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ドイツから見た「おもてなし」の国 世界最高サービスレベル、下げることも考えるとき

LifeStyle 更新日: 公開日:
写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

日本の名目国内総生産(GDP)がドイツに抜かれ、世界4位に転落したことは、少なからずショッキングなニュースとして伝わった。人口は日本の3分の2程度、一日10時間を超える労働は禁止、年30日の有給休暇は100%取得……。そんなドイツがなぜ堅実な経済成長を実現し、日本を追い抜いたのか。ドイツ在住歴が30年を超えるジャーナリストの熊谷徹さんに聞いた。(聞き手・田之畑仁)

――日本の名目GDPがドイツに抜かれて世界4位になったというニュースは、日本国内で大きな話題になりました。

「順位逆転」の第一報は去年秋、日本国外のニュースで飛び込んできました。2023年10月10日、国際通貨基金(IMF)は、世界経済見通し(WEO)10月版の中で、「2023年のドイツの名目GDPが、55年ぶりに日本を抜いて世界第3位になる」という見通しを明らかにしたのです。

IMFの発表から4カ月後の2024年2月15日に、内閣府も「日本の2023年の名目GDPは591.4兆円で、ドルに換算すると4兆2106億ドルだった。ドイツ(4兆4561億ドル)よりも少なくなり、第4位になった」と発表しました。 IMFは今年4月21日に公表したWEOの中でも、「ドイツ第3位・日本第4位」をあらためて確認しています。

日本は、当時の指標だったGNP(国民総生産)で1968年に西ドイツ(当時)を上回り、世界2位の経済大国となった。だが2010年にGDPで中国に抜かれて3位になっていました。

今回の「順位逆転」のニュースは、ドイツよりも日本の方がはるかに大きく報じられました。「人口が約3分の2で、日本ほど長く働かないドイツになぜ抜かれたのか」と思った人が多かったのかもしれません。

実際ドイツ人の毎年の労働時間は、実は日本人よりも17%も少ない。経済協力開発機構(OECD)の加盟国の中でも、ドイツの労働時間は最も短くなっています。

しかし、労働者1人が1時間に生み出すGDP、つまり労働生産性は、日本よりも40%も多いのです。

日本人は勤勉に働いているのに、毎年30日間完全に有給休暇を消化し、1日最大でも10時間しか働かないドイツの方がGDPで上回り、1人あたりのGDPは日本よりもはるかに多いという結果になっている。

OECDはもう一つ、我々日本人にショックを与える統計を発表しています。2022年のドイツの市民1人あたりの年間平均賃金は5万8940ドルで、日本(4万1590ドル)を約42%も上回っているのです。

ドイツの賃金水準は1995年から2021年までに68.2%上昇しましたが、日本の賃金水準はこの期間に3%減っているのです。日本人はプライベート・タイムを犠牲にして一所懸命働いているのに、労働時間は短く休暇も長いドイツ人に、賃金面でも追い越されているわけです。

そういう現実を、我々はきちんと把握する必要があると思います。もうちょっと効率よく働くための工夫をした方がいいのではないかと。

日本の機関投資家の人々と意見交換をしたことがありますが、「やはり日本はもうちょっと労働生産性を引き上げなければいけない」ということを、みんな考えている。

去年、ドイツが名目GDPで日本を抜いたのは、単に円安とドイツのインフレがあったからというだけではありません。特に21世紀に入ってから、ドイツのGDPは急激に伸びていて、日本にもどんどん近づいて2023年には非常に近接していました。

そういう現実がやっぱりあるんですよね。たまたま去年抜かれたのではなくて、それまで20年をかけて近づいていたわけです。

統計を見ると、実はドイツの時間当たりの労働生産性は過去50年間、常に日本よりも高かった。日本が抜いたことは一度もなかったんです。

つまり過去30年間の名目GDP成長率と労働生産性の差、これが今回の順位逆転劇の最大の原因です。名目GDPの差がどんどん縮まっていたところへ、去年のドイツのインフレと円安が最後のダメ押しになった。私はそう考えています。

日本が経済規模でドイツに抜かれた=2024年2月16日朝日新聞朝刊より
2024年2月16日朝日新聞朝刊より

――熊谷さんはドイツに30年以上住んでいるということですが、働くことについて、ドイツと日本ではどのような違いがあるのでしょうか。

ドイツ人は、日本人よりも「仕事の効率性」を非常に重視する傾向にあります。彼らは仕事をする前、それに投じる時間や労力、そこから得られる見返り、企業でいえば収益ですね、これらがバランスが取れているかどうかを常に考えるわけです。

ですから、投じる労力・時間・エネルギーに比べて、得られる見返り・収益・賃金、そういったものが少なすぎるなと感じたら、もう最初からやらない。そういう考え方なのです。

もう一つ、ドイツが日本と大きく違うのは、ものを売る・サービスを提供する側と、顧客の関係性です。それぞれの目線が、日本と違って比較的同じ高さにあります。

日本の場合、圧倒的に顧客の立場が強いと思います。ところがドイツでは、ものやサービスを提供する側、つまり売る側の目線と、顧客の目線がほぼ同じです。

ですから、ドイツでは顧客に「うちはリソースが足りないので、この仕事は受けられない」と断っても、ほとんどの顧客は理解します。

そもそもドイツでは、買い手が売り手に期待するサービスレベルが日本よりも低いのです。ドイツ人はスーパーでの買い物など、日常生活の中でも悪いサービスに慣れてしまっているので、悪い扱いをされても日本人ほどは怒りません。ある意味で社会のバランスが取れているわけです。

