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ローンを滞納すると車が自動で走り去る フォードの出願特許は怖い未来?明るい未来?

World Now 更新日: 公開日:
写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

アメリカで最近、世界有数の自動車メーカー「フォード」の特許出願が話題を呼びました。AIなど急速な技術進展の中、これまでにない技術が私たちの暮らしに入ってきたときに、どう評価し向き合えばいいか、特許法など知財法が専門のニューヨーク州弁護士、小野奈穂子さんが特許法の観点を交えて分析し、解説します。

アメリカでは最近、「アラーミスト(alarmist)」という言葉をよく聞きます。

ある日系の辞書に出てきた「人騒がせな人」とは少し違って、オックスフォード現代英語辞典によると「危険を大げさに誇張して、必要のない悩みや問題を生ぜしめる人」という意味です。

たしかにAIなどの革新的な技術に対して、むやみに不安をあおる専門家やメディアが多いように思います。スマート・シティが言われるようになると、サーベイランス・シティ(監視社会)というネガティブな用語も台頭してきました。

そんなことを考えさせられる特許出願を題材に、公開情報からどこまで冷静に、客観的に分析できるか、見てみましょう。

話題になったフォードの特許出願

地元のアイスホッケーアリーナで開かれたフォード・モーターの発表会=2016年1月9日、アメリカ・デトロイト、朝日新聞社
地元のアイスホッケーアリーナで開かれたフォード・モーターの発表会=2016年1月9日、アメリカ・デトロイト、朝日新聞社

世界有数の自動車メーカー「フォード」は20218月、「車体を回収するシステムと方法(Systems and Methods to Repossess a Vehicle)」と題する特許(フォード特許出願)を出願し、その内容が最近公開されて、注目を集めました。

車を買ったり借りたりした人が車関係の代金(ローンやリースなど)支払いを滞納したら、自動車の機能を制限するというものです。

具体的には、支払いの滞納が通知されたにもかかわらず、受け取った旨の確認をしないと、第1オプション機能(クルーズ・コントロールや窓の自動制御機能、シートの自動制御機能、ラジオ、GPS機能など)や第2オプション機能(エアコンやスマート・キー機能、ドアの自動ロック解除機能など)が停止されるという内容です。

また、滞納通知の受領確認をするまで、乗るたびにひっきりなしに不快な音を出す機能、さらには、自動運転でユーザーのもとから走り去ってしまうことまで記載されています。

公開されたフォードの「車体を回収するシステムと方法」特許出願書類中の図=アメリカ特許商標庁のウェブサイトより
公開されたフォードの「車体を回収するシステムと方法」特許出願書類中の図=アメリカ特許商標庁のウェブサイトより

フォードは、この技術を実際に自社製品に搭載する具体的な計画はないとし、複数出しているらしい特許出願についても「必ずしも新しい事業や製品計画を意味するものではない」とコメントしました。

フォードは、特許出願件数の多い自動車業界の中でも「強い技術」、つまり競合他社と差別化できる技術を手堅く特許でとっている印象がありました。フォードは昨年だけで1342件の特許を取得しましたが、特許法業界では、量だけでなく質も高いと言われます

ただ、出願が公開されただけで会社がコメントを出さなくてはいけないほど話題になったのだから、もし特許が認められたら再び注目を浴びるでしょうし、その際の会社のブランド戦略や風評への影響は良いものとは限らないかもしれません。

しかしながら、それは特許法の問題ではなく、企業が新製品を世に出すときに考えるべき、特許法以外の問題です。

アメリカの特許法は、いわば「流行っている」ためか、ブランド(商標法)、風評、プライバシー、消費者保護などのステークホルダーが関与することで、無駄に問題が複雑になっているように思います。筆者とすれば、特許法の観点からは、強い技術を強い特許で守るというシンプルな原理が重要だと思います。

では、フォード特許出願が、特許法上でどういう意味があるか、冷静に、客観的に見てみましょう。

フォード特許出願は、いまだ「審査中」

アメリカに限らず多くの国で特許出願は原則、出願した日から18カ月で一般に公開されることになっています。そして、出願した内容だけでなく、アメリカでは特許商標庁(USPTO)の審査官とのやりとりなどの詳細も全て公開されます。

審査官が、特許法で求められる要件を満たしていると判断すれば、特許権として認められます。そのように審査に合格すると、公開の見返りとして、第三者が特許技術をマネできない(ないしライセンス料を支払う)ようにする権利が与えられるのです。

特許法は、国際条約もあり、特許権が認められる要件はおおまかに共通していますが、国によって細かい要件も異なり、運用も異なるため、同じ発明を各国に特許出願しても、特許権として認められる範囲は異なり得ます。

