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聖職者が子どもに性的虐待の発覚多数、浪費問題…ドイツでカトリック脱会者が相次ぐ

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 
「ハンモックの司教」と名付けられたアート作品
「ハンモックの司教」と名付けられたアート作品。昨秋のドイツ聖職者会議が開かれた際、会場となった大聖堂前に置かれた。性的虐待事件をめぐる教会の対応に抗議する被害者グループの活動の一環だった=ドイツ中央部フルダ、ロイター

ドイツでは近年カトリック教会を脱会する人が後を絶ちません。Deutsche Bischofskonferenz(ドイツ聖職者会議)によると、2010年には年間約18万人が教会から脱会しましたが、2014年には22万人近くが脱会、2019年には約27万人が脱会しています。

フランスのような徹底した政教分離ではないドイツでは、日々の生活においてキリスト教の影響も強い一方で、現在は多くの人が教会に背を向けています。その背景には何があるのでしょうか。

「宗教の話がタブー」ではないドイツ

日本で生活していると「欧米では宗教の話はタブー」と聞くことがよくあります。欧米といっても広いのでどこの話なのかよく分からないところはありますが、ドイツに関しては「そんなことはない」というのが筆者の印象です。

ドイツには公立の学校にも「宗教の授業」があります。筆者はバイエルン州出身ですが、小学校一年生からギムナジウムを卒業するまで計13年間、週に二度カトリックの授業を受けていました。

「カトリックの授業」と「プロテスタントの授業」の間で選択ができ、宗教の授業を受けたくない人は代わりに「道徳の授業」を選ぶことが可能です。

今年から同州ではイスラム教の授業を学校で選択することもできます。

そういった雰囲気のなか、「自分はどこの宗教に属しているか」ということも含め「宗教」に言及することはドイツではタブーではありません。ただ現在はドイツでカトリック教会から脱会する人が後を絶たず、ドイツのメディアでも話題になっています。

冒頭で2010年に年間約18万人がカトリック教会を脱会したと書きましたが、この年はイエズス会が後援しているベルリンのギムナジウムCanisius-Kollegで、神父及び先生が長年にわたり複数の生徒を性的虐待していたことが明らかになった年でした。

このスキャンダルを発端にドイツでは教会や教会に関連する施設での性的虐待が次々と明らかになり、社会問題となりました。

性的虐待、解明に後ろ向きだった教会

ドイツ聖職者会議は「1946年から2014年までの間に、3677人の未成年の少年少女が聖職者による性的虐待の被害に遭った」と発表しています。

ところが教会の聖職者による長年の性的虐待が明らかになってからも、教会が実態解明に積極的ではなかったことに多くのドイツ人が失望しました。

たとえば一昨年、ベルリン大司教区は「1946年から2020年までの教会での性的虐待にまつわる答申書」を発表しましたが、公表したのは226頁であり、そのほかの443頁については「個人情報に該当するから」「被害に遭った人がトラウマになるのは良くないから」という理由から公表しませんでした。

性的虐待の被害に遭った人が長年教会に対して実態解明をお願いしているにもかかわらず、教会は個人情報保護を理由に加害者の氏名を公表しませんでした。これについて「身内ばかりをかばう隠蔽体質」だとしてドイツで多くのカトリック教徒が失望しています。

ドイツで被害者の一部は顔と氏名を明らかにした上で闘っています。Matthias Katsch氏は「70年代にイエズス会の神父に性的虐待された」と公表しました。同氏は聖職者から性的虐待の被害に遭った人たちのためのEckiger Tisch(和訳「角張ったテーブル」)という被害者の会を作りました。

Katsch氏はシュピーゲル誌(2021年、21号)のインタビューで「個人情報保護を理由に教会は実態解明をせず、情報を非公開にしています。これで加害者が出た組織(教会)に原因究明を任せてはいけないことが分かりました」と語り悔しさをにじませました。

オーストラリア、カナダ、イギリスでは児童性的虐待問題に関する外部の特別委員会が教会の聖職者による性的虐待について調査していますが、ドイツにはこれと比較できるような委員会は現在、存在しません。

カトリック教会の聖職者による性的虐待が発覚する前、ドイツで「教会を脱会する人」といえば「教会税を払いたくない人」でした。もともとあまり信仰深くなく、また教会の活動にも積極的でない人が脱会していたわけです。

ところが、2010年に聖職者による性的虐待が発覚して以降、ドイツでカトリック教会から脱会する人にはいわゆる「信仰深い」人が多く含まれています。信仰深く、何十年間ものあいだ教会のためにボランティアをしてきた人が「聖職者による性的虐待は許せない。隠蔽体質も許せない」と怒り大量に脱会しました。