――日々の生活の中で、それを具体的に感じるシーンはありますか。

例えば物流の関係でいいますと、我々外国に住んでいる日本人から見ると、日本の物流、例えば宅配便の届け方は、ドイツをはじめとする外国に比べたら「顧客思い」であり、はるかに優れています。

私だけではなく、ドイツに住んでいる他の日本人に聞いてもそうなのですが、やはり日本のお客さんはあまりにも良い扱いを受けていて、ドイツ人の目から見たらある意味甘やかされているともいえる状態だと考えています。

もちろんサービスは良いに越したことはないのですが、サービスレベルへの期待が高くなってしまうという短所があります。ドイツのような「サービス砂漠」に日本から転勤してくる人は、カルチャーショックを受けるわけです。

日本では宅配便などで配達時間の指定ができますよね。それから、客が家に不在だったときには、配達員が後から2回も3回も訪問してくれます。これ、ドイツでは一切ありません。配達時間の指定もありませんし、一度訪問して客が家にいなければ、再び配達に来てくれることはありません。 

なぜかというと、それをやっていると労働者の労力・労働時間とそれに付随するコスト、これが予定の枠を超えてしまうからです。そういうことは最初からやらないという割り切りなんですね。そうでないと、配達員のワーク・ライフ・バランスを確保できなくなるわけです。

ではどうするかというと、宅配便の場合は団地でしたら他の住人のところのボタンを押して、「ちょっとすいませんけど、預かってくれませんか?」と言うと、その住人が預かってくれると。

ブザーを押しても誰も出てこない場合は、たまたま団地の玄関から誰かが出てくるのを見計らって、配達の人が中に入って廊下に置いていく。それもできないような場合は、アパートの外の玄関の前に置いたまま帰ってしまう。

幸い、ドイツは治安が比較的良い国なので、そうやって廊下や玄関の外に置いていっても盗まれる心配はほぼありません。私もドイツに34年間住んでいますが、今までに自分宛ての小包が盗まれた経験は一度もありません。

そういう環境の中で、客側も不満を抱きながらも、そういう扱いに慣れてしまっているんですよね。

それから郵便局の配達で客が不在の場合、不在配達票のような紙が郵便ポストに入っていることもよくあるんです。その場合、お客さんはその紙と身分証明書を持って、郵便局の本局に荷物を取りに行かなければいけないわけです。

例えば一人暮らしの人が昼間、会社で働いていたら、荷物を配達で受け取ることはほぼ不可能です。そこで郵便局まで取りに行く。本局だと土曜日の午前中は開いていますので、荷物や小包を取りに来た人たちが長蛇の列を成している。

みんなそうやって週末の時間を潰して、荷物を取りに行っている。しかもその時、自分の住所が書いてある身分証明書を忘れると、絶対に渡してくれない。つまり客の側が、いろいろと不便を強いられているわけです。

ただ、そういうやり方をしていることで、配達をする人の労力・労働時間を制限することができる。労働時間の超過は少なくなっているというわけですね。

日本と比べると、確かに客の側から見たサービスレベルはとても低いのですが、それでもちゃんと社会は回っていて、システムが崩壊していないのです。つまりお客さんもちょっとした不便を我慢することによって、配達員が家族とプライベートな時間を楽しめるようにしているわけです。

写真はイメージです=gettyimages
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――日本とドイツでは、様々な違いがあることがわかりました。日本がドイツに学ぶべき点は、どんなところだと考えていますか。

今、日本では「物流の2024年問題」が指摘されていますが、例えば宅配などを担当する労働者のワーク・ライフ・バランスを改善するには、我々消費者も受けるサービスレベルをある程度下げる必要があると思います。

宅配をしてくれる人たちも人間なんだから、当然彼らにも休む権利、家に帰って家族と一緒に過ごす権利があるわけです。それを消費者の側も考える必要があります。

例えば、不在の場合の再配達はもうしませんとか、あるいはどこかに無人の集配地点を作ってボックスか何かに荷物を置いて、そこでスマホをかざせば開けることができるようなシステムを作るとか。

そういう仕組みが広がっていければ、配達をしている人の労働時間を短くして、労力を制限しても問題ない社会ができるのではないかと思います。もちろんこれは、社会全体での合意がなければうまくいきません。

今の日本は、サービスレベルという意味においては、間違いなく世界一の国家の一つです。一方、「もの作り」では世界トップレベルのドイツですが、サービスに限ってみると悲惨です。お店ではものを売る人の側が非常に威張っていて、客が不快な思いをすることもよくあるんです。

ドイツには「閉店法」という法律があって、1990年代には非常に厳しく運用されていました。スーパーなども午後6時には店を閉めなくてはなりませんでした。土曜日は正午で閉店です。

私はいちど、なじみの文房具店に午後6時の3分前に入ろうとしたら、鼻先でドアを閉められたことがあります。最近は閉店法もかなり緩和され、スーパーでも午後8時まで買い物ができるようになりましたが、それでも厳密に運用されていることに変わりはありません。

