実にさまざまな姿のローマ教皇フランシスコ(86)がいる。
ある時はファッションブランドのバレンシアガに触発された真っ白な長いダウンコート姿。また、ある時はパイロット風のサングラスをかけ、オートバイのエンジン音も高らかににぎやかな通りを走り抜ける。薄暗いナイトクラブではDJになる。ジェット戦闘機を操縦しようと飛行士用ベストを着用すれば、米西部の砂漠で開かれる奇祭・バーニングマンに現れて参加者とビールを酌み交わす。
この数週間、世界のカトリック教徒を率いる教皇の信じがたい画像が何十種類もソーシャルメディアに出回っている。「なんだ、こりゃ」と、見た者は思わずうなるだろう。
本物の教皇が写っていること以外に、共通していることが一つある。短い文章の入力で画像を生成する人工知能(AI)によって作られた偽物だということだ。
AIが作った著名人の画像は最近、よくあちこちに現れる。米プロバスケットボール選手のレブロン・ジェームズや、人気リアリティー番組「リアル・ハウスワイフ」の出演者たちがその一例だ。
ところが、そんな存在をはるかにしのぐ大当たりになったのが、現教皇フランシスコだった。ニューヨーク・タイムズ紙の調査によれば、閲覧数も、「いいね」もコメントも、ほかのどんなAI画像よりも多い。教皇を面白おかしく見せるための競争すら始まり、その度合いは激しくなるばかりだ。
「この教皇騒動には、進んで飛び込んだね」。格闘技やバスケ、スケボーをする教皇のAI画像を米国の匿名掲示板サイトRedditに投稿した一人は、こう書き込んだ。「流行に乗り遅れたくはない」という別の一人は、オートバイに乗った集団に向かって話す教皇の写真を作ってみんなとシェアした。
教皇フランシスコのAI画像がはやるのは、最悪ともいえる条件がみごとに整っているからだ、と宗教の専門家たちは見ている。世界中のカトリック信者の頂点に立って10年。それがだれなのか、だれにだってすぐに分かる。
保守派色が強かった前任のベネディクト16世と比べて、(訳注=改革派の)現教皇は親しみやすい。そこに、画像生成というAIの新たな活用方法への関心が爆発的に高まり、教皇と結びついた。
現実には格式張った場で撮影されることが多い人物だけに、「ありえない奇抜さ」を求める制作者たちが繰り返し利用する人気者となった。
教皇だって、馬鹿騒ぎをすることがある。命知らずにもなるし、面白おかしく楽しみたいときだってある――そんなことを示したい、と制作する側の何人かは画像の狙いを語る。
「教皇のような世界的な宗教人ともなれば、政治的な風刺や戯画などの芸術表現の対象にされるのは自然な成り行き」と米イエール神学校の教授(キリスト教倫理)ジェニファー・ハートは指摘し、「その点で現教皇はピッタリの存在だ」といい添える。
飾り気のない率直さと、貧者の中でも最も貧しい人々との連帯で知られるだけに、自らジェット戦闘機を飛ばすようなとっぴな筋書きにはめ込むと、落差も大きい。「だから間違いなく、考えてもみなかった強烈な意外感の極みに一気に登りつめることができる」
AI画像には危険もある。本物と間違われ、虚偽情報を広めるのに悪用されてしまうことだ。「だまされた人は再確認をしない」とアリゾナ州立大学の教授(コンピューター科学)スバラオ・カンバンパティは首を振る。「そして、現実から少しずつずれていくことになる」
もっとも、このところ登場するAI画像の多くは、平均的な在任期間をはるかに超え、最近は健康不安にも見舞われた現教皇への愛着を込めたクスクス笑いを引き起こすにとどまっている。
「民衆の教皇としてみんなに受け止められているだけに、教皇フランシスコを民衆がいるすべての場所に置いて楽しんでいるのだろう」。ニューヨークにあるユニオン神学校の校長で教授(宗教と民主主義)の牧師セリーヌ・ジョーンズは、一連の現象をこう解釈する。
ローマ教皇庁(バチカン)に教皇のAI画像人気についてコメントを求めたが、回答を得られていない。
教皇フランシスコをAI画像のスターにしたのは、パリにファッションの拠点を構える高級ブランド・バレンシアガを思い起こさせる白いダウンジャケットをまとって通りを闊歩(かっぽ)する姿だった。
最初に投稿されたのは2023年3月24日、掲示板型SNSのRedditにあるAI画像生成ツール「ミッドジャーニー」用のフォーラム上だったようだ。それが、たちまちさまざまなSNSでシェアされるようになった。
この画像を共有したあるツイート(「ブルックリンの少年たちは、このレベルの格好よさを望むだけだった」と題されていた)は、22万9千回以上もの「いいね!」と2060万回もの閲覧を獲得した。
対照的に、AIが合成したトランプ前大統領逮捕の画像(訳注=米大統領として初めて刑事事件で訴追されたのに関連して作られた)をシェアするツイートの一つが得たのは、「いいね!」が4万回、閲覧回数は640万回だった。
第5版の画像生成ソフトを2023年3月に出したばかりのミッドジャーニーにもコメントを求めたが、返事をもらえていない。その最新版はたった数語を打ち込むだけで特注品の超リアルな画像を作り出す。これまでは正しい数の指がある手を作成できず、信憑性(しんぴょうせい)の障壁となっていたが、それも克服された。
かくして教皇フランシスコは、AIに創作の霊感を与える詩神(ミューズ)となった。ファストフードをパクつき、宇宙人とも会い、(訳注=英国で開かれる世界最大級の野外音楽祭)グラストンベリー・フェスティバルではギターをかきならす。スキューバダイビングをすれば、ビーチでダンスに興じ、防護服を着て生物学的有害物質のゴミ集めもするようになった。
こうした教皇画像は洪水のようにあふれ、オンラインのAI画像フォーラムでは一部の人たちがクリエーターたちに発想の転換を懇願するまでになった。
それでも、描写の奇抜化は止まらない。ダウンのコートはもう卒業し、上下真っ黒な革ジャン姿や、(訳注=性的少数者の象徴でもある)虹色のトレンチコートで登場するようになった。
これに対抗する流れも生まれた。庶民性の強調だ。ゆったりとしたスウェットの上下に、いかにもおじさん好みのスニーカー。こんな教皇が、現れた。(抄訳)
(Kalley Huang)©2023 The New York Times
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