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ドイツで話題になっている「警察官のタトゥー問題」

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
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ドイツでは近年タトゥーをする人が増えました。昔であれば若者やアーティストなどがタトゥーを入れることが多かったのが、近年は銀行員などの会社員や外交官まで「お堅い職業」の人がタトゥーを入れていることも珍しくありません。そんななかドイツでは現在「警察官のタトゥーはどこまで許されるのか」が話題になっています。

「自らのタトゥー」について、ある警察官が問題提起

先日、バイエルン州の警察官であるJürgen Prichta氏(44歳)がドイツで話題になりました。同氏は「12年前に妻と新婚旅行の際に訪れたハワイの思い出を忘れたくない」と自らの左腕の下の部分にAlohaの文字とともに滝やワイメア渓谷を描いたタトゥーを入れたいと考えていますが、同氏が所属するバイエルン州の警察の規定は「夏の制服を着た際に見える体の部位にタトゥーを入れるのは禁止」としています。Prichta氏はこのバイエルン州の規定に納得しておらず、シュピーゲル紙(2021年7号)で「市民とかかわる上で『警察官がタトゥーをしているか、していないか』は関係がないのではないか」と語りました。

Prichta氏のタトゥーを巡る闘いは既に長く、ドイツのミッテルフランケンにある警察本部が同氏のタトゥーの申請を却下した後、2015年から今日にいたるまでアンスバッハの行政裁判所、ミュンヘンにあるバイエルン弾劾裁判所、ライプチヒの連邦行政裁判所がこのケースを扱っています。Prichta氏はこれらの全ての裁判で負けましたが、まだ闘いは終わっていないと語り、今回ドイツの行政に苦情を申し立てました。

「部下がどんなタトゥーを入れてよいか」が「上司の好み」で決まるという問題点

Jürgen Prichta氏はこのタトゥー問題を巡り既に5年以上も闘っているわけですが、この問題を複雑にしてるのは、「警察官が入れてもよいタトゥー」についてドイツ全土に共通する明確な指針がないことです。たとえばバイエルン州では、前述の通り警察官が夏の制服を着た際に見える体の部位にタトゥーを入れることを禁じていますが、ベルリンでは制服から見えている部位にもタトゥーを入れることを許しています。ザールラント州やザクセン=アンハルト州では「(夏の制服ではなく)冬の制服を着た際に、外から見える部位でなければタトゥーを入れてもよい」としている一方で、バーデン=ヴュルテンベルク州では「地味なタトゥーであれば手や腕の下の部分など、制服を着た時に見える体の部分にもタトゥーを入れてよい」としています。しかし、この「地味」というのは人によって解釈が違うため基準が明確ではないと批判の声が上がっています。

このように「警察官のタトゥ―問題」について、州によって規定が違うというドイツ特有の問題があります。タトゥーが許可されている州においても「どういった内容のタトゥーが許されるのか」という基準が「ざっくり」し過ぎていて、どうにでも解釈できるのが問題です。たとえば2020年にある若者がノルトライン=ヴェストファーレン州の警察の職に応募しましたが、応募の時点で若者の左胸には「大きく口を開いたライオンのタトゥー」が描かれていました。これを受けノルトライン=ヴェストファーレン州は「大きく口を開いたライオンのタトゥーは攻撃的でアグレッシブである」と判断し、彼を採用することを拒否しました。ところがこのケースについて後にミュンスターにある高等行政裁判所は「応募者の左胸に描かれているライオンの口や頭は本物のライオンに似ており、いかがわしい内容でもなく、ドイツ連邦共和国基本法が禁止している過激思想の内容でもない」と判断し、州の判断を覆しました。シュピーゲル紙(2021年、7号)はこのライオンのタトゥーを入れた本人に話を聞いていますが、本人は「『力強さ』と『勇気』を表現したくてライオンのタトゥーを掘ってもらった」と話しています。

このように「同じ絵」であっても見る人によって全く解釈が違うことが分かります。これら一連の「警察官のタトゥーにまつわる騒動」を受け、ドイツではGeschmackspolizei(和訳『好き勝手に判断する警察』)という言葉をよく聞くようになりました。警察官が入れるタトゥーについて、州や警察の担当者の「好み」によって「どういうモチーフがふさわしいのか」の判断はだいぶ異なり、「好み次第」でどうにでも判断できてしまう「曖昧さ」が問題だとされています。

ドイツの警察労働組合のコメント

現段階では、ドイツの警察官がタトゥ―を入れたい場合、事前に上司に内容を相談し、許可をもらう必要があります。事前に相談をせずに上司の許可を得ないままタトゥーを入れると、職務違反に該当し懲戒手続きの対象となる可能性があります。

ドイツ各地で起きている警察官によるタトゥーにまつわる裁判や苦情を受け、ドイツの連邦内務省は昨年ドイツ全土に通用する法律の草案を作成しました。しかしそのなかに「制服を着た時に見える体の部分へのタトゥーについて、一般的な感覚よりも個性的過ぎる内容のものや、公務員としての立場よりもタトゥーが目立ってしまう内容のタトゥーは却下の対象となりうる」という旨のことが書かれており、専門家はこの「一般的な感覚よりも個性的過ぎる内容」という表現が曖昧であり問題の解決につながらないと指摘しています。ドイツの警察労働組合の代表であるAndreas Roßkopf氏は「草案の内容は非常に曖昧です。警察官のタトゥーに関しては『暴力的・威嚇的・性差別的な内容のもの』のみが禁止されるべきです。」とコメントしました。

この話は突き詰めると「制服の下から『個』の部分がどれだけ透けて良いのか」ということが問われているため、判断が難しいのでしょう。

「警察官のタトゥー」に不信感をもつドイツの市民

冒頭に書いた通り、ドイツではタトゥーを入れている人が増えていますが、「警察官のタトゥー」について、ドイツの市民の感覚は意外にも保守的です。2017年にドイツのラインラント=プファルツ州の警察学校が市民に対して行ったアンケート調査によると、市民が「タトゥーを入れていない警察官と比べて、大きなタトゥーを入れている警察官の能力を疑う傾向があり、信頼を持てない」ことが分かっています。また市民の「タトゥーを入れている警察官への信頼度」は「タトゥーを入れていない一般市民への信頼度」と同じだという結果も出ました。ただ前述のPrichta氏をはじめ「タトゥーを入れたい」と考えている警察官はこれを「保守的で古臭い考え方」だととらえており、温度差が目立ちます。

ドイツの警察は慢性的な人材不足です。タトゥーを入れている若者が多い中で現在「タトゥーを理由に警察官になれない」ケースも増えてきているため、「タトゥ―問題」はドイツの警察にとって「小さな問題」ではありません。

タトゥーや入れ墨については、ドイツと日本ではその歴史や社会背景も違うことから単純に比較することはできません。ひとつ言えるのは、一部に「入れ墨は反社会的な人が入れるもの」という認識がある日本では「警察官がタトゥーを入れる」というのは「まったくもって考えられないこと」であり議論の余地がないことです。一方でドイツの場合、あらゆる職業の人にタトゥーを入れる人が増えてきているため、「警察官のタトゥー」に関してはその是非を問うというよりも「タトゥーの内容」や「タトゥーを入れる体の部位」に議論が絞られています。たかがタトゥー、されどタトゥー。こんなところにも文化の違いが垣間見えます。