でも、だからこそ社会全体で見ると、みんなが自由時間を持てるようになっている。そういう社会が実現できているわけです。売る側もゆとりを持って働くことができるようにするには、顧客や消費者がサービスの要求レベルを下げること。これは社会にとって必要なことだと思います。

――最近は日本でも「置き配」が増えていますし、先ほど出てきたような宅配のためのボックスのような仕組みも少しずつ広がっています。

外国から見ていると、それでもまだまだ日本の消費者・お客様は、世界でも最高クラスの待遇を受けていると思います。私も、毎年少なくとも1回は日本に帰るのですが、それを実感することも多いですね。

例えば日本で本や食料品を買って、ドイツに送るとします。小包を10個ぐらい送ることもあるのですが、日本の郵便局がすごいなと思うのは、配達の人がたとえ夜であっても自宅まで来てくれて、玄関で小包の重さを全部量ってそのまま持ち帰って発送してくれるんですよ。

こんなサービスはドイツでは絶対に考えられません。というよりも多分、世界中を探しても、ここまでサービスが行き届いている国は、おそらくないでしょうね。やはり顧客を尊重する「おもてなし」の精神だと思います。

あと外国の場合は、基本的にサービスは無料ではありません。具体的にいうと、チップを払わなくてはいけないわけです。タクシーに乗っても、理髪店に行っても、レストランで食事をしても、原則としてチップを払わなくてはなりません。

さっきの小包の郵送の話ですが、もしドイツで同じようなサービスが仮にあったとしたら、自宅まで来てくれた人にはチップを渡すのが常識です。

しかし、日本はチップの習慣がありませんから、郵便局の人が夜8時に来てくれたとしても、チップを渡す必要がない。日本にお住まいのみなさんには当たり前に思えるかもしれませんが、ドイツに長年住んでいる私にとっては、これはとてもすごいことなのです。

ただし、少子高齢化が進んでいる日本はこれから、就業人口がどんどん減っていきます。ですから、我々消費者が今後も同じようなサービスを期待し続けることは、だんだん難しくなっていくと私は考えています。

そのために、日本でもサービスレベルへの期待度を下げることを考えていかなければならない。これが社会全体に浸透するには長い時間がかかりますから、そういうキャンペーンを早い時点からおこなう必要があると思います。

働き方改革の重要な点は、やはり社会全体のコンセンサス(合意)を作ることです。ものを売ってもらったり、サービスをしてもらったりする人たちが想像力を働かせて、「売る側の人も自由な時間が必要なんだ、家族と一緒に過ごす時間が必要なんだ」ということを理解して、サービスの期待度を下げていくべきではないでしょうか。

もちろん、急にドイツのような低いサービスレベルになると、客の側も非常にストレスがたまります。したがって、徐々にサービスレベルを下げていく。現在我々が経験しているような最高レベルのサービスはもう求めないで、みんなが休める社会にしていきませんか、というのが理想的だと私は思います。手始めに、ドイツと日本の中間くらいのサービスレベルにしてみたらどうでしょうか。

写真はイメージです=gettyimages
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――日本のサービスレベルの高さは誇りの一つではあるのですが、実は誰かの犠牲の上に成り立っていたということだろうと思います。なぜ日本はこういう社会になっているのでしょう。

私はその理由として、文化と法律の二つの面があると考えています。

まずは日本の美徳の一つとして、他の人の感情を思いやるという態度があります。ドイツに住んでいて感じるのは、ドイツでは他の人の感情に対する思いやりは、日本に比べて少ないです。ドライなんです。これは、個人主義の表れです。 

日本の場合は、例えばビジネスの現場であっても、やはりお客様の立場になって考える、他人の感情を思いやるという態度が非常に感じられます。それが「おもてなし」であり、よいサービスにつながっているわけです。

日本はこのサービスの競争が非常に厳しくて、サービスを良くしないとお客さんが来なくなってしまうかもしれません。これがドイツだと、そもそも社会のあらゆるところでサービスレベルが低いので、客の側も良いサービスは最初から期待していないわけです。

では、ドイツの客が期待しているのは何か。それは安い価格です。ドイツではいかにコストを下げるかをまず考えます。値段が安くなるのなら、サービスは悪くてもまあしょうがないかなと。多少は嫌々という面があったとしても、みんながそれを受け入れているという、そういう状況なんです。

私もドイツに来たばかりの1990年代には悪いサービスを受けてむっとすることがありました。しかし34年も住んでしまうと「こんなものだ」と思い、少しくらいのことでは目くじらを立てなくなりました。

私は数年前、ハイデルベルク大学で講演をした後、日本から来ている研究者や学生のみなさんとドイツ風の居酒屋へ行きました。すると店員が、ビールのグラスの下に敷くコースターを客の前に一枚ずつ置かずに、客に向かって手裏剣のように投げたのです。

日本ではちょっと考えられないような無礼さです。ドイツに数年住んでいるという日本人の研究者は、「私は、何年ここに住んでもこういう態度には絶対に慣れることができない」と言って怒っていました。

一方で私はというと、顧客に名刺を手渡さないで、机の上に投げるドイツ人のビジネスパーソンを見たこともありましたので、居酒屋でコースターを投げられても何も感じませんでした。

