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地球6000周分の道をバーチャルで学ぶ 自動運転支える膨大なデータはどこに

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自動運転を支える大量のデータを蓄積するBMWのデータセンター (同社提供)

■国内初の手放し運転を実現

BMWの主力モデルである3シリーズに乗って首都高速道路を走っていると、お決まりの渋滞にはまった。

いつもは、うんざりする瞬間だが、この日は違う。デジタルのスピードメーターの下に「ASSISTED PLUS READY」の文字が出るのを待ち、ハンドルにあるボタンを押した。デジタルメーターの横に映し出された道路の絵が緑色に変わり、ハンドルのランプが緑に点灯。手放し運転が可能になったサインだ。両手をハンドルから離すと、BMWが自動で前の車を追いかけ始めた。リラックスしてお気に入りのミュージックを選び、テイクアウトのエスプレッソを飲むこともできる。

「ハンズオフ(手放し)」機能が作動中は、道路が緑に表示される。前方のトラックや隣の車線の乗用車など車の大きさも識別していることが分かる=8月27日、都内、中川仁樹撮影

BMWが8月、量販車では国内で初めて搭載を始めた「ハンズオフ(手放し)」機能。高速道路など特定の道路を走っていると認識したとき、かつ渋滞などで走行速度が時速60キロ以下になっているときにドライバーが前方を注視している条件で、ハンドルから手を離すことが可能になる。北米や中国に次ぐ導入で、法制度の問題から、まだ欧州でも実現していない先進の機能だ。

首都高速は急なカーブなど、慣れたドライバーでも慎重になるような難しい区間がたくさんある。それでもBMWは車線の真ん中を平然と走り、一定の距離を空けて前の車を追っていく。間にトラックが入ってきたが、追随対象をスムーズに切り替え、少し減速して車間距離をとる。慣れるまでは、少し違和感と怖さを感じたが、すぐに気にならなくなった。BMWのプロダクトマネージャーである御舘康成は「(ハンドルを握っているだけでも)多少の筋肉的な緊張がある。本当に楽になる」と熱心にハンズオフの効果を説明してくれた。

こうした精密な動きを実現するのが3種類のカメラだ。BMWは検知距離が300メートル、120メートル、20メートルのカメラを使って前方を監視。車の頭脳となる画像処理のプロセッサーには、米IT大手インテル系のモービルアイによる最新の「EyeQ4」を搭載した。毎秒2兆5000億回という現時点で最高水準の演算能力を駆使し、カメラなどのセンサーが送る大量のデータを処理。車の次の動きを決める。

ハンズオフ(手放し)機能の実現のため、BMWがフロントに搭載した3眼カメラ。検知距離はそれぞれ300メートル、120メートル、20メートルで、単独でも距離を測れる高性能カメラだという=8月27日、都内、中川仁樹撮影

■9カ月の時間をかけ、日本の道を「極める」

今回のシステムは、運転の責任がシステム側には移らずドライバーが持つため、自動運転の6段階では「レベル2」にとどまるが、「手放し」の機能によって一歩進んだ面もある。そのためBMWは安全面にもかなり気を配ったようだ。

自動運転のレベル

システムが作動する場所は、GPSによる車の位置情報を利用し、高速道路などあらかじめ設定された道路に限られる。一般道はもちろん、中央分離帯がない対面通行区間がある自動車専用道路も対象外だ。東京の首都高速都心環状線のように車線が複雑に変化する合流地点などではシステムが解除される。渋滞時に短い距離で合流してくる車の動きは、予測が難しい場合もあるからだ。また、デジタルメーターの間に設置された赤外線カメラが、ドライバーの視線を監視。目をそらしたり、つむったりすれば警告音が鳴り、約10秒間続くと、システムが解除される。

実際、途中で警告音が鳴り、ハンドルを握るよう求められた。理由はよく分からなかったが、後ろの車が近付いていたので、システムが危険だと判断したのかもしれない。御舘は「国内初の装備なので、少しセーフティサイド(安全重視の側)に振った。仮に相手側の割り込みに問題があり、システムが検知していたとしても、こちらがハンズオフだとお客様が不安に感じてしまう。システムを過信せず、ドライバー責任を意識した上でそのメリットを体感していただく必要がある」と説明する。

都内の首都高速道路を走行中、BMWのハンドルから手を放すドライバー。その後、車は自動でスムーズに走った。BMWが8月、国内の量販車で初めて搭載した=8月27日、中川仁樹撮影

こうしたBMWのこだわりは装備だけではない。実は3シリーズの最新モデルは昨年11月に生産を開始し、機能的には当時からシステム搭載も可能だった。しかし国や地域によって、ドライバーの運転方法や道路の白線のパターンなどは大きく違う。そこでBMWはシステムが日本の道を「極める」よう、搭載予定を9カ月後に設定。市販車両を日本の道路で走らせて最終的なテストを実施した。今後、この機能を3シリーズより上のモデルで標準装備とするほか、対象車種なら、すでに販売した車にもアップデートで対応する。7月までBMWジャパン社長を務めたペーター・クロンシュナーブルは「自動運転のレベルにかかわらず、我々の車はすべてのお客様に安全でなくてはならない。世界中の道でテストをしている」と強調した。 

