まず広い景色を眺めるために、島の南端にある「ホントムケーブルカー」(①)に乗ってみた。出発の駅はイタリアの街並みをモデルに整備されているが、車両に乗り込んで数分すると、山の裏側にある島の素顔が見えた。
海岸線のぎりぎりまで肩を寄せ合う細長い家々。エメラルド色の海に浮かぶ何十隻もの小型漁船。パノラマの絶景から地元の人たちの暮らしが伝わってくる。
漁船が多いのはフーコック島の名産に関係がある。小魚を塩漬けにして発酵させた魚醤(ぎょしょう)で、生春巻きのつけだれなどベトナム料理には欠かせないニョクマムだ。
島の中部で半世紀近く前からニョクマムの生産を続ける「カイホアン」(②)を訪ねた。60年前から続く、島で最も大きな製造業者の一つだ。
社長のホー・キム・リエンさんは1999年、亡くなった父親から会社を継いだ。「伝統的な製法を守りたい」。そう話す通り、作り方はシンプルで、添加物を使わずに、たるの中で温度管理を徹底しながら魚を最大15カ月発酵させるという。
フーコックは今年4月、「眠らない島」になった。不動産や教育を手がけるベトナムの複合企業「ビングループ」が、北部に24時間営業のテーマパーク「グランドワールド」(③)を開業したのだ。カジノもできた。
外国人観光客を呼び込むための切り札として期待されている施設だ。「私たちがタイや他の国の競争相手になる日は遠くない」。地元人民委員会の副委員長ドアン・バン・ティエンさんは、島の発展に自信を見せる。ベトナム政府も、11月にはワクチン接種済みの観光客を対象に、コロナ対策の隔離なしで外国からフーコック島への訪問を認める方針を示している。
「島全体が巨大な建設現場のようで、昔の素朴な良さがなくなった」。訪問前に知り合いのベトナム人に島の印象を尋ねたら、そう言われた。開発にかじを切ることが正しいのか。私自身も島を回るうちに考え込むようになった。
パークでは夜、イタリアの水上都市ベネチアを題材にしたショーがあった。光と水が音楽に合わせて織りなす幻想的な風景の中を、ゴンドラが行く。翌日には近くの動物園「ビンパール・サファリ」(④)も訪ねた。
どちらも、バイクでやって来た島の親子連れでにぎわっていた。うれしそうな子どもたちの笑顔を見ながら、この先の島の変化に思いをはせた。
島の北部と南部にそれぞれ子ども向けの施設がある。全長約8キロの運行距離がギネス世界記録に認定されたホントムケーブルカーでは、さらに南の小島にある「アクアトピア・ウォーターパーク」(⑥)に行ける。大きな滑り台がいくつもあり一日中遊べる。地元の人の息づかいを感じたければ、島中部のナイトマーケットへ。屋台料理の食べ歩きや民芸品の買い物を楽しめる。
■ベトナムの戦争の歴史
フーコックは今年3月、郡から市に行政区分が変更された。孤島が市に格上げされたベトナム初の例だ。経済特区として開発を進めた政府の期待の高さがうかがえる。
1975年にベトナム戦争が終わるまで、島では米国が支援する南ベトナム政権が北ベトナム軍の兵士らを収容していた。刑務所跡地(⑦)は博物館として保存され、当時の様子を人形などで再現。戦火の絶えなかったベトナム現代史を学べる。
■路地奥の海鮮料理
ベトナム本土から約40キロ離れた沖合に浮かぶフーコックでは、タイ湾でとれた新鮮な海産物を存分に食べられる。夕食は島の北西にある海鮮料理店ホアンズ(⑤)へ。近くまで行けば、店の人がゴルフ場で乗るような小型カートで迎えに来てくれる。
地元の人たちの家が立ち並ぶ細い路地を抜けた海べりにあり、店の奥にある桟橋の向こうにはカンボジアの港町の明かりが見えた。
入り口のいけすで貝や魚を選び、注文する。砕いたピーナツと青ネギを油であえた調味料をかけて、殻ごと網焼きにするカキは香ばしい味わい。レモングラスと一緒に蒸したイカやバイ貝は、ニョクマムやレモン塩をつけて食べる。白身魚の鍋は、ベトナムでは定番のタイ風で少し辛みのある味付けだった。
新型コロナウイルスの感染対策で国内観光客の往来も減っている。一日も早く客足が戻ることを願った。