期待値を下げること、これが心の平穏を保つための秘訣(ひけつ)です。腹を立てて不快な思いをするのは、結局は自分自身ですから。

日本の場合は、サービスを良くしないと客が逃げてしまいますから、「お客様第一主義」が徹底されています。そうすると、やはり労働時間が長くなってしまうわけです。ドイツには「お客様第一主義」などという考え方はそもそもありません。

ミュンヘンのある自動車修理工場では、電話かオンラインで予約を取り、その時刻に車を持ち込まなくてはなりません。私はある時、冬タイヤに交換してもらうために、予約を取って車を持っていきました。

その少し前に、車の右側のヘッドライトの電球が弱っていたことに気づいたので、修理工場の受付で「ライトも修理してもらえませんか」と頼みました。ところが相手は「この予約はタイヤの交換だけです。ライトの修理には、別の予約を取ってもう一回来て下さい」と言って譲りません。

日本ならば、「お客様が二度手間にならないように」と考えて、タイヤ交換だけでなくライトの修理をするのは当たり前でしょう。その日本の当たり前が通用しないのがドイツであり、彼らはこうやって社員の労働時間が長くなったり、生産性が下がったりするのを防ごうとしているのです。

もう一つは、法律の問題です。ドイツでは企業や役所で働く場合には、一日あたりの労働時間は通常は8時間まで。どんなに長くなっても10時間を超える労働は、そもそも法律で禁止されているのです。

トラックやバスの運転手の場合、走行時間や休憩をきちんと取ったかどうかということを、警察が時々、抜き打ちで厳しく検査します。企業での労働時間についても、事業所監督局という役所が時々タイムカードなどを厳しくチェックしています。

ですから企業は、一日の労働時間が絶対に10時間を超えないようにするために、どんなに忙しい時でも社員を帰らせるようにします。「繁忙期だから」というのは、言い訳になりません。会社によっては、社員のパソコン画面に「あなたはこのまま働くと10時間を超えますから、早く帰りなさい」というような表示を出しているケースもあります。

背景には、ドイツではずっと人手不足が続いている、ということもあります。

ある企業が毎日、組織的に社員を10時間以上働かせていたということが報道されると、その会社は「ブラック企業」という評価が付いてしまうことになります。そうするともう、その企業には優秀な人材が来なくなってしまう。

ドイツの企業は今、特にITや機械製造などの部門で優秀な人材を確保するために必死です。だから「この会社は労働時間が長いブラック企業だ」というようなネガティブな報道をされないように努力している。

そういったマイナスの効果を考えると、社員を毎日10時間以上働かせることには、企業にとって何のメリットもないと考えるわけです。 

それとドイツは労働組合が非常に強い国です。日本の労働組合よりもはるかに攻撃的で、戦闘的です。顧客はストによって迷惑を受けますが、組合には、顧客に対する忖度(そんたく)もあまりありません。鉄道や航空会社だけではなく、大手メーカーや金融機関でも実際にストをおこなうことがあります。

そうやってもう半世紀にわたって、労働組合が経営者に対して「労働条件を改善しろ」と要求してきた。その結果、労働条件は改善されてきたわけです。 

法律の話に戻りますと、「連邦休暇法」という法律によって、経営者は社員に、1年間で最低24日の休暇を必ず取らせなくてはいけない。ただ実際にはもう、ほとんどの企業が30日またはそれ以上の有給休暇を取らせています。

それを実現するために、ドイツでは仕事は「人」についているのではなく、「企業」についていると考えます。

客が電話で問い合わせた時に、他の社員から「担当者は休暇中で2週間ほど連絡がつかない」と知らされたとします。その場合でも、他の同僚が代わりに自分の問い合わせに回答してくれれば、客が怒るようなことはまったくありません。

なぜかというと、問い合わせをした客自身も年間30日、有給休暇を取るからです。休むことはすべての労働者の権利だということで社会としての合意ができているので、自分がお客さんの立場になっても怒らないわけです。

私自身も先日、ある会社にちょっと用事があって、金曜日の午前11時50分ごろに電話をしたら、電話口に出てきた人から「うちの会社は金曜日は12時で仕事は終わりですので、また月曜日にかけ直してください」と言われました。

この対応、日本ではちょっと考えられないですよね。でもドイツでは、お客さんは「そうか、それならしょうがない」ということで、みんなあきらめるわけです。自分たちも休むのだから、相手が休むのもしょうがないよね、ということです。

人手不足の中で、どの会社もみんな人材を大事にしたいから、従業員の待遇には特に気を遣っています。その結果、金曜日は午前中で仕事は終わりというふうにしないと、いい人材が逃げてしまうのです。

法律の枠でがっちりと決まっていて、しかも社会にコンセンサスができている。ですから、管理職以外の社員は100%、30日間の休暇をとるのが当たり前です。部下の有給休暇が残っていると、上司も組合などから追及されますから、有給休暇を残さないように部下に注意します。

繰り返しになりますが、働き方改革でいちばん重要なのは、社会の中でのコンセンサスです。いくら法律で枠を作っても、お客様が納得しなければ絶対に機能しません。日本での働き方改革の中でいちばん難しいのは、お客さんの理解を得ることだと思います。 

