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「手を出したらすべてを失う」闇くじの世界 ベトナムの裏面に迫った『走れロム』

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映画 『走れロム』から ©2019 HK FILM All Rights Reserved.フイ監督の実弟でロム役のチャン・アン・コアさん(右)とフック役のアン・トゥー・ウィルソンさん(左)

■自殺者まで出る闇くじとは……

ベトナムの闇くじは「デー」と呼ばれ、政府公認の正当なくじの当選番号の「下二けた」を予想するもの。掛け金の70倍を手にする可能性もあるという、ハイリスクハイリターンの違法くじだ。姿の見えない「胴元」が取り仕切っているといわれるが、全容はわかっていない。

デーを賭ける時間は早朝から抽選開始の30分前まで。結果は政府公認くじの当選が発表される16時30分に判明する。賭けたい人は、身近な「走り屋」に希望の数字と、金や家を担保にした借用書を託す。走り屋は集めた注文を「賭け屋」に伝えるため、締め切りに間に合うように走る。数字が当たった証拠として必要なのが、結果発表後に印刷される当選番号票(ゾー)だ。走り屋は賭けた人にこの紙を売るため、また走る。

映画『走れロム』から ©2019 HK FILM All Rights Reserved.

ベトナムでは賭け屋に借金を重ね、担保にした自宅を失う人もいるといい、「デーに手を出せば土手で暮らすことになる(家も何もかも失う)」という言葉もあるほどだ。だが全土で賭けをする人は絶えない。近年ではインターネットを使って、こうした闇くじがより秘密裏に行われるようになり、ベトナム、カンボジア、タイの国境を越えた深刻な社会問題になっているという。

フイ監督は実弟のチャン・アン・コアさんを「走り屋」の主人公ロム役にすえ、2013年の短編映画「16:30」で最初にこの問題を取り上げ、カンヌ国際映画祭ショートフィルムコーナーで入選した。映画『走れロム』は、コアさんが14歳に成長したロムを演じ、ライバルと競いながら走り回るロムの日常を、疾走感とともに描く。

映画『走れロム』から©2019 HK FILM All Rights Reserved.

大人の賭けのために走る子どもらは、数字が当たれば分け前を手にするが、外れれば八つ当たりされる。ロムが焦がれるようにビー玉を見つめる場面からは、地上げで家族と住んでいた家を追われ、親に置き去りにされたロムが、幼いころからこの稼業でひとり生きてきたことがわかる。都市開発のために立ち退きを迫られる人々も描かれ、成長の影にあるベトナムの現実が垣間見える。

■検閲をへてベトナムでヒット

映画『走れロム』撮影時のメイキング写真 ©2019 HK FILM All Rights Reserved.チャン・タン・フイ監督(左)によると、実弟でロム役のチャン・アン・コアさん(中央)はカナダに留学し撮影の勉強をしているという。軽業師のような身のこなしが光ったフック役のアン・トゥー・ウィルソンさん(右)については、「トップ俳優になるだろう」と太鼓判を押した

本作は19年の第24回釜山国際映画祭に出品され、ニューカレンツ部門最優秀作品賞を受賞した。

だが、ベトナム当局の検閲を通さずに出品したとして、フイ監督はベトナムで罰金を命じられてしまう。社会問題の闇くじを扱ったことが問題視され、一部シーンのカットや変更も余儀なくされた。

こうした話題性もあってか、著名人の出演する大作映画しかヒットしないと言われてきたベトナムで公開されると、クリストファー・ノーラン監督の「TENETテネット」を越える興行成績を記録するヒットになった。

映画『走れロム』から©2019 HK FILM All Rights Reserved.

6月にオンラインで取材に応じたフイ監督は、作中の子どもたちの描写には、サイゴンで育った監督自身の記憶が反映されていると明かした。「私の家も裕福ではなく、小学2年生のころには人の自転車を洗って小銭を稼いでいました。当時知り合った同年代の少年たちがどんなことをしていたか、鮮明に覚えています。その記憶が映画をつくる力になった。今でもベトナムでは幼い子どもが花や小物を売る親を手伝って働いている。子どもの勉強は後回しにされる家庭もいまだ多いのです」と言う。

映画『走れロム』のチャン・タン・フイ監督 ©2019 HK FILM All Rights Reserved.

ベトナムでは、人生を変えるために「神頼み」に精を出す人も多い。仕事がない、貧しい、結婚できないといった悩みを「縁切り」やまじないで乗り切ろうとしたり、最近では、各地に巨大な寺が新設され、観光もかねて参拝する「スピリチュアルバブル」とも言える現象が起きたりしている。

「不平等なのはどの社会も同じです」とフイ監督は言う。それではなぜ、違法なくじにベトナムの人はすがるのか。「貧しい人たちには自信が足りないのです。『自分には価値がない』と自らを過小評価してしまう。発言権を持ったことがないからです。何かを信じることで、強さのよりどころにしている面がある。こうした自信のなさを克服できるのは、教育だけだと私は思っています」

■39人死亡のコンテナ事件を映画に

映画『走れロム』から©2019 HK FILM All Rights Reserved.

お上ににらまれやすい闇くじというテーマの映画制作をプロデューサーとして支援したのは、フランス在住の映画監督トラン・アン・ユン氏だ。映画「青いパパイヤの香り」でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)、「シクロ」でベネチア国際映画祭でグランプリの金獅子賞を受賞した世界的な監督だ。「ユン監督は私の先生。スタッフの紹介やアドバイスをくれ、私たちを守ってくれた」とフイ監督は感謝する。

フイ監督は次回作でもユン監督とタッグを組み、社会問題をテーマにする考えだ。映画「Tick It」(原題)では19年10月に、英ロンドン近郊で、コンテナの中から密入国を試みた39人のベトナム人が遺体で見つかった事件の映画化に挑戦する。

現在脚本を準備中で、フイ監督は犠牲者の一人で、コンテナから「息ができなくて死にそう」と家族にメッセージを送っていたファム・ティ・チャー・ミーさん(当時26歳)らの実家を訪ね、遺族に話を聞いたという。フイ監督は、「ベトナム人映画監督として声を上げ、作品を作る責任があると思う。本当の原因を突き止めたい」と話している。