イランの影響力が国境を超えて広がったことで、にわかに熱を帯びてきたのが、イスラエルが半世紀にわたってシリアから占領するゴラン高原だ。
イスラエル側からシリア南部を見下ろせる小高い山。その展望台を訪れると、遠くから時折、ボーンという爆発のような音が響いた。
警戒態勢を強めるイスラエル軍の若い男性兵士は「この先にヒズボラ、イラン、ロシアもいる。みんな足場を得たいんだ」と表情をこわばらせた。
ゴラン高原は長く「平穏な」場所だった。敵対しているとはいえ、イスラエル、シリア双方に越境攻撃する動機は乏しく、シリアの内戦にもイスラエルは不介入を貫いた。
それが今年、急にきな臭さを増した。イランの影が見え隠れするようになったからだ。
イスラエル当局によると軍が2月、シリアから飛来したイラン製無人攻撃機を撃墜した。5月にも、シリアに展開するイランの革命防衛隊から攻撃があったとして、シリア領内の数十カ所を報復攻撃した。
イラン側は攻撃への関与を否定するものの、イスラエルの首相ネタニヤフ(68)は「レッドライン(越えてはならない一線)を越えた」と激しく非難し、緊張が一気に高まった。7月末にも、ゴラン高原の領空を侵犯したとして、シリア戦闘機を墜落させた。
いったいどうなっているのか。イスラエル外務省幹部がまず口にしたのも「三日月」という言葉だった。
イスラエル側の情勢分析はこうだ。イランがイラク、シリア、レバノンを経て地中海にいたる「北の三日月」と、イエメンから紅海にいたる「南方」の2方向に「回廊」を築き、政治、軍事的な影響力増大を狙っている─。イスラエルにとっては、革命防衛隊が国境のすぐ向こうを自由に動き回り、ヒズボラとともに精密誘導ミサイルなどで自分たちを脅かす事態は容認できない。
いらだちを強めるイスラエルと急速に距離を縮めている国がある。イランのライバルで、スンニ派の盟主を自任するサウジアラビアだ。
「パレスチナ人とイスラエル人には、それぞれの土地を持つ権利があると思う」
今年4月、サウジの実権を握る皇太子ムハンマド・ビン・サルマン(33)の米誌での発言は、中東に衝撃を与えた。パレスチナ問題をめぐって長年敵対してきたサウジが、イスラエルの存在を認めたと受け止められたためだ。
2年前までイスラエル国防相を務めたモシェ・ヤアロン(68)は「ワオッと。初めての発言だった」とその驚きを振り返る。ムハンマドは別の米誌にも、イスラエルとは「共通の敵がいる」と語り、秋波を送った。
サウジからみても、イランは自分を取り囲もうとする脅威に映る。
北にできた「三日月」に加え、南隣イエメンでも、イランが支援するとされる武装組織フーシによる首都占拠が続く。原油輸送の大動脈ホルムズ、紅海からアジアへ抜ける要衝バブルマンデブという、アラビア半島の二つの海峡の安全にも不安が漂い始めた。
水面下で足並みをそろえつつも国交を持たないイスラエルとサウジを引き込んで、半ば公然と「反三日月」陣営構築に動いたのが米大統領トランプ(72)だった。
トランプは昨年5月、就任後最初の外遊先としてサウジを訪れた。前大統領オバマが制限してきた武器売却で米史上最大規模の取引をまとめ、その足でイスラエルも訪問した。 オバマが主導したイラン核合意で対米不信を募らせていたイスラエルとサウジにとっては、渡りに船だった。イスラエルの前国防相ヤアロンは「イスラエルと、サウジ率いるスンニ派アラブ諸国は今や同じ船に乗っている」と話す。
そのイラン核合意について、トランプ政権は今年5月、離脱と経済制裁の再発動を表明。その後、イランに要求した12項目の半分は、シリア撤退やイエメン軍事支援の停止など「三日月」の解体を迫るものだった。