■仮想空間で2億4000万キロ分の道路データ

自動運転の時代になれば、いかに多くのデータを蓄積してAIに学習させ、スムーズで安全な運転を実現するかで、車の優劣が決まると言っても過言ではない。ただ、「あらゆる道を人間でテストしようとしても追いつかない」と御舘は言う。そこでカギとなるのが、バーチャルな世界を使ってシミュレーションで学習する能力だ。

今年3月時点で、BMWが世界の道路状況のデータ収集のために走らせている車は約80台。年末までに約140台と倍近くに増やす計画だ。今年3月には新しいデータセンターをオープンし、毎日1500テラバイトの巨大なデータを収集し続ける態勢を整えた。DVDに換算すると30万枚以上にものぼるデータ量だ。

第1段階として500万キロの走行データを集め、そこからAIの学習に適した200万キロ分を選ぶ。この情報をベースに2億4000万キロのシミュレーション用データをつくり、AIが効率的に学習していくという。これは地球6000周分にあたる距離だ。例えば歩行者が車道に飛び出して緊急ブレーキを作動させる場合、前方のカメラやレーダーなどの情報を照合し、対象物が人だと判断。ブレーキを踏む動作を決める。こういった状況をバーチャルの世界でつくり出せれば、AIが運転を学ぶ時間を大幅に短縮できるという。

■自動車開発で存在感が高まるマイクロソフト

自動運転の走行テストは、米IT大手グーグルが2010年ごろから取り組み始め、膨大なデータを保有しているとされる。16年には自動運転部門を分社化して「ウェイモ」を設立。自動車メーカーからベース車両の供給を受け、配車サービス大手などに自動運転車を提供する構想もあり、自動車業界で勢力を広げる勢いだ。

これに対し、BMWや、メルセデス・ベンツを擁する独ダイムラー、米ゼネラル・モーターズ(GM)、トヨタ自動車などの世界の自動車大手も走行データの収集を急いでいる。メルセデス・ベンツの場合、17年9月から18年1月の間に、自動運転システムを装備したテスト車両で5大陸を走行。トヨタは今年7月、北米や日本に加え、欧州でも自動運転のテストを始めると発表した。

ただ自動車業界では、CASEやMaasなど様々な新分野でITとの融合が進んでおり、扱うデータ量も急激に膨れあがっている。この莫大なデータをどのように管理し、シミュレーションや車開発に効率よく使えるようにするかが大きな課題となってきた。

BMWのように巨大なデータセンターをつくる動きがある一方、データやソフトウェアをネットワーク経由で利用者に提供するクラウドサービスの利用も活発になってきた。そこで存在感を増しているのが、米IT大手マイクロソフトだ。世界54カ所にデーターセンター(サーバーの大規模拠点)を構えてクラウドサービス「Azure(アジュール)」を展開。フォルクスワーゲンやダイムラー、トヨタ、ルノー・日産・三菱連合など並み居る自動車メーカーと提携している。

マイクロソフトのクラウドサービスを利用したフォルクスワーゲンとの協業のイメージ。ソフトウェア分野でのマイクロソフトのノウハウも生かし、インターネットをつかった顧客サービスを向上させる狙いがある=日本マイクロソフト提供

パソコン用OS「ウィンドウズ」で圧倒的な地位を占めるマイクロソフトだが、クラウドではライバルのアマゾンより後発だ。グーグルも台頭している中で、マイクロソフトの強みをどこに見いだすか。日本マイクロソフト・オートモーティブ営業統括本部長の竹内洋二は「顧客のビジネスと競合しないこと」と話す。

サティア・ナデラが14年にCEO(最高経営責任者)に就任すると、同社のミッションを「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにすること」と宣言し、「黒衣」に徹する思想を社内に浸透させた。自動車メーカーがクラウドを使って共有する情報は秘密性の高いものが多い。アマゾンやグーグルも情報管理を厳格にしているとはいえ、自動運転の分野などでライバルとなる可能性がある。その点、マイクロソフトなら安心感が高いというわけだ。

日本マイクロソフト・オートモーティブ営業統括本部長の竹内洋二。自動車分野でのマイクロソフトの強みを、「顧客のビジネスと競合しないこと」と話す

もちろん使い勝手も工夫されている。自動車会社や部品メーカーがクラウドに移行しやすいよう、これまで使ってきたシステムとクラウドの両方にある情報を一体的に管理・運用することも可能だ。自動車をはじめ世界のものづくりはグローバル化が急速に進んでおり、世界中に散らばる関連企業が必要な情報に効率的にアクセスできれば、開発のスピードを加速させることができる。

さらにオートモーティブ営業統括本部でインダストリーエグゼクティブを務める内田直之は「マイクロソフトには、これまで自動車関連の開発で培ってきたノウハウと人材の蓄積がある」という。90年代後半にカーナビ用のソフト開発に着手し、その後も車載機器の開発を続けてきた。例えば、自動運転の時代になり、車が通信回線を介してつながるようになれば、セキュリティー対策が重要になる。マイクロソフトならクラウドと車載機器の両方から全体的なセキュリティー対策を提案することができるという。

自動車業界とのつきあいは長く、業界やそれぞれの会社で使われる独特の言葉や言い回しに精通した社員も多い。クラウドサービスも、すでに10年前には自動車大手に提案していた。内田は言う。「国内なら(マイクロソフトの)クラウドの歴史は、自動車産業とのビジネスの歴史。アマゾンが後発と言える」と自信を示す。(つづく)

連載「くるま新世紀 デジタル時代の開発最前線」

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