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高級ホテルの地下に、最高指導者の脱出トンネルが 作りや塗装に見えた、かつての緊張

At the Scene 現場を旅する
2021年3月に一般開放された円山大飯店の東側の避難トンネル=台北市、石田耕一郎撮影

蔣は1949年、中国共産党との内戦に敗れて台湾に逃れた。対中国で国際社会の支持を得ようと外交戦を展開。52年に米国の大学を卒業していた宋のアドバイスを受け、台北市の丘陵地に同ホテルを建てた。

トンネルはホテルが14階建てに改築された73年に設けられた。台湾にとって国連追放や日本との断交が続いた時期だ。地下1階の東西に1本ずつあり、2019年に西側(全長約85メートル)、昨年3月に東側(同約70メートル)が一般公開された。高さと幅はいずれも2メートル余りで、階段や坂道がある。4~5階の高さを下って外部に逃れることができる。追っ手の射撃を避けるためにいくつもカーブを設け、声や足音が響かぬよう天井や壁に凹凸のある塗装をほどこしている。

一般開放されている円山大飯店の西側の避難トンネル=台北市、石田耕一郎撮影

元旅行ガイドで案内ボランティアの梁忠楨さん(60)は「蔣介石には、日中戦争の前年に監禁された『西安事件』(36年)の記憶があったのだろう」と解説する。これまで避難に使われたことはないという。

台北の地図

蔣は75年に当時の官邸、現・士林官邸(②)で突発性心臓病で死亡するまで総統として独裁政治を敷いた。ここでは執務室や書斎のほか、宋の描いた絵などが参観できる。

蔣の長男、経国による統治を経て、台湾は96年に初の総統直接選挙を実現する。選挙期間中に中国による軍事威嚇を受けながら、民主化を求める人々は台湾出身の李登輝に未来を託した。

李は日本統治時代(1895~1945年)に建てられた総統府(③)での就任演説で、「私たちは世界が目を見張るような『経済奇跡』をつくりあげ、民主改革を達成した。台湾で出来ることは中国大陸でも出来る」と呼びかけた。

一般開放されている円山大飯店の西側の避難トンネル。中央に見える溝は荷物などを送る滑り台=台北市、石田耕一郎撮影

建物は第2次大戦末期に空襲を受けたものの、現在も台湾政治の中心になっている。原則として平日に一般公開され、デジタル技術を使った蔡英文総統との模擬会談などが楽しめる。

台湾では、日本統治時代の建物が今も広く使われ、観光資源にもなっている。台北市中心部の迪化街(④)は市内で最も当時の建物が残るエリアだ。現在は漢方薬や布類、香辛料や乾物の問屋に交じり、バロック様式の建物を生かしたカフェやレストランが軒を連ねており、地元市民や観光客の人気を呼んでいる。

■逸品の台湾スイーツ

タピオカミルクティーや台湾カステラなど、日本でも人気の台湾スイーツには、宋美齢が滞在先の米国まで取り寄せていたほどの逸品がある。円山大飯店1階のレストラン「円苑」がつくるもち米ケーキだ。ホテル内の売店でも販売しており、年間数万個が売れるという。

蔣介石の妻、宋美齢が好んだ台湾のもち米ケーキ=台北市の円山大飯店、石田耕一郎撮影

料理人歴約50年の男性コック長(64)によると、水に溶いたもち米粉と米粉に、小豆やマンゴーなどを混ぜて円筒状にし、高温で蒸し上げる。特徴は、ケーキの中ほどに埋め込まれた小豆のあんだ。好みに合わせ、ちぎったケーキに少しずつあんを付けて食べる。甘い物が苦手な人でも食べやすい優しい味だ。上海に長く滞在した宋の好みに合わせた味を忠実に伝承している。

ホテルではこれまで、台湾を訪問した外国首脳と歴代総統らによる宴席をになってきた。ケーキは、蔣介石の後を継いだ息子の蔣経国や李登輝、馬英九、蔡英文ら歴代総統にも提供されてきたという。

士林夜市

台湾旅行と言えばナイトマーケットでの食べ歩きも楽しみの一つ。台北市内で最大級の士林夜市(⑤)は110年以上の歴史がある士林市場を中心に広がる。台湾人のソウルフードでもある発酵豆腐やカキのお好み焼き、鶏の唐揚げのほか、スイーツや衣類などを売る店舗が並ぶ。学生客が多く、価格も安い。

日本人観光客に人気の「占いの街」が台北市南西部・龍山寺近くの地下街にある。約40ある占い部屋は、コロナ禍で閉店が続いたが、市政府によると、いまも二十数人が営業する。四柱推命や風水、手相のほか、鳥占いなどの変わり種もある。日本語ができる占師もおり、値段は占いの種類によって数千円から。

龍山寺そばの地下にある占い街