写真はイメージです=gettyimages
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――日本では、中高年世代は「会社のために身を粉にして働く」といった価値観の中で過ごしてきた人も多いと思います。その一方で若い世代は、会社選びの際にESG投資や、福利厚生や働き方といった点を重視する人もどんどん増えている印象です。このような世代間のものの見方の違いというのは、ドイツでも同じなのでしょうか。

ドイツでは、60歳くらいの世代であっても、自分のワーク・ライフ・バランスを重視することは、すでに常識になっていると思います。

でも、さらにその上、今ではもうみんな年金生活に入っている世代ということになりますが、それくらいの世代になると、夜の7時を回ってもまだ残業している社員がいると「お、こいつはやる気のあるいい社員だ」というような考え方を持つ人がまだいた、というふうにも聞いています。

日本の「モーレツサラリーマン」みたいな人は、20年ぐらい前にはまだドイツ企業にもいました。今はもう、そういう人は少なくなりました。

ドイツでは共働きの家庭が多いので、女性が経済的に独立しています。このため夫が会社の仕事ばかりしていて家族をおろそかにしていると、離婚されてしまうのです。またドイツには学習塾がないので、子どもの勉強を親が見なくてはなりません。したがって、仕事は早めに切り上げて家に帰る人が多いのです。

ただ、シニア世代の人たちも、休暇中は会社のメールは読まないとか、そういう切り分けはちゃんとやっていたように思います。

今はさらに進んでいて、「サバティカル休暇」を認めているドイツ企業も少なくありません。ある年には給料を例えば3割程度安くしてもいいから、3カ月から1年といった長期間にわたり休みを取るという、そういう制度ですね。

例えば入社面接の時に「御社はサバティカル休暇の制度はありますか」というようなことを、優秀な人ほど聞くわけです。ありませんと答えると、優秀な人材は逃げていってしまう可能性があるため、企業としてもそういった制度の導入を進める必要があるわけです。

今から20年ぐらい前、1990年代の終わりから2000年ごろのドイツは、今と違って非常に景気が悪く、就職難の時代でした。ドイツにも「就職氷河期」があったのです。2005年ごろには、ドイツでは失業者が500万人近くになっていた。

今も不況だといわれているのですが、それでも失業者の数は260万人ぐらい。なぜかというと、人手不足のせいです。不況だけど人手不足で、だいたい40万人ぐらい労働力が不足しているとされています。

今は人手不足が深刻なので、大学で高等教育を受けたエンジニアらは、仕事はよりどりみどりという状況のようです。

ドイツの大学で機械工学のエンジニアとしての高等教育を受けたある知人は、「仕事なんかどこでもすぐに見つかるから」と言って1年間の休みを取って、彼女と一緒に世界一周旅行に行きました。

実際に、帰ってきたら仕事はいくらでも選び放題だったようです。完全な買い手市場です。ほんの20年前は売り手市場で、みんな仕事が見つからないで本当に困っていたのですけどね。

――ドイツでは今、人手不足がかなり深刻化しているということですね。どんな影響が出ていて、そのための対策としてどのようなことが考えられているのでしょうか。

エンジニアとかITの専門家だけではなくて、スーパーマーケットやパン屋で働く人、バスの運転手さん、郵便配達の人、空港で荷物を飛行機に積み込む作業員など、社会のあらゆるところで人手不足が深刻化しています。

ここで重要になってくるのは、外国人労働者の扱いです。日本とドイツは、就業人口の減少において、パターンが非常に似ているのです。

ドイツ政府は、移民が毎年40万人増えれば、2070年になっても今の就業人口からの減少がそれほど大きくならないとみています。もしそれが40万人ではなくて10万人しか来てくれないとなると、就業人口は2060年ごろにはガクッと下がってしまう。

そういう状況を見越して、ドイツ政府は去年から今年にかけて、経済界が必要としている技能を持っている人、学歴が高い人が、移民としてドイツに入国した際に仕事が探しやすくなるシステムを始めました。高学歴・高技能移民を増やすためです。

例えば国籍。日本では二重国籍は禁止されていて、日本国籍を取るには原則として前の国籍は捨てなければいけない。ドイツもずっとそうでした。

ところが、なるべく高学歴・高技能の移民がドイツに長く住んでくれるようにということで、これまで拒否していた二重国籍を認めることにしました。

外国人がドイツの国籍を取るには、ドイツに8年間滞在し、罪を犯さず、社会保障に頼らずに、自分で生活の糧を稼げることを証明しなければなりません。これについても8年を5年にしたんです。

5年住めばドイツ国籍を申請できる。特にボランティア活動をやっている、ドイツ語を話せるといったかたちで「積極的」とみなされた移民は、最短で3年で帰化申請を出せるようになりました。 

これはつまり、ドイツの価値観や習慣を受け入れて、税金も社会保険料もきちんと払う真面目な外国人は、どんどんドイツに来て、そのまま居続けてくださいというメッセージなのです。

私も本当はドイツ国籍も欲しいのですが、日本政府が二重国籍を認めていないので、ドイツには帰化しません。日本国籍は失いたくありませんので。

もしも日本政府が二重国籍を認めたら、ドイツのパスポートも申請すると思います。私は、様々な外国の友人や知人から聞いた体験談から、「パスポートの数は多ければ多いほど良い」と考えているのです。

