●サイバーエージェントの場合
まずは社員の約3割が女性で、2014年度という早い段階から妊活を含めて充実した妊娠・出産・育児支援制度を導入している、IT大手のサイバーエージェント(東京)の事例から紹介します。
プライバシーに配慮し、安心して利用できる制度を
同社の主な妊活支援制度には、「妊活休暇」と「妊活コンシェル」があります。「妊活休暇」は月に1度、不妊治療や通院などに利用することができます。投薬後の急な体調不良などを考慮し、当日取得も可能だといいます。「妊活コンシェル」は月1回30分、無料で専門の認定看護師に個別相談ができる制度。業務中に抜け出さずに済むよう、カウンセリング時間は昼休みの時間帯に設定するなど工夫をしています。
妊活はプライベートな問題で、非常にセンシティブな面があります。会社の上司や同僚に「妊活していることを知られたくない」という人も多くいます。そのためせっかく制度があったとしても、利用されない可能性も。そこでサイバーエージェントでは、社員が安心してストレスなく制度を利用できるよう、運用面での配慮をしています。
「弊社では妊活休暇をはじめ生理休暇や通常の有給休暇など女性が取得する休暇はすべて、『エフ休(エフきゅう/エフはFemaleの頭文字「F」から)』という名称で統一しています。そしてエフ休を申請する際は、上司には取得理由が分からないしくみにしています。そのため女性社員は安心して妊活休暇が取れ、男性上司も余計な気を使う必要がないと、喜んでもらっています」(人事本部・田村有樹子さん)
不妊治療をしない、妊娠を望まない社員もいるからこそ
同社では新しい人事制度を導入するときは、対象にならない人も含めた多様な人々の立場や思いに配慮することを、常に重視しているといいます。不妊治療については、治療をするという選択をしない人、妊娠を望まないという人もいます。
「妊活だけを目的として、女性だけが使える、といったものにはせず、できるだけ多くの社員にとって意義ある制度にしたいと考えました。そのため例えば『妊活コンシェル』は、女性の健康管理や体調不良に関する相談など、妊活目的以外の利用もできるようにしています。昨年度は約4分の1が男性による利用で、一人で、またはパートナー同伴で活用する人もいます」(田村さん)
さらに同社では「妊活休暇」や「妊活コンシェル」を、「macalon(マカロン)パッケージ」という包括的な支援制度の一つとして提供しています。男性社員の取得も多いという半日単位で取れる子どもの学校行事のための特別休暇のほか、認可外保育園の補助、同じ地域に住むママ社員同士のランチ代補助、育児と仕事の両立の工夫などを紹介するWEB社内報など……。そんな幅広い施策のなかの一つに妊活支援を位置付けることで、一部の人のみを優遇する制度のような印象を与えず、さまざまな立場の社員が気軽に利用できるよう配慮しているのです。
サイバーエージェントは若い社員が多いIT企業のため、もともと先進的な制度を導入しやすい社内の雰囲気があったようです。いっぽう日本の伝統的な大企業ではどうでしょうか。新しい制度を採用し、根付かせるのには社内の周知も含めて時間がかかります。そんななか、先進的な妊活支援制度を導入し、活用も進んでいるパナソニック システムソリューションズ ジャパン(東京)の事例から、経営者目線で取り組む支援について紹介します。
●パナソニック システムソリューションズ ジャパンの場合
仕事と家庭の両立で、悩むことがないように
同社ではまず「一定期間、仕事から離れ、不妊治療に専念したい」と言う人のために「チャイルドプラン休業」制度を用意しています。1カ月以上の休業を複数回、通算365日以内でとれる制度です。
子供を授かりたいと思いながら働いている女性のなかには、不妊治療のために会社を辞めるという選択肢を取らざるを得ない人もいるのが、いまの日本の現実です。パナソニック システムソリューションズ ジャパンでも、ある女性社員が自分自身では業務スケジュールを調整するのが難しい職種だったことから、不妊治療に専念するために仕事を辞めることを検討していました。そんななか、チャイルドプラン休業という制度を知って取得。無事、出産を経て仕事に復帰しました。「上司や同僚からもポジティブに受け止めてもらえたことがありがたかった」との声が届いたそうです。
「仕事と家庭の両立は、社員にとって大切なテーマであり、そのために悩ませることがないようにする制度が必要です。『仕事を通じて社会貢献したい』『キャリアアップしたい』と考えて入社してきた社員に、安心して働きやすい環境を提供することは、経営としてあるべき方向性だと思っています」(代表取締役社長 片倉達夫さん)
もちろん「妊活していることを周囲には知らせず、仕事をしながら不妊治療を続けたい」という人も多くいます。そのような人のために、不妊治療だけでなく家族の看護や学校行事などのために年5日まで休め、そのうち2日は有給扱いとなる「ファミリーサポート休暇」制度など、同社ではなるべく社員が男女問わず、休みたいときに休める環境整備に力を入れています。
「フレックスや年休、半日や時間単位の年休、在宅勤務やサテライトオフィスを活用し、仕事を続けながら不妊治療をする社員も多くいるようです。個々人の考え方や状況によって、自律的に選択ができることが望ましいと考えています」(人事部長 油田さなえさん)
さらに不妊治療への経済的支援として、多様な福利厚生用途に年8万円相当が使える「カフェテリアポイント」のメニューに2019年から不妊治療を追加しました。21年夏からは、パナソニックグループ全体でも同様の取り組みを行っています。
