ドイツでは最近、「週休3日」にまつわるニュースが注目を浴びています。日本では「週休3日」という言い方をしますが、ドイツではVier-Tage-Wocheという言い方がされており、これは「週4日(就業する)システム」という意味です。
昨年、ミュンスター大学が40以上のドイツの企業や団体に半年間「週休3日」を試してもらったところ、従業員の精神面および体力面の健康に良い影響があったばかりではなく、仕事の生産性も上がったことがわかり、ドイツで話題になっているのです。研究に参加した企業の70%以上がこのまま「週休3日」を続けたいとしています。
ドイツの隣国ベルギーでは2022年末から「週休3日」が法律で従業員の権利として保障されています。でもドイツでは今のところ「週休3日を実施するか」は企業や団体の判断に委ねられています。ただワーク・ライフ・バランスが重要だと考えられている欧米では多くの国でパイロット実験が行われており、イギリス、オーストラリア、アイルランドなどで「週休3日制」を試験的に導入しています。
「週休3日」にもいろんな形がある
さて、「週休3日」には二つの形があります。
一つは「週の就業時間」が今までと同じままという形です。その場合は、今まで週に5日働いていたのが週4日になるわけですから、「1日当たりの就労時間」が長くなります。例えば今まで週に40時間、1日に8時間の勤務だったのが、週に4日しか働かないことで、1日に10時間働くことになります。
もう一つの形は「1日の労働時間は同じまま」、週に5日の勤務を4日に減らすというものです。後者の場合、「給料が今までと変わらない、事実上の賃上げ形」もあれば、「労働時間が短くなった分、給料が減る」という形もあります。
いずれにしても「週休3日」にすることで、勤務している日に関しては「時間の余裕」がなくなるのは確かです。そのため、ミーティングの時間を短くしたり、「チームワークなどで同僚と話す時間」「誰とも話さず集中できる時間」を明確に分けたりする対策をとることが大事だと言われています。
「週休3日」のメリット
先ほど「週休3日」を導入することで従業員の健康状態が良くなる上に生産性も上がると書きましたが、その詳細をドイツの公共ラジオ番組の報道をもとに見ていきましょう。
カールスルーエ工科大学で労働問題の研究者であるPhilipp Frey氏は「週休3日制」にすることで従業員の仕事に対するモチベーションが上がり、ワーク・ライフ・バランスがよくなり、ひいては男女平等にもつながると指摘しています。
ドイツでは昔も今も「子供の面倒を見るために時短で働くことを選択する女性」が多くいます。もしも「週休3日制」が本格的に導入されれば性別に関係なく、多くの人に「仕事以外の時間」が増えるため「男性が今までよりも積極的に育児に関わっていくのではないか」と見られているのです。
「週休3日」の導入が従業員の健康に良い影響を与えているのは先に書いた通りですが、面白いのは、金土日を休みにした場合、新たな休みとなった金曜日だけでなく、今までも休みだった日曜日にもストレスを感じる時間が30分も少なくなっていることです。また「週休3日」になると、新たに休みとなった平日だけでなく週末にも体を頻繁に動かすようになるという結果も出ました。
「週休3日」のデメリットとは?