反移民・難民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に抗議する人々
反移民・難民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」に抗議する人々=2024年1月21日、ベルリン

――人手不足の深刻化という意味では、日本も同じ悩みを抱えています。日本の現状や対策など、どう見ていますか。

日本も様々な制度を始めていますが、ドイツに比べるとまだまだ踏み込みが足りないと感じています。

今後、やる気のある外国人に日本に長居してもらいたいと思うのであれば、日本がドイツに見習うべきことがあります。それは「雇用契約書」の導入です。本来であれば、企業で安心して働くための基本中の基本、必要不可欠な制度であるはずなのです。

ドイツでは、すべてのビジネスパーソンは、雇用契約書にサインしないと会社に採用されたことになりません。雇用契約書には給与水準や労働日数、休暇日数といった様々なことが全部明記されていて、労働者の義務だけじゃなくて権利も書いてあります。

しかもそれは、基本的に無期限なんです。ですから外国人も、ドイツの企業に入社すると、必ず雇用契約書がある。自分の働き方の条件がすべてはっきりするわけですね。

従って、ドイツ人と比べて差別されているかどうかということも、はっきりとわかります。もめごとがあったら、この雇用契約書を持って組合に相談する、あるいは労働裁判所に行けば、白黒つけやすいというわけです。そういう状況下ではもちろん、企業も外国人に対しての差別行為はやらないわけですよね。

では日本はどうか。私は以前、日本で経済団体のために講演した時に、「なぜ日本のほとんどの伝統的な大企業では、個別の雇用契約書がないのでしょうか」と尋ねたことがあります。

そうすると企業の幹部の人が「そういう契約を結ぶと、労働者に権利意識が芽生えてしまうから、そういったものはよくない」とおっしゃったわけです。これを聞いて、私は日本の状況がちょっと心配になったんですよね。

外国人の友達で日本企業で働いていた人がいたのですが、残念ながら長続きしなかったですね。日本語はペラペラで、能力的にも問題はない人材だと思っているのですが、日本人と同じように扱ってもらえなかったことが不満だったようです。もしも雇用契約書があったら、このようなことは起こらなかったと思います。

労働力不足を補うために、外国人になるべく長く日本に住んでもらいたいと、日本政府がもし本気で思うのであれば、「雇用契約書」を外国人だけではなくて、日本人にも導入すること。これは基本中の基本です。

デジタル技術を駆使して、国から国へ移動する人を「デジタル・ノマド」と言います。ノマドというのは、遊牧民という意味です。外国の企業の労働条件などに関する情報も以前に比べれば簡単に調べることができます。雇用契約書がないと、来てほしいと思えるような勤勉な外国人に働き先として選んでもらえなくなると思います。

いわゆる「高技能・高学歴移民」の間で人気が高い国をOECDが調べたランキングがあるのですが、38カ国中で1位はニュージーランドです。ドイツは15位、日本は22位。残念ながら、日本はあまり人気が高くないんですよ。

彼らは流動性が非常に高いですから、気に入らなかったらどんどんほかの国へ行ってしまいます。高技能・高学歴移民に日本は選んでもらえるでしょうか。

――移民に対するそもそもの見方が、日本とドイツではかなり異なっているような気がします。日本が島国であるということも関係しているのでしょうか。

やっぱり地理的な問題はあると思いますね。ドイツというのはヨーロッパの真ん中にある地域ですから、中世以来、民族の移動は頻繁にあったわけです。

例えば、フランスでキリスト教の一派であるユグノー教徒が迫害されたとき、彼らの一部はドイツに逃げてきて移住しているわけです。ドイツでフランス系の名前を見ると、この人はそのときのユグノー教徒の子孫だなということが推察できます。 

ドイツ社会は、日本に比べて外国人慣れしているということは言えると思います。それは企業でも同じです。ドイツ人にとっては、同じオフィスで外国人が働いているのは、昔からわりと当たり前、という感覚なんですよね。

大企業では、インド、中国、ロシア、ウクライナ、イギリス、アメリカとあらゆる国の人が働いています。そういった大企業では、ドイツ人でも英語を話しますから、英語さえできれば問題ない。いちばん重要とされるのは本人が持つ技術、スキルということになります。

物流の関係で面白い話を聞いたんですけれども、ドイツでもやはりトラック運転手が非常に不足しているわけです。先ほども申し上げたとおり、ドイツでは警察がタコメーターなどを見て労働時間や休憩時間、走行距離を厳しくチェックするので、深刻な人手不足は簡単には解消できません。

あるドイツの運送会社はハンガリーに子会社を作っている。そして運転手として雇っているのは、なんとインドの女性だというのです。

インドでは、男性から独立して自活したい、そのためにトラックを運転して自分でお金を稼ぎたいという女性が多いらしいのです。それを聞いたドイツのある会社がハンガリーに子会社を作って、インドからの女性の移民をハンガリーで受け入れて、ハンガリーで運転教習を受けさせて、長距離トラックのドライバーを育てているというのですね。

ドイツに限らず、ヨーロッパにはインドからの移民が本当に多いです。彼らは数学に強いですし、英語が話せます。ITや半導体関係の高度な技能を持った人も多いのですが、トラックの運転手をやりたいというインドの女性も多いという話です。

