ベトナムがEVを世界に売り込む 「下請け」から、自国ブランドで「先進国入り」の野望
ベトナムにできた自動車メーカーが、電気自動車(EV)で世界の市場に参入。政府はその先に「先進国入り」を見すえる。(宋光祐)
「我々が何者か。初めての方には少し自己紹介が必要かもしれません」
今年4月、ニューヨーク。新型コロナによる中止を経て3年ぶりに開催された国際自動車ショーで、ベトナムの自動車メーカー「ビンファスト」のエマニュエル・ブレ副最高経営責任者はそう言って、背後に並んだ3車種の電気自動車(EV)をアピールし始めた。
ビンファストはベトナムが生んだ唯一の自動車メーカー。親会社のビングループは、不動産・リゾート開発やヘルスケア、教育事業などを手がける大手複合企業で、ベトナムで知らない人はいない。
しかし、欧米や日本での販売実績はなく、世界的には無名の存在だ。ブレ氏は控えめに自己紹介したが、本題のプレゼンでは、成功への自信をにじませた。
ビンファストは2019年、独BMWとのライセンス契約で得た技術をベースにガソリン車の開発を始めた。3年を経た今、ガソリン車の生産を停止。米国や韓国、ドイツの企業と提携してバッテリーや自動運転の技術を一気に取り込み、短期間で開発したEVに専念すると決めた。
年内に電動SUV(スポーツ用多目的車)の新型2モデルを4万5000台販売する計画だ。中型SUVは約4万ドル(約590万円)からで、6万ドルを超えるテスラより3割安い。
EVのなかでとくにコストのかかる動力源のバッテリーを、定額利用方式にして充電機能が7割を切ると交換できる仕組みを導入。車の販売価格を抑えるとともに顧客サービスの充実をうたう。
3月には米国東部のノースカロライナ州でEVの新工場を建設すると発表。40億ドル(約5900億円)を投資して7000人以上を雇う計画は、バイデン米大統領がツイッターで歓迎するほどの強い印象を残した。
これらのEVには、会社だけではなく、ベトナムの発展がかかっている。
中国が米国と貿易戦争を繰り広げるなか、ベトナムはここ数年、中国に代わる先進国の製造業の下請けの中心になってきた。しかし、ベトナムが望むのは先進国そのものになることだ。
国を一党支配する共産党は昨年1月末、国の方針を決める党大会で建国から100周年を迎える2045年までに先進国になると宣言した。「繁栄と幸福」の実現を掲げ、交通やエネルギー、デジタル、気候変動対策関連を中心に、外国の下請けではなく自前の産業を育てていくビジョンを示した。
政府はかつての日本や韓国のように、とりわけ国産車の生産が国の発展をリードすると期待しており、今年3月からは国内でのEV普及策として登録料の免除や消費税の減税を始めた。
ビングループのファム・ニャット・ブオン会長も今年1月、EV事業にかける理由を地元メディアに「ベトナムが世界で認められるためには、少なくとも一つのブランドが必要。それにはEVしかない」と語り、外国で事業展開する意味をこう表現した。
「利益ではなく、旗を立てることだ」
ベトナムと聞いて日本の人たちが思い浮かべる言葉は、「ベトナム戦争」や「経済成長」「技能実習生」、麺料理の「フォー」といったところだろうか。何より私自身が、こんなイメージしか持っていなかった。
ところが、2020年1月にハノイ支局に赴任し、ベトナムの実力を強く感じた。韓国のサムスン電子や日本の自動車部品メーカーの拠点がある製造業は海外と深く結びつき、ベトナム政府の新型コロナ対策が世界の生産を左右した。
国連によると、現在、9900万人の人口は2050年ごろまで増え続け、1億1000万人に迫る。GDP(国内総生産)は今、世界39位だが、コンサルティング会社PwCの報告書は、50年には世界で20位に上がると予測する。
あちこちで建設工事が進み、街の景色は1日単位で変わる。スマホのアプリを使った自動車やバイクの配車、外食の宅配サービスはすでに日本よりも便利だ。
歴史を振り返れば、ベトナムは米国と長年戦い、侵攻してきた中国を追い返した。
コロナ禍では、経済との両立のために部屋から一歩も出られないような厳格な規制を一気に緩和してみせた。こんな粘り強さや柔軟さが、急成長をとげるこの国の人々の強みなのだろう。
国際労働機関によると、2022年時点で56万人のベトナム人が43以上の外国・地域で働いているが、最も多くの人が選ぶのは日本だ。
日本の厚生労働省の外国人労働者に関する統計では、ベトナム人が20年に44万人で中国人を抜き、最多になった。出入国管理庁の統計で日本に暮らす外国人全体を見ても、昨年末現在で、最多の中国人の72万人に次ぐのがベトナム人で43万人。韓国人(41万人)を上回る。
日本はベトナム人労働者がいなければ成り立たない国になっている。しかし、ベトナム語の「こんにちは」を知っている人はどれくらいいるだろう。工場や農地、お店で働くベトナム人は、私たちの隣にいるはずなのに、見えない存在になっていないだろうか。
「シンチャオ(こんにちは)」
コンビニでベトナム人の店員を見かけたら、そんな風に声をかけてみてほしい。私たちの「新しい隣人」になったベトナムの人たちの見えなかった姿が見えてくるはずだ。