物が運べなくなる? 「2024年問題」とは
関根和弘(以下、関根):そもそも、2024年問題とはどういうことでしょうか?
清水裕久さん(以下、清水):働き方改革の一環として、5年間据え置きだった自動車運転業務(運送業のドライバー)に対し、年間960 時間を上限とする時間外労働の制限が4月1日から始まり、1人のドライバーが運べる量が少なくなります。 2024 年には荷物全体の14%に相当する運び手が不足するとの試算があり、これをきっかけに物資の安定供給が危ぶまれ、われわれ消費者の生活にも影響が出てくる可能性があります。
ここ最近で言うなら、荷物の量はコロナ禍が落ち着いてきたことで微増になりましたが、一方でトラックドライバーの減少は右肩下がりの急カーブを描いていることを忘れてはいけません。
関根:トラックドライバーの時間外労働の規制が強化されるようになった背景を教えてください。
清水:ずばり、働き方改革の影響です。これには荷主企業が物流を軽視し、コスト削減は求めるのにサービスは向上せよという無理な要求を続けてきた結果、ドライバーの負担が増え、長時間労働を強いてきたことが関係しています。一般的に、ドライバーの労働時間はほかの産業と比べて2割長く、一方で賃金は2割低いと言われています。
これに加えて、事態を重く見た政府が「物流革新に向けた政策パッケージ」に取り組んできたことも見逃せません。物流を将来にわたり持続性があるものにするため、荷主企業や物流事業者、一般消費者に対し、行動変容を促す政策です。かつて1990年の物流二法の規制緩和で運送事業への新規参入が相次ぎ、物流事業者は他社よりも料金を安くすることで差別化を図ってきましたが、そのあおりを受けてドライバーの賃金が上がらないという悪循環に陥りました。令和になってからもドライバーの有効求人倍率は2倍に達し、なり手がいない状態が続いています。この状況を変えることを大きな狙いとした政策です。
また、ライフスタイルが変化して消費が多様化し、核家族化や共働きが多くなったことで日中の不在が増え、宅配における再配達の負担が物流の現場に重くのしかかっています。ここ数年、コンビニ受け取りや宅配ボックスなど、非対面の荷物受け取りの利用が増え、再配達率は少し改善されましたが、10個運べば1個は不在で再配達をしなければならず、抜本的な解決には至っていません。
関根:2024年4月になると、何が大変になるのでしょうか。
清水:やはり、物資の安定供給をどう維持するかが課題です。特に、一番深刻なのは、幹線輸送を担う大型トラックのドライバーが不足していることです。大型免許の保有者は50歳以上が多く、高齢化が著しく進んでいます。大型免許の取得はハードルが高く、ドライバー職の不人気もあり、若い世代の新規取得者は増えていません。幹線輸送は言わば大動脈ですから、そのドライバーが枯渇すると地域への配送自体が立ちゆかなくなります。
関根:ドライバー不足は、恒常的な問題だったのでしょうか。
清水:業界では2013年ごろから問題視されていました。メディアで取り上げられるようになったのは2017年ごろからです。私も2013年ごろから警鐘を鳴らしてきましたが、危機意識を持ってくれる企業は少なかったですね。2024年になった今でも、「これだけ運送会社に大量の荷物を運ばせているのに、なんで物流費をもっと安くできないんだ」なんてことを言っている企業があるのが実態です。
関根:なぜですか。ドライバー不足が事業にも響きそうだとはわかると思うのですが。
清水:経営者のなかには、ものづくりには価値を感じても、それを運ぶ価値には意識が向かない人が多くいるのです。私はコンサルタントとして、「商品をつくっても運べなかったら、売り上げは上がらないですよね」と伝えています。商品をつくって、運ぶから、売れて、お金が得られる。このしくみの大切さが見えていないですね。たとえば、大手Eコマース事業者では、売上対物流費は15%近くになります。自分たちのビジネスにとって、どれだけ物流が大切なのかを理解しているからこそ、世界的なマーケットを開拓できたのです。もし、いまだに物流の価値を理解できていないのなら、事業成長のためのドライバーである物流をしっかり守り、物流への投資をしていくことが欠かせないと思います。
商品が届かない…安心安全な暮らしができなくなる可能性も
関根:企業や事業者、ドライバーにはどのような影響が出るのでしょうか?