また、日本の特許庁審査官は均質的で特許権が認められるかどうか比較的、予想可能だと言えるでしょう。他方、審査官の質が多様で、出願を担当する特許弁護士も千差万別なアメリカでは、特許権として認められる範囲が広くなるか、狭くなるかは予想できません。

ただ、既にある技術(先行技術)に解決すべき課題があり、その解決策が発明の中核のはずなので、先行技術との差別化が重要であることは共通しています。

USPTOの審査官の主な仕事は、そのような先行技術が開示されている特許や、公開された特許出願、論文などを見つけてくること。そして、出願人に対して、そっくりな先行技術が既にあるから「新規性」がないとか、その先行技術と別の先行技術を組み合わせると業界関係者なら簡単に思いつくので「進歩性」がない、など通知をします。

もちろん出願人には、出願内容を補正し、示された先行技術と自分の発明がどう違うか主張する機会が与えられます。

通常、審査官は上記の通知を2回くらい出します。フォードの特許出願は2023年6月1日現在、1回目の通知と補正の後、2回目の通知が出され、出願人の対応を待っているところです。

シカゴの工場で組み立てられるフォードの主力SUV「エクスプローラー」=2019年6月、ロイター
シカゴの工場で組み立てられるフォードの主力SUV「エクスプローラー」=2019年6月、ロイター

審査官が見つけてきた先行技術たち

代金支払いを滞納する人に、車の便利な機能を使わせない、ないし動かせないとする似たような内容の先行技術を、審査官は複数見つけてきました。IoT社会の進展で予想はできたものの、ここまで審査官が似たような先行技術をいろいろ見つけてくるのは、そう多くありません。

最もフォード特許出願に近いとされた先行技術は、Gordon Howard Associates社のシュワルツ氏らの特許出願です(シュワルツ特許出願)。

シュワルツ特許出願は、支払い滞納が警告されたにもかかわらず、対応しなかった場合に、車の一定の機能をできなくする内容をすでに開示しているからフォード出願内容は「新規性」を満たさないと1回目の通知で判断されました。

2回目の通知では、新規性は触れなかったものの、シュワルツ特許出願を軸に他の先行技術を勘案すると、業界関係者なら簡単にフォード特許出願を思いついただろうから、特許性の別の要件である「進歩性」を満たさないと判断しました。

2度にわたる通知で挙げられた様々な「他の先行技術」の中で、一貫してシュワルツ特許出願の次に重要な先行技術は日本発の特許出願でした。

グローバル・モビリティ・サービス社の中島徳至氏らの特許出願です(中島特許出願)。

中島特許出願は、支払い状況をモニターして、支払いがなされるまで車両をロックして発進できないような状況にすることなどを発明の内容としています。しかもこれは、日本やアメリカ、中国、韓国ですでに特許が認められています。

ちなみにフォード特許出願は20235月現在、アメリカの他ドイツと中国だけで出願されており、ドイツと中国でもまだ特許として認められていません

中島特許(出願)が実際に各国で特許権として認められた範囲は、各国の制度や運営により異なるかもしれませんが、発明内容の中核は同じです。フィリピンなど途上国で、貧困や年齢が若いゆえにローン設定できない人々が、遠隔起動制御を実現するIoTデバイスの車載を条件に車を利用できるようにする、そのIoTデバイスが内容です。いわゆるIoTデバイスであるだけでなく、最先端FinTechなのです。 

公開情報を自分の目で、冷静に見極めよう

現代社会はIoT社会をスマート・シティと見るのか、サーベイランス・シティと見るのかで分断され、技術の進展をネガティブにとらえて、むやみに恐怖をあおる人が増えているように思います。

車の代金支払いを滞らせたために遠隔操作や自動運転技術で車が使えなくなるのは、ユーザーからすれば「怖い」未来、技術進展のネガティブな側面しかないように思えるかもしれません。

他方で、中島氏の会社が取得したのは、前述したように、フィリピンなど途上国で、貧困や年齢が若いゆえにローン設定できない人々が、遠隔起動制御を実現するIoTデバイスの車載を条件に車を利用できるようにする、そのIoTデバイスに関する特許です。環境に優しい車を導入することで、最先端FinTechとして好循環社会を目指す、ポジティブな側面を示しています。

インターネットの普及で情報が氾濫することで、私たちはいつのまにか、報道の見出ししか見ず、内容も短い情報を好む傾向になっています。しかしながら、情報発信側にアラーミストが増えている現状を考えると、冷静に、客観的に公開情報を見極めて対応することが重要です。

少なくともアメリカ特許法業界では、専門家と称する特許弁護士に恐怖をあおるアラーミストが増えていると思います。専門家だからといってすぐに信頼するのではなく、事実を客観的に見て、「この専門家はまともなことを言っているな」「この専門家は実は中身がないぞ」と、各自で判断することが、これまで以上に重要だと思います。