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休めてる?勤務時間外に会社と「つながらない権利」欧州で浸透 疲弊せずに働くには

ニッポンあれやこれや ~“日独ハーフ”サンドラの視点~ 更新日: 公開日:
写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

インターネットと携帯電話の普及で、いつでもどこでも気軽に人と連絡がとれるようになりました。コロナ禍にはテレワークを導入した会社も多く、昔と違い「会社に出社せずとも業務が成り立つこと」を多くの人が実感しました。

その一方で、自宅でテレワーク中の社員は「会社や上司に仕事をサボっているのではないか」と思われることを恐れ、むしろ(会社にいる時よりも)長い時間仕事を頑張りすぎる傾向があるということがイギリスのInstitute for Social Economic Researchの調査でわかっています。

責任感のある人ほど業務時間外であっても「仕事の電話だから、出なくては。返信しなくては…」と考えがちです。テクノロジーが発展したことにより、「仕事先から、いつでもどこでもつながることを期待されている」と感じている人が増え、多くの人のストレスにつながっています。今回は日本と海外を比べながら「つながらない権利」について考えます。

「つながらない権利」 ドイツでは

ドイツでは「勤務間インターバル制度」が法律で義務づけられているため、仕事の終了時間から翌日に仕事をスタートさせるまでの間の休息時間が、原則として「最低でも11時間」ないといけません。何らかの事情で業務が深夜に及んだ場合、翌日は定時に出社しなくて良いというわけです。日本では、こうした制度の導入はまだ事業主の努力義務となっています。

フランスでは2016年の改正労働法に「つながらない権利」が盛り込まれました。業務用携帯電話を持たされている場合であっても、従業員は労働時間外に電話に出ることを拒否できます。

メールをチェックしたり返信したりする義務もありません。フランスでは会社に50人超の従業員がいる場合、「労働時間外のコミュニケーション手段をどうするのか」について取り決めを書面で残さなければなりません。

フランスと違い、ドイツでは「つながらない権利」について一律の法規制はありません。

ドイツでは1963年に施行された「連邦休暇法」により、1年間の有給休暇日数は「最低でも24日」と決まっていますが、実際には多くの企業が従業員に毎年約30日の有給休暇を与えています。

そこで「法定の24日間の有給休暇の間、社員は仕事先からの連絡に応答する必要はないけれど、残りのいわば会社が善意で与えている6日間(会社によってはそれ以上の日数であることも)に関しては、緊急の連絡には応答すること」という取り決めを会社と従業員が結んでいることも多いのです。

ただドイツ最大の産業別労働組合であるIGメタル(組合員約220万人)は2018年の団体交渉で組合員の「つながらない権利」を30日間に拡大させることに成功しました。

ドイツの「つながらない権利」は、フランスのようにまだ法制化はされていないものの、多くの企業が社員と独自の取り決めをしており、「つながっている人」は日本ほど多くありません。

社員の「つながらない権利」のため企業が動く

ドイツのダイムラーでは、休暇中の社員に外部からメールが届くと、「対応可能な従業員の○○さんまでメールをご再送下さい」という自動メッセージが差出人に返信されるとともに、届いたメールは休んでいる従業員のメールボックスから自動的に削除されます。

また、フォルクスワーゲンでは18時15分~翌日7時までの間、会社のサーバーを停止させる技術的措置が講じられおり、その間は業務用携帯であってもメールを受信することはできないシステムです。

面白いのはドイツでは平社員だけでなくエグゼクティブ(役員)であっても、法定有給休暇の24日間の間は「つながらなくても良い」という点です。

写真はイメージです
写真はイメージです=gettyimages

一般の社員と同様、週末に「つながる」必要もありません。ただ、エグゼクティブは一般的に平社員よりも会社を成長させることへの関心が高く、また自分が不在の時に「会社が正常運転であること」についての責任もあるため、「緊急だと思われる場合は連絡が取れる状態にしておくこと」を会社と取り決めていることが少なくありません。

ドイツには「有給休暇の意味は仕事を離れ、好きなことをしてエンジョイすること」だという社会の共通認識があります。「病気で会社を休む場合は、エンジョイできない」ため、ドイツでは「病欠」の日数は「有休」の日数から引かれない制度になっています。

EUは「つながらない権利」法制化の流れ

2021年に欧州議会は「つながらない権利に関する欧州委員会への勧告に係る決議」を採決しています。

今後、この勧告が欧州委員会、欧州労連、経済社会委員会の見解を取り入れることで法制化され、最終的には欧州連合に加盟する全ての国々で法制化がされるものだと思われます。

