■誤差数センチで大型トラックが自動運転
建物の裏側から現れた大型トラックが工場の敷地内を走った後、記者の目の前に止まった。運転席に座る男性は両手を上げて万歳のような姿勢。緊急対応のために乗車しているだけで、トラックが自動で走行していることをアピールしている。トラックがバックを始め、白線で囲まれた幅3メートルの停車場所を目指す。トラックは幅2.5メートルとぎりぎりの大きさだが、きれいに中央に停止した。
国内トラック大手のUDトラックスが8月、物流大手の日本通運、北海道を地盤とするホクレン農業協同組合連合会と共同で実施した、大型トラックによる「レベル4」の自動運転の実証実験。砂糖の原料となるテンサイを、周辺の畑から集積場、そして加工ラインの投入口まで搬送する作業を想定し、北海道斜里町にあるホクレン工場と公道を含む約1.3キロのコースを最高時速20キロで走行した。大型トラックがレベル4の自動運転で公道を走ったのは、国内で初めてという。
集積場などは舗装されておらず、人が運転する場合でもハンドルを右に左に動かす必要のあるような、でこぼこの地形。車載のレーザースキャナーやカメラだけに頼っていては、自動運転で正確にルート上を走るのは難しいという。そこで、今回の実験で導入されたのがRTK-GPS(リアルタイムキネマティック全地球測位システム)。GPS衛星から受信した位置データを、基地局から送られる携帯ネットワークからの位置データで補正し、誤差を数センチの精度に高めた。レーダーの認識能力が落ちる悪天候時や、GPS信号を受信しにくい場所でも、正確な自動運転が可能になるという。開発部門の統括責任者であるダグラス・ナカノは「(工場内や畑などの)限定された区域なら、自動運転で24時間走らせる自信がある」と話す。
トラック業界で自動運転への期待が膨らむ背景には、ドライバー不足への危機感がある。
ボストンコンサルティンググループは2017年にまとめたリポートで、27年に必要となるトラックのドライバーの数が96万人なのに対し、25%にあたる24万人が不足すると予測した。この日も、ホクレン代表理事会長の内田和幸が「工場の安定操業にトラックは不可欠だが、ドライバー不足から年々、輸送に必要なトラックの確保が難しい状況となっている」と懸念。日本通運副社長の竹津久雄も「物が運べない事態になれば、日常生活にも大きな影響が出てしまう」と将来への不安を口にした。
これに対し、UDトラックス社長の酒巻孝光は「できれば来年、商業化の一歩を踏み出したい」と、限定区域でのレベル4の早期実現に意欲を示した。例えば、畑から工場まで公道を使わずに輸送するルートが考えられる。一方で、「公道を使うとなれば、ハードルはかなり上がる」と慎重な姿勢も示した。
■人手不足、世界共通の悩み
UDトラックスの強みの一つは、世界有数のトラックメーカーであるボルボグループに属し、その技術やノウハウを使えることだ。
ボルボはノルウェーの鉱山に自動運転トラックを提供し、スウェーデンの港でも、運転席がないトラックでターミナル間の走行試験を始めている。自動運転の技術で世界をリードする企業の一つだ。ナカノは「コンピューターやセンサーなどをグループで共通化し、スウェーデンやノルウェーで得られた知識もすぐに活用できる」と言う。
世界では、大型トラックで販売首位の独ダイムラーからベンチャーまで、あらゆる規模の企業がトラック向けの自動運転開発にしのぎを削っている。米国や欧州でもトラックドライバーの不足や高齢化は深刻な問題。一方で、ドライバーの人件費が削減できるなら、自動運転システムの開発や導入の費用も、乗用車に比べて吸収しやすい面もある。ドライバーより長時間の輸送が可能になれば、トラックの稼働率も上がる。高速道路などの幹線は自動運転に任せ、出入り口付近のターミナルで荷物を積み替えてドライバーが目的地まで輸送する、といった使い方が想定されている。高速道路のカーブが少なく、ターミナルも作りやすい米国で、導入が先行する可能性がある。
もっとも大型トラックでは、車線からのはみ出しを防いだり、前の車に合わせて車速を調整したりするレベル2の先進運転支援システム(ADAS)の搭載も遅れている。車体が大きいため、少しのずれでも車両が道を外れてしまう恐れがあるためだ。ただ、国内大手の三菱ふそうトラック・バスは今秋、グループのダイムラーと共同開発したレベル2のシステムを、大型トラックでは国内で初めて主力の「スーパーグレート」に搭載する。
カメラやレーダーなど主要な機器はダイムラーと共通化。世界でテストをしてきたダイムラーのノウハウを生かし、歩行者などの識別能力の向上や、正確な車体の制御を実現した。その上で、日本の道路でテストを重ね、日本に多い歩道橋や電信柱を人や車と誤認識してブレーキをかけないように調整したという。三菱ふそう副社長のアイドガン・チャクマズは「(新技術の導入は)過去には一つのマーケットから始め、1年後、3年後にほかのマーケットに導入してきた。しかし、いまは世界で同時に進行し、日本で不具合が起きれば米国でもすぐに改修できる」とグローバル化の利点を強調する。
ダイムラーは、レベル2の次は一気にレベル4の実現を目指す方針だ。レベル3の自動運転ではシステムが求めればドライバーがハンドルを握る必要があり、ドライバー削減につながらなず大型トラックに採用するメリットが小さいと考えるためだ。今月上旬、レベル4の実用化に向け、米国の公道で自動運転トラックの実験を始めたと発表した。
■情報端末化するトラック
実は三菱ふそうはすでに2017年、ダイムラーの技術をベースに、携帯電話回線を使ったコネクティビティの機能をスーパーグレートに搭載。顧客である運送会社がリアルタイムで走行中のトラックの位置情報のほか、エンジンやオイル、タイヤの空気圧の状態など様々な情報を得られるようになった。トラック自体がスマートフォンのような情報端末になったようなものだ。ダイムラー出身で、ふそうのコネクティビティ部長を務めるペター・ファイグラーは「客のビジネスの効率性を高めることができる」と胸を張る。
「これを見てほしい」。ファイグラーが持参したiPadの画面を私に見せた。あるトラックの今月の運行情報が一目で分かる。100キロあたりの急ブレーキはゼロ、急発進は0.1回。速度違反もゼロで安全スコアは100点満点だ。今月の燃費も1リットルあたり約5キロと、前月より0.3キロ向上しており、とても優秀なドライバーだと分かる。ほかにも走行距離やアイドリングの時間が表示されている。急ブレーキや急発進が多ければ、ドライバーと話し合って改善を促すこともできる。現在、日本国内では、約1万台のトラックの情報を把握できるという。
トラックに搭載された様々なセンサーは9000種類ものシグナルを発信する。その中から、例えば急ブレーキならブレーキペダルを踏む力やペダルの角度、停止までの距離など20~30のシグナルを分析すれば分かるという。「プライバシーの問題でドライバーが嫌がるのでは」と意地悪な質問をしてみた。ファイグラーは「何かあってもドライバーは悪くなかったと証明もできる」とドライバー側の利点も強調した。
さらにシステムをオープンにすれば、輸送の効率性を高める可能性も広がる。例えば、東京から大阪へトラックに荷物を満載で運んでも、帰りが空だと効率はよくない。運送会社がリアルタイムでトラックの積載状況を公開すれば、荷主がすぐに注文し、トラックが満載で東京に戻れるかもしれない。ファイグラーはこう確信している。「新しい技術の中で、最も重要なのがコネクティビティ。将来、すべての車がコネクティッドになる」
連載「くるま新世紀 デジタル時代の開発最前線」
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