多様な人が活躍できれば、魅力的な会社になる
実はチャイルドプラン休業などの妊活支援制度は、2000年代とかなり前からパナソニックグループの制度として存在していましたが、制度について知る人が少ない状況でした。そこでまずは制度の周知と、社員全体への啓蒙活動から始めました。特に中高年の男性社員の割合が多い上司世代にも知ってもらおうと、全社員を対象とした「妊活セミナー」を開催するなどの取り組みも。油田さんは「制度があるだけではなく、上司や職場全体が受け止める風土作りが大切」といいます。男女を問わず、必要なら躊躇(ちゅうちょ)せず制度を利用でき、困ったことがあれば気軽に声をあげられる。そんな企業風土づくりを目指しています。
同社の親会社であるパナソニックが21年秋に世界でも大手の米国のサプライチェーン・ソフトウェア企業を買収したこともあり、不妊治療支援に限らず、グローバル基準での労働環境整備が今後ますます求められます。
「女性やキャリア採用、外国の方など多様なバックグラウンドを持つ人材に公平に活躍してもらえる環境を整備することは、グローバル企業として発展していくうえで重要な要素。そのなかでも妊活支援は象徴的なテーマです。最近はお客様として接する国内企業の経営者にも、こうした働き方に関する制度に関心を持つ方が増えています。日本ではこのような問題をストレートに議論しにくい風土もありますが、地道に啓発や施策を継続していけば確実に前進はします。一つ一つクリアしていくことが、人を引きつける会社になり、経営的にプラスになると確信しています」(片倉さん)
●欧州の場合
日本においてこの分野の取り組みはまだ途上にありますが、海外、特に欧州では不妊治療が当たり前の選択として認知されている国もあり、職場や社会の理解も進んでいるようです。
不妊治療支援の先進国、ベルギー
日本で不妊治療の当事者支援に取り組むNPO法人Fine(ファイン)がまとめた「欧米各国における生殖補助医療(ART)の支援制度調査報告」(※)によると、現在、欧米先進国では地域によって異なるものの、職場において不妊治療をしている従業員への差別を、妊娠に基づく差別と同様、法律で禁じている国もあります。
※出典: https://fine-nin.com/research-in-western-countries/
プロボノ活動(専門家が職業上のスキルや経験を生かし、ボランティアで携わる社会貢献)として、有志の3人の弁護士とともにこの報告書のとりまとめをした弁護士の鬼澤秀昌さんは、次のように語ります。
「欧米では不妊治療が自己決定権の一部であるという認識が保障されている印象で、私自身もこの報告書をまとめながら、不妊治療支援がここまで進んでいるのかと驚きました。なかでもベルギーは突出して制約が少なく、資金援助と労働政策での保護の両方があるところが先進的です」(鬼澤さん)
働けないタイミングは誰にでもやって来る みんなで支えあえる社会へ
同じく報告書のとりまとめに携わった弁護士の一人で、09年からベルギーに住み国際法律事務所で働いている武藤まいさんに、不妊治療をめぐる現地の状況について伺いました。武藤さん自身、不妊治療を経て出産した経験があります。
「ベルギーでは同性愛者や単身者も不妊治療のための資金的援助を受けられ、年齢制限はあるものの体外受精の場合は6回まで無料と手厚い補助があります。個人にかかる経済的負担が少ないということもあり、多くの人が当たり前のように不妊治療をおこなっています。おおっぴらに話すことはなくても、社会に不妊治療への理解や共感が根付いています。もともと多様性のレベルが高く、色々な価値観や違いをもつ個人を受け入れるオープンな風潮があるように思います。そもそも理由を問わず休暇が取りやすいので、多くの人は特別なこととしてではなく体調が悪いときと同じようなイメージで休暇を取り、不妊治療をしています」(武藤さん)
日本ではまず、休みたいときに休める労働環境の整備こそ、妊活支援においては重要だと言えそうです。
「不妊治療に限らず、人生においては育児や介護などで一定程度働けなくなるステージが必ずあります。そのことを社会全体の共通認識とし、それをどうサポートするか。企業であれば、さまざまな制約がありうるなかで多様な人に働いてもらうにはどうすればいいのか。そこをしっかり考えることで、自然と有効な不妊治療支援へつながっていくのではないかと思っています」(鬼澤さん)
「労働者は『戦士』ではなく、みな等しく健康というわけではありませんし、一人ひとりが違って、異なる生き方をしています。この事実を受け止めた上で、不妊治療支援を行うことが、少子高齢化が深刻な日本では重要なのではないでしょうか。子供を産むことと、産んでからの両面の支援を拡充していくほか、労働者が権利を行使しやすい社会へと変えていく必要があるのではないかと思います」(武藤さん)
日本でも21年1月から不妊治療の医療費の一部について助成が拡大されたほか、22年4月からは体外受精や顕微授精などにも保険適用(対象者の年齢や回数には制限があります)が始まるなど、以前より経済的な負担は緩和される方向にあります。企業における取り組みも、広がりつつあります。あとは私たち一人ひとりがこの問題に対する理解を深め、社会全体で支える機運をつくりあげていくことが、何より大事なことといえるでしょう。
※今回の取材は新型コロナウイルスの感染症対策のため、全てオンラインで実施しました(画像は全て提供写真)。
※※パナソニック システムソリューションズ ジャパンは、22年4月よりパナソニックグループの持株会社制への移行に伴い、新会社「パナソニック コネクト株式会社」となります。