仕事の生産性が上がる上に従業員のストレスが減るとなると、良いことばかりのようですが、実は「週休3日」も良いことばかりではないようです。例えば一週間の労働時間が変わらないまま、今までの5日間の勤務日が4日間になる場合、前述のように当然一日の労働時間が長くなります。そのことによって、子供のいる従業員が保育園や幼稚園の終了時間に合わせて子供を迎えに行くことができなくなるといった問題が報告されています。
また全ての職業、業種に「週休3日」というシステムが合うのかというとそうではありません。週に4日間しか働かないというスタイルは介護やリテール(小売り販売)、物流と言った業種ではそもそも現実的ではないと言われており、この制度はいわゆる「オフィスで働く人々」を中心とした考え方なのではないか、という声が上がっているのです。そしてドイツの著名な報道番組「ターゲスシャウ(Tageschau)」は「週休3日モデルを試してはみたけれど、元の『週休2日』に戻した旅行代理店」を取り上げています。
番組によれば、ミュンスターにある旅行代理店Kootstraには従業員が7人しかいません。そんな中でも同社は一時期「週休3日」を導入し、なるべく顧客のニーズに対応できるよう、従業員を「チームAが月曜日から木曜日」「残りの半分のチームBが火曜日から金曜日」に働くというシフトを組みました。このようにすれば、いつでも顧客のニーズに対応できるはずでした。
ところが、ここで旅行代理店ならではの問題が生じました。多くの顧客が「週末」に旅行をブッキングするため、月曜日に出社のチームAのグループが週明けに大量のメールの対応に追われ疲弊してしまいました。普段は7人で対応している顧客へのメール対応を約半分の人数で対応しなければいけないのです。同社の責任者であるAnnette Gierhake氏はこう言い切りました。「確かに従業員のプライベートにとっては週休3日制のほうがよかったでしょう。ただ、そうすると実際のところ仕事に支障をきたします」そのため同社は従来の週休2日制に戻しました。
若い世代に広がる「週休3日」支持
コブレンツ応用科学大学で経済学、福祉政策と社会科学の教授であるStefan Sell氏は、同じ給料のもと働く日にちや時間を減らす、というのは長い目で見ると生産性に問題が出てくる可能性があると指摘します。
ドイツの公共ラジオ番組に出演したSell氏は「もしも働く時間が短くなったのに給料が同じままであれば、それは結局のところ長期的には企業の負担になりますし、逆に働く時間を短くし同時に給料も減らす、という形をとれば、将来的にその受け取ることのできる年金額も少なくなる、という問題が出てきます」と話しました。
同氏は過去の事例を挙げながらこう続けました。「自動車メーカーのフォルクスワーゲンが1994年に経営に行き詰まり、解雇を防ぐ目的から一時的に週休3日制を導入したところ、(本社のある北西部ニーダーザクセン州)ウォルフスブルクの不法就労率が上がりました。休みの日に不法に収入を得る人も出てくることが懸念されるのです」
このような懸念はあるものの、全体を見てみるとやはりドイツを含む欧米の人々は基本的に「休むのが好き」です。「プライベートの時間が多くなれば多くなるほど良い」と考える人が多いため「週休3日」に賛成をする声は多いのです。
2022年のStatistaの統計では、ドイツで就労している人の77%が「週休3日」に賛成しており、その中の63%がその際に「給料が下がらないこと」が前提だと考えていることが分かりました。年代別では、若い人のほうが年齢を重ねている人よりも「週休3日」を歓迎する傾向があるようです。
筆者の知人で医者の60代前半のドイツ人女性は「私が若かった頃、ドイツの医者は時間を惜しむことなくよく働いたものだけれど、最近の若い医者はキャリアをスタートさせたばかりなのに『働く時間を短くしたいけど給料は同じままがいい』と言うのでビックリよ」と話しました。日本でも若い世代のほうがワーク・ライフ・バランスを大事にすると言われていますが、このあたりの感覚はドイツと日本で共通するところがありそうです。
筆者自身「働く日にちが少ないほうが効率的」というのは体感としてよく分かるのです。コロナ禍の1年目、筆者は、それまでの「週に5日間仕事をする」スタイルから「週に3日でほぼ同じ量の仕事を片付けなければいけない」状況になり、それが約9カ月間続きました。当時、筆者の仕事先では感染防止のためにグループAの人とグループBの人がそれぞれ別の日に出社し、「顔を合わせないこと」を徹底していたためです。
サイクルとしては、平日は1日おきに仕事をしていたのですが、仕事をする日は本当によく集中することができたのです。自分でもびっくりするぐらいでした。その一方で「今日できなかった業務は明日やればよい」というような「次の日に持ち越す」ことができなかったのは、自分の中でちょっとしたストレスになっていました。そうはいっても当時の9カ月間を振り返ると、仕事をしない日には日中、外で積極的に身体を動かしていたこともあり体調がとても良かったのです。
そして「コロナ禍なのに、こう考えるのは不謹慎かもしれない…」と思いつつ「7日ある1週間のうち、約半分がプライベートな時間なんだ」と思うと、当時、筆者は幸せを感じました。念のために言うと、筆者は「仕事が好き」です。その一方で、「プライベートな時間がたっぷりあること」が「仕事にポジティブな影響を及ぼす」とも感じていました。
「週休3日」の導入については色々とクリアしなければいけない点はあるものの、今ヨーロッパで多くの人がこのテーマに興味を持ち、ワーク・ライフ・バランスを充実する方向に進んでいることは喜ばしいことだと思いますし、こういった動きが広まると良いなとひそかに夢見ています。