運転向けの高精細地図「HD Live Map」を統一された形式でグローバルに利用できるように取り組んでいる。
米IT大手のアップルやグーグルもiPhoneやアンドロイドといったスマホを活用した地図サービスに熱心で、スマホの地図をナビに利用できる車種も増えている。ただ、村上は「自動運転向けの地図はスマホだけでは実現できない。自動車メーカーが車載の機器とスマホを連携させていないからだ」と話す。ヒアの場合、メーカーが、車載ネットワークの国際標準であるCANから得られた車のセンサーのデータを提供する。そのため、「ABSが作動している状況」「ワイパーが激しく動いているので大雨」といった車や道路の情報が分単位で、しかも車線ごとに把握することが可能になり、地図情報を連携させることで、車の制御を精密に行うことができる。
ヒアは情報の「品質」にも力を入れている。「車から送られた情報の間隔」や「何台の車が送ったか」など信頼性を判断する指標を設け、一定の基準を満たさなければ、自動車メーカーがリアルタイムでの利用をやめることもあるという。村上は「高い精度の機器を積んだ車が走るほど、情報の精度も上がる。それはスマホとは違う世界になる」と自負する。(つづく)
連載「くるま新世紀 デジタル時代の開発最前線」
- 自動運転の計算力(10月19日)
- 地球6000周分の道路を学ぶ学習力(10月20日)
- ジョークも話せるクルマの語学力(10月21日)
- 物流業界が熱い視線を送る輸送力(10月22日)
- 6億台の力でナビマップ作成、その地図力(10月23日)
- 楽しさの演出もカギになる(10月24日)
- 自動運転、日本が世界で戦うために必要なこと(10月25日)