米カリフォルニア州チュラビスタの警察は緊急電話「911」で通報を受けると、スタートボタンを押してすぐにドローン(小型無人機)を出動させることができる。
ある日の午後、警察はチュラビスタ署の屋上の発射台から、街の向こう側にある混雑した駐車場にドローンを飛ばした。そこには、盗難車の前部座席で、麻薬道具をひざに置いて眠っている若い男がいた。
その男が、銃とヘロインが入った袋を持って車を離れた時、近くの警察車両が追いかけたのだが、男は通りを横切って壁の背後に隠れたため、追跡が困難になった。だが、男が銃を大きなゴミ箱に投げ捨て、ヘロインの袋を隠した一部始終を、上空でホバリング(停止飛行)していたドローンがカメラに収めた。男が小さなショッピングモールの裏口をすり抜け、正面玄関から表に出て歩道を走り去ろうとした様子もドローンがとらえていた。
本部の警察官が(ドローンが撮影した)ビデオ映像を見ながら現場の署員に詳細を伝え、その署員はすぐさま男を捕まえて勾留した。その後、当局は銃とヘロインを回収。もう一度ボタンが押されると、ドローンは自動飛行で署の屋上に戻った。
チュラビスタ署は、このプログラムが2018年に始まって以来、ドローン対応の緊急通報を毎日15件も受け、2年間で4100回以上も飛ばしてきた。人口27万人を有する南カリフォルニアの都市チュラビスタは、「Drone as First Responder(初期対応としてのドローン)」と呼ばれるこのプログラムを米国で最初に採り入れた。
これまでの7カ月間に、他の三つの都市――カリフォルニア州の2都市、ジョージア州の1都市――がチュラビスタに続いた。警察機関はハワイからニューヨークにいたるまで、以前からドローンを活用してきたが、ほとんどが単純な手動方式の飛行だった。ドローンをパトロールカーのトランクに入れて運ぶか、犯行現場まで行き、駐車場から発射するか、建物の内部で飛ばす。
(チュラビスタなどが導入した)ドローンは、自動運転車に使われているのと同じ最新テクノロジーが使われており、荷物の配達やビルの点検、軍事偵察に変革をもたらす可能性があるのと同じく、日々の警察活動を変える可能性がある。大型ヘリコプターやパイロットに数千万ドルを費やすのではなく、小規模な警察でも比較的安い経費で小型の自律型ドローンを運用できる。
しかし、この新しい自動化技術は市民の自由に対する懸念を引き起こしている。それは特に、ドローンが車両や人物を自動で追跡する能力を持つようになったからだ。警察がドローンをもっと使うようになると、都市での生活のビデオ映像を収集し保管しておくことができる。ひとたび家から外に出れば、プライバシーが保たれなくなる可能性があるのだ。
「コミュニティーは、こうした事業について厳しく問いただすべきである。このテクノロジーの能力と範囲の拡張に伴い、プライバシーを保護する必要性も高まっていく」とジェイ・スタンレーは指摘する。米自由人権協会(ACLU)の「スピーチ・プライバシー・テクノロジーに関するプロジェクト」上級政策アナリストだ。「ドローンはすでに発覚している犯罪の捜査に使える。だが、犯罪を引き起こすセンサー(感知装置)にもなり得る」
パンデミック(感染症の大流行)がまだ悪化しているなか、ドローンは一定の距離を保って警察活動をする手段の一つだとラフール・シドゥーは言う。彼はロサンゼルス近郊のレドンドビーチの警察官だが、その警察署は、新型コロナウイルスが米国に到達してからチュラビスタと同様のプログラムを開始した。
「私たちは人との接触を制限しようとしているだけなのだ」と彼は言う。「時によっては、警察官を派遣せずにドローンを送り込むこともできる」
しかし将来的には、この小型無人ヘリコプターがもっと安価で強力になると、都市部の警察活動をより効果的に展開するための道具になるだろう。警察官の新規採用数が全米で減少し、警察官の暴力に対する抗議が何カ月も続いた後に警察予算の削減を求める声が高まった時には、ドローンが警察の助けになるだろう。