清水:製造業や流通卸・小売業では、対策が後手に回ると、つくっても運べない、だから売り上げが伸びない、という負のジレンマに陥りかねません。
一方、物流業では、ドライバーやトラックを確保することに苦労するようになり、賃金を上げざるを得なくなります。その結果、荷主に求める運賃も値上がりすることになり、荷主企業は上昇するコスト負担を担えるかが課題になります。
物流事業者からすると、値上げの要求が通らないと事業が続けられず、廃業を選ぶ業者が出てきます。実際、2023年には2008年のリーマン・ショック以来、最も多くの物流事業者が倒産しました。
さらに言うなら、トラックドライバーは歩合給が多い職種で、時間外労働の規制は収入減に直結します。このため、ドライバー職を離れる人たちが多くなっていきます。
もちろん、時間外労働の規制によってドライバーの労働環境が改善されることは期待できますが、これは同時に1人当たりで運べる荷物の量が減ることにもなるため、配送遅れや配送料の高騰だけでなく、遂には店頭に商品が並ばなくなるなどの懸念があります。
関根:私たちの暮らしにも大きく影響しますね。
清水:これまでは当日・翌日配達が当たり前だったと思いますが、ネット通販で買い物をしても、希望日時や予定日時に届かなくなることが起こりえます。今後は繁忙期でなくても、1日、2日と納品までのリードタイムが長くなることが想定されます。
企業はお店や通販を通じて商品を消費者へ届けていますが、運ぶ人が不足すると店に商品が届かず、棚に並べられなくなります。お店でもネットでも必要なものをほしいときに買えない不便な暮らしになりかねません。
関根:「2024年問題」とは、どこまで深刻なのでしょうか。
清水:ひとりの消費者として、安心安全な暮らしができなくなってしまうと考えています。物流が滞った事例として、ある医薬品メーカーは東日本大震災の後、被災地に必要な医薬品を届けられなくなったことがありました。コロナ禍のときにはトイレットペーパーが全国的に品薄になりましたが、こうした事態が常態化すると困るし、衛生面から考えても安全安心にはほど遠い不安な生活になってしまいますよね。
2024年問題の本質的な課題は、物資が安定的に供給されてきた当たり前の仕組みにほころびが生じはじめてきたことです。ほしいものがいつでもどこでも手に入る生活を継続したいのであれば、個人も企業も、できることをしなくてはいけません。
個人でできる「お買い物改革」のススメ
関根:安定的に配達することと、ドライバーの働き方改革を両立させるために、われわれ消費者ができることはあるのでしょうか。
清水:一人ひとりが「お買い物改革」を進めることが大切です。特に、都市部に住んでいる人は、お店で買うことと通販を活用するバランスをいま一度、見直してみませんか。
通販サイト側は過当競争が厳しく、トイレットペーパーや飲料水など、差別化が難しい商品の場合は、すぐに配達するなどの便利さで競い合っているので、物流の現場には、大きな負担を強いています。
いまほど通販が普及する前は、当たり前のようにお店で買い、自分で持ち運びをしていたのですから、これからも可能であるなら自分で持って帰るようにするとよいと思います。
「お買い物改革」のふたつ目は、お店の人に優しくなることです。
関根:どういうことですか?
清水:デパートの売り場で段ボールが積まれていたり、店頭に未整理の商品が残っていたりすると、見栄えが悪いと感じてしまうかもしれません。しかし、それを消費者側が許容できれば、物流現場の負担はかなり軽減できます。
お店の側は物流業者に開店前の納品を指示することが普通になっていますが、開店に納品を間に合わせようとすると、そのためのトラックを手配する必要がありますよね。こうした要求が相次ぐとどうなるでしょうか。同じ行き先なのに、荷主が異なると複数のトラックとドライバーを充てることになるので、その分、ドライバーが不足してしまうのです。しかし、いま、何の不安もなく買い物ができているのは、だれかが荷物を運んでくれているからだという敬意の気持ちをみんなで共有し合えるようになれば、客を迎え入れる営業時間内にドライバーが出入りしていても不快には感じないはずです。
こんなことが当たり前になる「お買い物改革」も進めばよいと思っています。
物流の未来は?消費者や企業にできることは?
関根:ものの供給が滞らず、暮らしの安全安心を守り続けるには、消費者側も企業側も意識改革が必要だと伺いました。こうした努力を重ねることで、物流の未来はどう変わりますか。
清水:残念ながら、すぐに人手不足が解消することはないと思います。けれども、現場の効率化は進むはずですし、今後10年の間に「自動運転」や「自動積み込み、積み降ろし」といった新たなデジタル化によって物流の技術革新が進むはずです。自動運転は一部では2030年前後から実用化していく動きがありますが、これにあわせて物流の自動化・省人化も進めることで、物流中に荷物が動かないダウンタイムを減らし、効率化が進むことが期待できます。
関根:われわれ消費者側ができることはなんでしょうか?
清水:テレビやインターネットの通販やEコマースという新しい販売チャネルが生まれ、宅配物流が大きく成長しました。そして、荷主である通販やEコマース業者の成長を支えるコアな戦略として時間指定サービスが登場したことで、消費者が「当日・翌日配送や時間指定は当たり前」と感じる意識が生まれました。お水やお米のお金だけを実店舗で払い、「重いから」という理由で自宅まで運んでもらえる選択ができるようになったことも、宅配の荷物の数が増えた要因です。
消費者としてできることはあります。例えば、「置き配」は日本では浸透してこなかったのですが、コロナ禍で市民権を得るようになりました。これからも、置き配を是として「お買い物改革」を進めることが必要です。
政府はいま、「みんなで、まるっと減らそう!再配達」というPRに力をいれるようになっています。メールやアプリも活用しながらコンビニ受取や駅の宅配ロッカーを普及させつつ、置き配など多様な受取方法を生活の中に取り入れていく。再配達が減らせれば、トラックが排出するCO₂を減らすこともできますからね。
企業側は、これまで物流を重視してこなかったのであれば、大切な経営資源であると認識を改め、物流に投資し、より効率的なサービスで取引先や消費者に商品を提供していくことが求められます。具体的には、物流コストの削減を第一目標にするのでなく、物流効率を向上させれば物流コストも下がるはずです。CO₂排出量も削減できます。ESG 経営にもつながり、SDGsに資することにもなるため、社会から信頼される企業づくりそのものと言えると思います。
送る側も受け取る側も、何が必要なのかを考え、みんなで改善していく。こんな姿勢が必要なのだと思います。