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対立している世界も食べ物はつながっている、を実感した話

マイケル・ブースの世界を食べる

パレスチナに食べに来た

私は今、ケバブの列に並んでいる。それ自体はめずらしくないのに、私は気もそぞろ、作り手にさっさと電話を切って商品を渡すよう無言で急き立ててしまう。彼はようやく、あまりにもゆっくりと、そのチキンの薄切りをはさんだ平たいパンを手渡してくれた。私は脇のサラダバーでタマネギやトマト、サラダ、スプーンいっぱいの辛いソースを散らすと、それを再び店側に渡し、持ち帰り用に包んでもらってそそくさと外の車へとその場をあとにした。

この切迫感は何か? 私が今いるのは、古代イスラエルのダビデ王とイエス・キリスト生誕の地であり、現在では高さ8メートルの分離壁に囲まれた事実上の青空監獄、ベツレヘムなのだ。ベツレヘムはパレスチナ自治区で、イスラエル人はそこの住人が危険人物であると信じ、離れることを認めていない。検問所には武装警察が構えていて、大きな赤い字で「イスラエル国民の立ち入り禁止。命に危険を及ぼす上、違法」と書かれた看板が掲げられている(のちに私たちは、セミオートの小銃を持った血気盛んな門番に、そこから抜け出ることを禁じられた。つまり街の反対側にある別の検問所を目指すはめになったのだ)。

と、こんな政治的状況の取材にきたわけではない。いつものように、食の物語を求めてきたのだ。昨今ではイスラエル人シェフ、ヨタム・オットレンギのおかげでイスラエル料理の知名度も飛躍的に上がってきている。名声を築いたオットレンギが作り出すのは、フレッシュで刺激が小気味よい地中海料理だ。ハーブ類や野菜、スパイスが織り成す重層的な味わい。オットレンギはスイカとフェタ(羊乳チーズ)のサラダを世に広め、著作の中でゴマのペースト「タヒニ」の使い方を伝授してくれた恩人でもある。

テルアビブでは、オットレンギ式料理の数々を楽しんだ。ハーブをふんだんに使い、アーモンドを散らしたサラダ、冷たいヨーグルトソースがたっぷり添えられた燻製風味の焼きナス、そしてなめらかで、木の実にも似た風味が豊かなフムスに次ぐフムス……(私が帰国する頃には、「エルサレム・ポスト」紙がフムス不足を報じていた。例にもれず、地球温暖化の影響でヒヨコ豆が不作という)。

私はかの地で、次々と食の物語を目にしてきた。何せここは、人間が何千年にもわたって物語を伝え合ってきた地。物語そのものが始まったともいえる場所から、2018年現在、幸せとはほど遠い話ばかり聞かれる。何か手はないか?

そこで、食の出番かもしれない。おいしいケバブは世界を救う、とまでは言わないまでも、たとえばある夜、世界最古の港街の一つ、ヤッファで夕食を食べたときのことだ。

研ぎ澄まされた私のレストランアンテナは、期待できそうな一つの店に反応した。席に着いて何品か注文し、せっかくだしビールでもとドリンクメニューをもらおうとすると、アルコールはおいていないという。そのときまで私は、そこがアラブ料理レストランであることに気がつかなかった。客はユダヤ人か観光客、地元住民がほとんどで、その誰も宗教との関係なんて気にしていないようにみえた。それに近隣のユダヤ人よりもはるかにいい仕事をしていた。どの料理も、質のいい食材でとても気を使って作られていて、それは私にとって希望とも思えた。

「で、あのケバブはどうだった?」。そろそろお考えだろう。ありがとう。これまで食べた最高のケバブの一つだった。お気づきかもしれないが、ベツレヘムはヘブライ語で「パンの家」、アラビア語で「肉の家」の意味。肉とパン、王道のコンビネーション。うまくやれないはずがない。そうですよね?

(訳・菴原みなと)