テクノロジーの発展が今後も進むなか「ノートパソコンも携帯電話にもスイッチを入れる必要がない。またそのことにより被雇用者は不利益を被らない」といったことが法律で決まれば、現時点では同じ欧州連合であっても国や会社によって違う「取り決め」が、ゆくゆくは同じ方向に向かい、誰もが働きやすくなります。

個人の連絡先を職場に伝えるのも良し悪し

ドイツの状況について書きましたが、少なくとも今の時点では「ケース・バイ・ケース」だということも現実です。

夜9時を過ぎてもオフィスビルの各階で残業の社員が動き回る
夜9時を過ぎてもオフィスビルの各階で残業の社員が動き回る=1990年7月25日、東京・銀座、朝日新聞社

筆者の知人女性は会社員で、上司はドイツ人です。ある時、知人とその上司で出張をすることになりました。早朝に駅の新幹線のホームで待ち合わせをすることになったため、前日に上司から「万一、連絡がつかないと困るから、WhatsApp(日本でいうLINEのようなもの)を教えて」と言われ、知人は自身のWhatsAppアカウントを教えたそうです。連絡先を交換したことは出張中、とても役に立ったといいます。

ところが出張からしばらく経って、彼女が会社から家に帰って夜くつろいでいたところ「先ほどの打ち合わせで言い忘れたんだけど……」と上司からWhatsAppで連絡が入り、くつろいでいた彼女は「ガックリきた」といいます。

「出張の時のために」と思って教えたはずの連絡先に結局その後も上司から就業時間外に業務関係の連絡が続き、それは上司が転勤になるまで繰り返されたのだとか。普段は問題のない上司で、この「時間外業務連絡」についても、即座に返信を促したりはされなかったそうですが、「連絡が来るだけで、すごいストレスだった」と彼女は言います。

「連絡をする側」は特に深く考えずに気軽に連絡をしがちですが、「連絡を受けるほう」の心理的負担は大きいとみてよいでしょう。

やっぱり「最初が肝心」

日本でこのようなストレスを防ぐために個人にできることはあるのでしょうか。

一概には言えませんが、筆者は「何事も最初が肝心」だと感じています。たとえばある会社で仕事をスタートして、雇用契約書にそのような項目はないのに善意で「いつでもどこでもつながる人」になってしまうと、いずれは疲弊する可能性が高いです。

1990年、アリナミンV、ユンケル黄帝液、リゲインといったミニドリンク剤が売り上げを軒並み大幅に伸ばした。「もっとガンバロー、という時代の気分が広まっているのですかね」と製造元のひとつ
1990年、アリナミンV、ユンケル黄帝液、リゲインといったミニドリンク剤が売り上げを軒並み大幅に伸ばした。「もっとガンバロー、という時代の気分が広まっているのですかね」と製造元のひとつ=1990年12月30日、東京都内、朝日新聞社

残念ながら、疲弊してしまっても「途中から『つながる人』から『つながらない人』になること」は実際のところかなり難しいのです。

筆者がかつて一緒に仕事をしていた日本人女性は会社に入社後から「上司からの時間外の連絡や依頼」にいつも笑顔で対応していたところ、いつの間に上の立場の人から「あの人にはいつ何を頼んでも大丈夫」と認識されてしまいました。結果的に、その女性に負担が集中してしまい、疲弊した彼女は会社を辞めてしまいました。

こういったことを本来は「自己責任」にはしたくないのですが、もしも自分自身を守るために、何かできることがあるとしたら、「最初にいい顔をしない」ことだと思います。

ところで、昔は「終電があるから」と言ってオフィスを後にすることができましたが、テクノロジーの発展により家でも仕事をすることが可能になった今は「終電」のようなハッキリとした「区切り」がありません。

仕事を頑張ろうと思えば、いつまでも頑張れてしまう、結果的に疲弊してしまう…という状況の人は少なくありません。1980年代後半のバブル期の日本、「24時間戦えますか」というCMがありましたが、当時はインターネットも携帯電話もないなか、会社員は夜遅くまで会社に残って仕事をすることが「普通」でした。

テクノロジーが発展した今の時代、働く人のストレスは減っているのかと思いきや…いつの時代にも疲弊する要因はあり、その都度、改善策を見つけなくてはいけないのだと考えさせられました。