教会の浪費が広く知れ渡ることになったことも信者の脱会に拍車をかけています。たとえばドイツの多くの都市で「予算がない」という理由からカトリック系の学校が閉鎖されたにもかかわらず、リンブルクの司教が自邸に1700000ユーロ(約2億円)をかけてブロンズの窓枠を作ったことが報道され物議を醸しました。

中道左派の社会民主党(SPD)の共同党首サスキア・エスケン氏と話すMatthias Katsch氏
中道左派の社会民主党(SPD)の共同党首サスキア・エスケン氏(右)と話すMatthias Katsch氏。性的虐待防止策の試案をエスケン氏に提案した=2021年9月、オッフェンブルク、ロイター

女性たちが教会に抗議

ドイツの簡易裁判所はカトリック教会から脱会したい人で予定が埋め尽くされています。たとえばケルンの簡易裁判所では「脱会に関する面談日」の予定を月のはじめにオンライン上で予約できるようにしたところ、数時間後には2か月後までの予定が全て埋まっていました。

脱会をしたある女性はシュピーゲル誌(2021年、21号)のインタビューで「カトリック系の病院に勤めていましたが、同僚の医師がゲイだとカミングアウトできずに苦しむ姿を間近で見てきました。ゲイの人を突き放すカトリック教会に賛同はできないので脱会します」と語りました。

ドイツの法律では同性婚が認められています。今なお「ゲイを罪」とするカトリック教会について多くのドイツ人が疑問視しているというわけです。

シュピーゲル誌によると、近年、カトリック教会への不信感はドイツのどの年齢層の人にも見られる傾向とのことです。しかし性別については「男性よりも女性のほうがカトリック教会に対する不満が大きい」と同誌は報じています。

そんななか「教会にノーを突き付けるカトリックのドイツ女性」の存在が目立つようになりました。2019年にカトリック教徒の女性によって設立されたMaria2.0という名の団体は「カトリック教会内での女性差別の撤廃」を求めています。

具体的には「男性しかなれない神父について、女性も同等のポジションに就けること」を求めており、同団体には1万人以上の会員とサポーターがいます。

神学者であり、同団体の顔として頻繁にマスコミに登場するMaria Mesrian氏は「私自身はこのMaria2.0の活動をしながらも、カトリック教会からは脱会していません。これからも改革を呼びかけます」と話しています。

抗議活動をするMaria2.0のメンバーら
ミュンヘン・フライジング大司教のラインハルト・マルクス枢機卿(手前)の後方で抗議活動をするMaria2.0のメンバーら=2021年10月、フランクフルト・アム・マイン、ロイター

「ゲイでカトリック」というドイツの動き

ドイツでは近年#Liebegewinnt (和訳「愛は勝つ」)のハッシュタグのもと、「人間が愛し合うことが神の意思に反するはずがない」として「ゲイでカトリック」の人の発信が注目を集めています。そのなかでも有名なのがマインツ司教区の神父Holger Allmenroeder氏です。

虹色のローブを着用し、説教する同氏のミサはドイツで大変な人気です。

同氏は2014年にゲイであることを公にし、「LGBTQも教会でウエルカムである」としばしばメディアに語っています。同氏の上司が「ドイツの中でもかなりリベラルな司教」であるため、こういったことが可能であるわけです。

ドイツでschwul und katholisch(和訳「ゲイでカトリック」)を自認する人々やDas Netzwerk katholischer Lesben(和訳「カトリックでレズビアンのネットワーク」)という団体がドイツの色んな地域の教会に働きかけをしており、一部の賛同した神父がゲイのカップルに対しても祝祷を行っています。

このようにカトリック教会の聖職者の中にもゲイに理解のある人がいるものの、「ゲイは罪」というバチカンのスタンスは昔も今も変わっていません。

筆者自身はカトリック教徒の多いバイエルン州で育ち、子供の頃に洗礼を受けています。自らの子供時代を思い返してみると、ドイツ人である父は教会の基本理念には賛同していたものの、教会に全面的な信頼を寄せていたわけではないようでした。

90年代、小学生だった筆者の弟は父に「(神父さんも参加する)教会が企画する泊りがけの旅行に行きたい」と頼んだことがあります。すると父は「神父さんというのは性的に欲求不満の人が多い。(弟のような)小さい男の子が泊りがけで神父とどこかに行くのは絶対にダメだ」と猛反対し、家族を驚かせたことがあります。

結局、弟は旅行に参加しませんでした。当時は「父親は過保護過ぎる」と思ったものですが、後にドイツの教会の様々なスキャンダルが明らかになってから、亡き父の判断を見直したものです。

私自身はカトリック系の幼稚園や学校に通い、教会の活動にも参加していました。子供時代を振り返ってみると、正直なところ、良い思い出しかありません。でも「もしかしたら、それは父親が十分に気を付けてくれていたからなのかもしれない」と考えると複雑な気持ちになります。