■「安息日の異邦人」体験
「おい、あんたら外国人だろ。ちょっとこっちに来てくれないか」
9月28日の金曜、商都テルアビブ近郊のネタニヤ。午後7時過ぎ、安息日の取材に訪れたユダヤ教の礼拝所(シナゴーグ)で、強面(こわもて)の男性に呼び止められた。キッパと呼ばれるユダヤ教徒の帽子をかぶった男性は、私たちを近くのアパートまで連れてくると「エレベーターで5階まで先に上がって待っていてくれ」と言って、自分は階段を上り始める。何か粗相をしてしまったか……。ドキドキして5階の薄暗い廊下で待っていると、男性が汗だくで階段を上ってきた。そして、玄関先で配電盤を指さし、こう言った。
「すまないけど、そこのスイッチを入れ直してくれないか。部屋の漏電ブレーカーが落ちてしまったんだ」
へ? 言われた通りにすると、暗闇に包まれていた部屋にパッと明かりがともり、中から女性たちの歓声が上がった。
ユダヤ教では、神が天地創造の7日目に休息をとったという聖書の教えを基に、金曜の日没から土曜の日没までの間を聖なる日「安息日」と定める。一切の「労働」が禁じられており、一部のユダヤ人は39種類の禁止事項をかたくなに守っている。例えば、「耕す」「蒔く」「壊す」「書く」……。そして、代表例が「火をつける」。時代に合わせて「電気の作動も火をつける行為にあたる」と解釈されたため、安息日には照明をつけることも、エレベーターの操作も御法度なのだ。
定時になると照明が消えるタイマー、作り置きの料理を一定温度に保つ電熱プレート、ボタンに触れなくとも各階で自動開閉するエレベーター。人々は必要に迫られて、数々の「安息日グッズ」を発明してきた。だが、どうしようもない時は、私のようなユダヤ教徒でない外国人にヘルプを頼むことが許される。いにしえから伝わる「安息日の異邦人」だ。
だけど、もし私たちが居合わせなかったら、どうしたの? 「暗闇の中で一晩過ごすだけのこと。それも安息日のだいご味さ」と主人のハイム・バイス(63)は笑った。
■ラビもスマホから解放
テルアビブ近郊で厳格にユダヤ教の教えを守る人々が多く暮らすブネイブラクのラビ(宗教指導者)、ヨセフ・ブルック(68)に教えを請うた。なぜ、安息日に休むのですか?
「もし、あなたがトヨタで車を買って調子が悪くなれば、GMや町の工場ではなく、やはりトヨタの整備工場に持っていくでしょう? 人間を造りたもうた神が定めたのが安息日。ならば、その日に体と精神を休めるのが最善なのです」
1948年のイスラエル建国まで世界中にちらばっていたユダヤ人にとって、安息日は民族のアイデンティティーを確認する役目も担ってきた、とヨセフは語る。「ユダヤ人が安息日を守ってきたのではない。安息日がユダヤ人を守ってきた。そんな格言もあるのです」
神様が意図していたかは別として、話を聞くうちに現代社会ならではの「効用」も見えてきた。スマホやインターネットも電化製品。電気の使用が禁じられているため、週1回24時間、定期的にSNSやメールから隔絶されるのだ。
こう見えて、ヨセフもスマホのヘビーユーザーだ。「私は多くの信者から電話やメールで毎日100本を超える相談を受けます。できるだけスマホから離れていたいが、立場上そうもいかない。でも神のおかげで、安息日だけは解放される。『つながらない権利』? 我々はもう2000年以上前からやっていますよ」
人口の約75%がユダヤ教徒のイスラエルでは、政府機関や役所、銀行、公共交通はすべて止まる。歴史的なイベントも影響を受ける。ただし、例外もある。「人命にかかわる」とみなされる場合だ。救急車や消防車、警察の車両などは出動を許される。そして、軍事行動もその一つだ。
だが、この国のユダヤ教徒全員が厳格に安息日を守っているわけではない。今年9月、地元調査機関がイスラエル在住のユダヤ教徒511人に行った調査では、安息日を守っていると答えた人は25%。部分的に守っている人は14%。60%は守らないと回答した。
テルアビブ在住のプログラマー、ヤニーブ・カリフ(45)は、大のサイクリング好き。直近の安息日の予定を尋ねると、笑顔でこう答えた。「夜は家族と過ごすけど、翌日は友達と車でエルサレムに遠出して、70キロのサイクリング。安息日はリフレッシュのためにある」
タクシー運転手のロン・バシャーヌ(53)は、安息日も働く気満々だ。「商売敵がみんな休む。道も混まないし、逆に稼ぎ時なんだ」
イスラエルでは、彼らのような世俗派と、ユダヤ教の戒律に厳格な正統派のあつれきがあり、長年の論争になってきた。昨年11月には、鉄道の補修工事が交通量の少ない安息日に行われたことに、超正統派の保健大臣が抗議し辞任する事態となった。
■経済的には損失、それでも休む意義
ハイテク国家として名をはせ、スタートアップ事業でも世界をリードするイスラエル。1人当たりのGDPが英仏や日本をしのぐ経済に、物流や通信が滞る安息日はマイナスではないのか。経済人に疑問をぶつけてみた。テルアビブが拠点の世界的デザインブランド「トルノフスキー」CEO、コビー・タドゥモール(61)の答えは、率直だった。「経済的に非常に大きな損失があるのは事実です」
地元航空会社は運航せず、店も営業できない。最低月2回は国外に出張するというのに、安息日が挟まればフライトを遅らせたり、取引先との交渉を延期したりせざるをえない。
それでも、とコビーは言う。「金もうけをけっして否定はしませんが、人間はずっとは働き続けることはできません。私たちユダヤ人は神の教えを守って定期的に英気を養う道を選んだのです。それが最も効率的に働ける道だと信じて」
安息日の夜、テルアビブ近郊に暮らす一般的なユダヤ人家庭にお邪魔した。午後7時すぎ、女主人サリート・パシーグが伝統的なしきたりにのっとって、燭台のろうそく2本に火をともし、安息日の始まりが宣言される。離れて暮らしている長男のオーレン(28)、長女リアット(25)も家族のルーツであるモロッコの料理を食べ、近況を伝え合う。「ニューヨークに嫁いだ長女も、きっと安息日の用意をしているころだわ」とサリート。夕食後は幼なじみが集い、ボードゲームをしながら夜遅くまで語り合う。
オーレンは言う。「夜はテレビを見たり、ネットのゲームをしたりして一人で過ごすことが多いけど、安息日は家族や友人たちと絆を確かめ合う。それが安息日のいちばんの効用です」