目の付け所が良いというか、ドイツ企業の情報収集能力はさすがだと思います。グローバル時代における、地続きのヨーロッパらしい話ですよね。

職種別に外国人の比率を調べたある統計によると、ドイツではオフィスやアパートなどで清掃の仕事をしている人の64%が外国人。飲食店で働いている人も53%ぐらいが外国人なんだそうです。

ドイツでも、極右政党などが外国からの移民をなるべく減らせとか、一部の移民を外国へ追放しろとか言っていますが、実際にはもう外国人労働者なしではやっていけない。本当に外国人労働者がいなくなったら、ドイツ経済はかなり大きなダメージを受けると思います。

あと日本では、移民について悪いイメージを持っている人が意外と多い印象を受けます。そうした人は、移民と難民をごちゃ混ぜにしているのです。

欧州諸国が、亡命資格のない外国人の流入に頭を痛めており、そうした難民の数を減らそうとしていることは事実です。しかし欧州が取り組んでいる難民と、高学歴・高技能移民はまったく別の問題です。

ドイツなど欧州の国々は、高いスキルを持つ外国人の移住数を増やすために努力しています。ですから、この二つの問題を混同するべきではないと思います。

熊谷さん提供
熊谷さん提供

――日本でも、人手不足の深刻化という意味では、ドイツと同じような状況にあると思います。この現状をどのように考えるべきなのでしょうか。

私の友人のドイツ人の記者が去年、初めて日本に行ったのですが、家電量販店に行ったら店員さんが3人寄ってきて対応してくれて、本当に感動したと言っていました。

ドイツでそういう家電製品の量販店に行くと、店員がなかなかいないんですよ。客の方が店員を探しにいって「ちょっとお願いします」と声を掛けないと全然対応してくれない。

私の友人のドイツ人は「日本は本当にサービスがいい、お客さん本位の国だ」と感動していました。

やはりそういった良い伝統は、個人的にはこれからもずっと続いてほしいと思っています。けれどもこれからは、ちょっとレベルを下げることも必要ではないかと思います。

例えば宅配便で不在の場合は何回も配達してくれるとか、そういうところはこれからはもう当たり前だとは思わずに、節約できるところは節約していく。そしてお客さんの側もそれを理解する。もちろん、ある程度の時間は掛かると思います。

日本は本当に細かいところ、かゆいところに手が届くというか、気が利いています。一方でドイツは、確かにそういう意味ではドライといえます。でもだからこそみんな、一日に働く時間を10時間までに収めることができるわけです。年間30日は必ず有給休暇を取れるし、2週間や3週間の休暇をまとめて取ることもできる。

日本と違って、病気やけがで休む場合には、会社側は最高で6週間まで給料の支払いを法律で義務付けられています。したがって社員は有給休暇をためておく必要がないのです。風邪をひいて頭が痛いから、有給休暇をまず消化するということは、ドイツではあり得ません。

みんなが「休みを取ることは働く人の権利なんだ」ということを理解しています。私はそれこそが働き方改革の、最も重要な部分だと思います。その基本の部分がないと、いくら法律を改正してもなかなか現実社会に反映されないと思います。

日本はお客様を大事にする国だから、ついつい無理をしてしまう。金曜日の午後にお客様が「この仕事を月曜日の午前中までに仕上げて下さい」と言ってきたら、土日も働きますよ。でもドイツではそんなことは一切ありません。日曜日は労働禁止で、それが社会のコンセンサスですから。もしそれを強要するような上司がいたら、部下がやめると思います。

ドイツも日本も今後は就業人口、労働人口が急激に減っていく。これはもう間違いありません。そのための対策をなるべく早く始めることが、重要だと思います。

――日本でも、例えば都市部のコンビニエンスストアなどで、外国人の店員が急激に増えた時期がありました。ただ、コロナ禍が続く間にその数は急激に減ったような実感があります。ドイツではそのようなことはなかったのでしょうか。

ドイツは社会保障制度がとても充実している国で、賃金水準もヨーロッパの中で比較しても高い。つまり、給料もいいし労働条件もいい。だからインドやアフリカだけではなくて、ヨーロッパ中から労働者が集まってきます。

彼らはなるべく長くドイツに居たいというふうに考えます。そういった背景もあって、コロナ禍を経ても、外国人労働者が急激に減ったという感覚はなかったですね。

一方で、いまだに人手不足は深刻で、そのせいかホテルやレストランのサービスレベルは低下する一方というのが現状です。私が住んでいるミュンヘンのレストランの中には、人手不足のために週末は営業しない店もあります。

先日、ある市役所の地下にある伝統的なレストランに行ったのですが、店員さんがお勘定もうまくできない有り様でした。何回やっても間違っているので、私が筆算を手伝ってあげました。

昔だったら、店員さんがパパパパッと筆算で計算してくれたのですが、そういう職人芸みたいなものがどんどん失われて、お客さんがさらに我慢しなくちゃいけないという時代になったのだと実感しました。

日本の旅館とかホテルは、ものすごくサービスレベルが高いですよね。それがずっと維持できればいいのですが、今後20年、30年経って就業人口が本格的に減りだした時にどうなるかというのは、ちょっと私も心配な気がしています。