チュラビスタでは、すでにドローンは警察による緊急事態への対応に不可欠な手段の一つになっている。緊急通報が入ると、警察官はドローンに行き先を指示し、ドローンは目的地まで自動で飛行し、自動飛行で戻ってくる。
チュラビスタ警察署のドローンは、2カ所の発射台から同市内の約3分の1をカバーすることが可能で、緊急通報のざっと70%に対応できる。同署は連邦航空局(FAA)に三つ目の発射台の設置許可を申請しており、サンディエゴからメキシコ国境にかけての同市全域約52平方マイル(約135平方キロメートル)をカバーしたいと考えている。
政府の規則で、認定パイロットは警察署の屋上にいて発射を監督し、ドローンが目的地に着いたら署内の司令室の警察官とともに飛行のほとんどを操作することが義務づけられている。
FAAの規則の目的は、ドローンが操作者の視界を超えて飛んで行くのを防止し、民間航空機やその他の航空機の飛行を保護することにある。しかし、チュラビスタ警察署はFAAから義務の免除を得ており、パイロットや警察官はドローンを発射場所から3マイル(約4.8キロメートル)離れた地点にまで飛ばすことができる。
長距離撮影が可能なカメラ、その他のセンサー、ソフトウェアなどを装備したドローンは1機約3万5千ドルする。ただし、このプログラムはドローンの操作に多くの警察官が必要で、それに大きな経費がかかる。
ある別の日の午後、チュラビスタの警察官たちは干上がった川床に車が逆さまになっているとの通報を受け、新しいタイプのドローンを渓谷に飛ばした。それはシリコンバレーの企業「Skydio(スカイディオ)」製のドローンで、自動運転車に装備されているのと同じ技術が使われているため、自力で障害を回避できる。「ふつうのドローンだと、確実に墜落していたはず」と巡査部長のジェームズ・ホルストは、そのドローンが川床に急降下し間近から車内を調べる様子が映ったビデオを見ながら話した。
その後、彼は警察署の中庭に出て、ボタンをもう一度押し、自動飛行で特定の人物や車両を追跡するよう指示する方法を見せてくれた。Skydioは、ある場所から他の場所へと飛行し、森の木々のような障害物の間をくぐり抜ける人物も追いかけられるドローンを長い間消費者向けに製作してきた。同社はチュラビスタ警察のドローン・プログラムの元責任者フリッツ・レーバーをこのほど雇い入れ、目下、警察やその他の業界に売り込みをかけている。
サンディエゴのスタートアップ「Shield AI(シールド・エーアイ)」は複数の警察署と連携して、ビルの中へと飛行し、明るい場所でも暗いところでも無人で飛んで建物の長さや幅を自力で調べることができるドローンを開発してきた。Skydioや中国企業の「DJI」――後者はチュラビスタ警察署の屋上から発射されたドローンを製作――などの会社は似たようなテクノロジーを開発している。
チュラビスタ警察の警部ドン・レドモンドによると、同署はドローンで撮ったビデオを警察のボディーカメラ(訳注=身体に装着できるウェアラブルカメラ)によるビデオと同じように扱い、映像を証拠として保管し、承諾を得た場合に限って公開する。同署は、日常のパトロールにはドローンを使っていないという。
一方、ACLUのスタンレーのようなプライバシー擁護の活動家の懸念は、ますます強力になるテクノロジーがコミュニティーの一部を標的にして使われたり、社会規範をはずれた厳しい法が執行されたりする点にある。
「法の執行機関が望めば、相手が誰であれ、あらゆる領域で法の執行が可能になる」とスタンレーは言う。ドローンは、たとえば人物を特定したり、最近、全米で盛んに展開されているような抗議活動を規制したりすることに安易に使われる可能性がある。(抄訳)
(Cade Metz)©2020 The New York Times
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