写真はイメージです=gettyimages
写真はイメージです=gettyimages

――好調に見えるドイツ経済ですが、問題点や課題はないのでしょうか。

ドイツ経済が何もかもうまくいっているかというと、決してそういうわけではありません。

名目GDPではインフレの影響は差し引かれませんが、物価上昇の影響を差し引いた実質GDPで見ると、2023年のドイツの成長率は-0.3%、つまりマイナス成長なのです。G7(主要7カ国)で2023年にマイナス成長を記録したのはドイツだけです。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻で、特にエネルギー価格と食料品の価格が一時大きく上がりました。

ドイツのGDPのかなりの部分を製造業、特に化学、自動車、機械製造、金属加工の四つの業種が生み出しているのですが、どれもエネルギーを多く消費する業種です。

例えば天然ガスの卸売価格は、ロシアのパイプラインで送られてきたころに比べて、ほぼ2倍になっています。天然ガスを多く消費する業界は、ドイツ国内で生産しても利益が出ないということで、生産設備を米国やアジアに移すことを考えている企業もあります。つまり産業の空洞化です。これが今、ドイツにとってきわめて深刻な問題になっています。

ドイツの最大の貿易相手国は中国ですが、不動産不況や若年失業者の増加などによって中国との貿易額が減ってしまったというのも大きな問題です。 

これらの状況が重なったことによって、去年の実質GDPの成長率は0.3%のマイナスとなりました。IMFは今年のドイツの実質GDP成長率を0.2%のプラスと予想していますから、ほぼ足踏み状態です。

ドイツは、これまではロシアの安いエネルギーを輸入して、付加価値が高い自動車や工作機械などを作って外国へ輸出するという、「もの作り国家」というビジネスモデルがうまくまわっていたのですが、ロシアのウクライナ侵攻でそのビジネスモデルは破綻(はたん)してしまいました。

この国の製造業界は今、まさに分水嶺(ぶんすいれい)。のるかそるかの非常に重要な時期に来ているのです。

休止中だったが、一部が再稼働したイエンシュバルデ石炭火力発電所=2022年10月28日、ドイツ東部コトブス近郊、撮影・朝日新聞
休止中だったが、一部が再稼働したイエンシュバルデ石炭火力発電所=2022年10月28日、ドイツ東部コトブス近郊

以前は、例えばリーマン・ショックの時もそうでしたし、コロナの時もそうでしたが、ドイツ政府が大量の国債を発行してきました。ドイツの国債を買いたいという投資家は世界中にたくさんいます。返済能力と信用性が高いからです。

これまでは、政府が借金をして国民や企業を補助金で支えてきたのですが、これからは以前ほど簡単にはできなくなりました。なぜかというと去年、ドイツの連邦憲法裁判所がショルツ政権の過去の予算措置が憲法違反だったという判決を下したからです。これからは歳出をどんどん削減しなければならない。

国際情勢の変化もあります。いちばん大きな問題は、今後はロシアの脅威が本格化するということ。万一、ウクライナがロシアに征服された場合、ロシアの矛先がNATO(北大西洋条約機構)加盟国に向けられないという保証はありません。

ドイツに住んでいると、多くの人が「欧州大戦」が起こるかもしれないという不安を抱いていることを感じます。しかも、今年秋のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が再選された場合、アメリカがウクライナへの支援を大幅に減らしたり、最悪の場合NATOから脱退したりする可能性もあるわけです。

そうなると、将来はヨーロッパだけの力でウクライナをロシアの脅威から守るために、莫大(ばくだい)な軍事費をつぎ込まなければならなくなる。

軍事予算を増やさなければならないため、これまで文化や社会保障につぎ込んでいた補助金を凍結するべきだという意見も出ています。もう昔のように潤沢な補助金を投入できないのです。

ドイツは社会保障大国ですけれども、軍備も増やして、しかも環境保護や二酸化炭素の削減、サステナビリティも重視すると。この三つをどうやって同時に実現するのか。ある意味でドイツ人たちは、難しい選択を迫られているわけです。 

あとは人口の問題です。全体の高齢化、少子化、その結果としての労働人口の減少。これは1年や2年では解決できない。10年、20年の単位で見ていかないといけないですからね。

日本も早めに手を打たないといけないというふうに思います。学歴や技能が高い外国人を受け入れようという競争が、すでに世界では始まっています。日本もそういう人々がなるべく来てくれるような国にならないと、競争力が伸びないかもしれません。

観光客のインバウンドだけではなくて、やはり日本で働いてみたいという人が増える国にしていく必要があると思います。ドイツの政策が全て良いわけではありませんが、中には見習うべき点もあるのではないでしょうか。

人口が約30%少ないドイツに、日本が名目GDPで抜かれてしまったのはなぜなのか。それはやはり効率と生産性の問題です。そこをしっかりと把握して、どうやったら効率よく働けるのかを、日本人は真剣に考えなければいけないでしょう。

100%お客様の都合を考えるという発想から脱する時が来たのではないでしょうか。60%くらいはお客様の都合も考えるとしても、40%は自分たちの生活のために残しておく。

効率よく、労力と時間とエネルギーを節約するかたちで成果を生み出す。そういった方法を考える時代になっているのではないかと思います。それが、市民の満足感や幸福感を高めるための第一歩になるのではないでしょうか。